第五百九十六話 空と胡桃と怪人の王③
「胡桃……時雨達のところに行って、伝えてきて欲しい事がある。全員、全力でこの場から避難してほしいって」
「な、なんでよ!? あたしもあいつと一緒に!」
と、言ってくるのは胡桃だ。
空はそんな彼女へと言う。
「胡桃ならもうわかってるでしょ? あいつは相当強い……今の僕と同等か、それ以上の力を持ってるのは間違いない」
「で、でもあいつは……あいつのせいで、あたしと唯花は!」
「倒すよ、僕が倒す。胡桃を怯えさせる存在は――人類に牙を剥く存在は、僕が全員倒して見せるから」
「だから……信じてって?」
「あはは、ダメかな?」
すると、ややむっとした表情になる胡桃。
彼女はそのまま空へと言ってくる。
「あんた、それやめなさよい。卑怯なんだからね!」
「えっと、どういう――」
「あんたにそんなこと言われたら、信じちゃうわよ……あんたの事が好きな人は全員。それで、どうやって勝つのよ?」
と、ジトッとした視線を向けてくる胡桃。
きっと、先ほど空が言った事が気になっているに違いない。
故に、空はその事を彼女へと言う。
「さっき、時雨達に伝えて、一刻も早く逃げて欲しいって言ったのは――僕が負けるの前提で、時間稼ぎをするって、そんな意味じゃない」
まったくその逆だ。
つまり。
「全力で戦うから、周囲の被害について考えていられない」
先ほども言った通り、あの怪人は強い。
空の全てを出し切る必要があるに違いない――必要ならば奥の手すらも。
だから。
「幸い、骸骨竜のさっきの攻撃で、周囲の怪人が全員居なくなってる。今なら、時雨達プロヒーローの力を合わせれば、楽に脱出できるはず」
「みんなで戦うのは……ダメ、なの?」
と、言ってくる胡桃。
ありがたい限りだ。
(胡桃の場合は好戦的って言うのもあると思うけど、こんなに心配そうな表情で、こんなことを言ってくれる……普段はどうあれ、やっぱり胡桃は優しいな)
だからこそ。
空はそんな胡桃へと言う。
「被害を出したくないんだ……誰も死なせたくない」
「どうしても、なの?」
「どうしても……今回ばかりは絶対に」
並みの人間が骸骨竜と戦えば即死する。
それほどの力を奴から感じる。
奴が死神の姿の時とは、比較にならない存在感。
きっと、勇者の力を部分的に得ている胡桃ならば、少しは耐えられる。
それでも所詮は少しなのだ。
それならば。
「僕が信頼しているヒーローとして、胡桃に頼みたいんだ。人を大勢――確実に救うために、この付近から皆を逃がして欲しい。わかるでしょ? ヒーローは多くの――」
「多くの人の命を救うのが仕事、でしょ? あんたがいいそうな事くらいわかるわよ」
と、盛大なため息をつく胡桃。
彼女は空に背中を向けると、言ってくるのだった。
「勝ちなさいよね、ヒーロー」




