三百六十一話 空とノインは話してみる
「…………」
「…………」
病室に漂う沈黙。
この沈黙を撃ち破れる胡桃は、もうここにはいない。
彼女はノインに追い出され、お菓子を買いに行ってしまったのだから。
(これ、なに話せばいいんだろう? っていうか、ノインって僕と何が話したいんだろ?)
どうするべきか。
ここはノインが口を開くまで、待っている方が――。
「あんたに……言わないといけないことがある」
と、空の思考を遮るように聞こえてくるノインの声。
彼女は空へ続けて言ってくる。
「あんたがしてくれたことは、全部聞いた……私を助けるために、命をかけてくれた」
「命をかけたって、そんな大げさだよ! 僕はノインを助けたい一心で動いただけで」
「……名前」
「あっ……ごめん」
そういえば、空は先ほどから唯花をノインと認識していた。
ノインは怪人の時の名前、きっと嫌に違いない。
故に空は彼女へと言葉を続ける。
「なんて呼べばいいかな? 梓さん、でいいかな?」
「ノインでいい」
「え、でも――」
「唯花として過ごした時間より、ノインとして過ごした時間の方が長い……どんな思い出があるにしても、今はどちらも私の名前……それに」
と、しばらく俯くノイン。
彼女は一度だけ頷いたのち、まっすぐ空を見て言ってくる。
「あんたに助けてもらった時の名前だから……いい思い出もつまってる」
「えっと、そんなに言われると照れるというか――」
「空……あんたは私を助けてくれた……とても感謝してる。あんたが来てくれなかったら、私はずっと、暗闇を歩き続けてた……だから」
と、空の手を握って来るノイン。
彼女は空に初めて見せる表情で、言ってくるのだった。
「ありがとう……」




