第五百九話 胡桃は怪人から逃げてみる
「……《グングニル》!」
と、聞こえてくる胡桃によく似た少女の声。
同時、胡桃の周囲から、無数の何かが生えてくる気配。
それらは怪人の鎌を受け止めただけでなく、
同時に怪人を後方へと退ける。
いったい何が起きているのか。
胡桃がそれを理解するより先に。
「梓胡桃、おまえは空を連れて逃げなさい!」
と、聞こえてくる別の女性の声。
直後――。
胡桃と怪人の前に現れたのは、巨大な氷塊だ。
高さ厚さ共に凄まじく、エクセリオンの城壁を彷彿とさせるレベルだ。
先の槍。
そして、この氷。
胡桃はそれらを使う二人をよく知っている。
「唯、花? それに一色先ぱ――」
「逃げろと言われたのが、聞こえなかったんですか?」
と、今度聞こえてくのはまた別の少女の声。
胡桃は彼女の声もよく知っている。
「《プロヴィデンス》」
と、続けて言うのは先の少女こと時雨。
最強の異能を持つヒーローだ。
時雨が異能を発動した直後。
氷の向こう側に居る怪人目がけ、大量の光の粒子が襲いかかる。
それは地面を大きく抉り、周囲の瓦礫を次々に粉砕していく。
あれでは怪人もきっと、ひとたまりもないに違いない。
と、胡桃がそこまで考えたその時。
「姉さん、何してるの!?」
と、胡桃の隣に降りてきたのは妹の唯花だ。
彼女は空をチラリと見た後、胡桃へと続けて言ってくる。
「あいつはあれくらいじゃ倒せない……説明も全部後でする。だから、今はとにかく逃げて」
「え、でも――」
「いいから! プロヒーロー達も、ここに向かってくれてる……だから、私達は大丈夫。姉さんはこの先で、筋肉ヒーロー『マッスル』と合流して……あとは彼が案内してくれる!」
と、必死な様子の唯花。
胡桃はここまで慌てた彼女を、久しく見ていない。
きっと、あの怪人と相対しているのが、ただごとではないに違いない。
とはいえ、妹と仲間達を置き去りには出来ない。
しかし――。
(今は空を助けるために、決断しないと)
と、胡桃はその一念のみで――未だ状況を全く理解できていないまま、彼女達に言うのだった。
「ごめん……この場はお願い!」




