第九十一話 胡桃と理由
怪人の目的は人類の殺害。
怪人はそれ以外に興味なく、ただそれを考えての行動しかしない。
故に、ある意味怪人の対処は簡単なのだ。
これが世間で唱えられている通説。
しかし、胡桃はそれが間違っている事を知っている。
これは胡桃がまだ幼かった頃の話。
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『お姉ちゃん! 助けて、お姉ちゃん!』
と、必死に手を伸ばしてくるのは妹の唯花だ。
けれど、胡桃はどうすることも出来ない。
彼女に出来るのは、泣きながら唯花の名を呼ぶことだけだ。
なぜならば。
唯花は今まさに怪人に攫われようとしているのだから。
そして、胡桃の身体も彼女の方へと駆けだせる状態ではない。
その理由は。
『すまない……本当にすまない。今の僕じゃ、あれには勝てない……君しか助けることができない』
と、胡桃を脇に抱えながら言ってくるのは男である。
最強にして正体不明のヒーロー、蒼天ヒーロー『スカイ』。
そんな彼は胡桃へ何度も、涙を交えた声で何度も言ってくる。
『すまない……すまない、あれは無理だ。この世に存在していいものじゃない……このままじゃみんな――っ』
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胡桃が眼を覚ますと、隣では空が眠っていた。
「…………」
胡桃は空の寝顔を見ながら、先の夢について考える。
あの後、胡桃はスカイによって救われ、唯花は怪人に攫われてしまった。
しかも、怪人が人を攫うという事実は徹底的に隠隠蔽された。
結果として残されたのは胡桃が生き残り、唯花は死んだという現実。
(スカイが唯花を助けなかったこと、当時は凄く恨んだっけ……)
だが、今ではそれが仕方なかったことだとわかる。
彼は確実に助けられる命を優先したのだ。
スカイは唯花を攫った怪人との力量差を理解。
このまま挑めば、自分どころか胡桃も殺されてしまう。
スカイはそう判断したからこそ、泣きながら唯花を見捨てた。
胡桃が言うのもどうかと思うが、正しい判断だと思う。
世間からのバッシングの対象となったスカイの行為。
スカイは最強の座を追われ、引退してしまった。
けれど胡桃は今ではむしろ、彼の行いを尊敬している。
胡桃が今恨んでいるとしたら。
力がなかった自分だ……唯花を助けられず、泣くことしかできなかった自分。
故に胡桃は空――スカイとどこか似た顔の少年を見ながら思うのだった。
絶対にスカイの様な、彼を超えるような最強のヒーローになってみせると。
そして、唯花を救って見せると。
(唯花は死んでなんかいない……絶対に生きてるんだから)




