第十二話 空と狐と事件のにおい
「これでよしっと」
例の店から出てから数分後。
現在、空は路地裏で購入した《技能書》を読んでいた――この世界では、購入した後に読むことによって、技能を習得できるのだ。
この世界においては、《技能書》で技を習得するのは当然のこと。
しかし。
(日本で暮らしている僕としては、こんな簡単に技を習得できるのは凄いんだよな)
日本で真面目に格闘技を習い、使いこなそうとすればいったい何年かかるのか。
故に、一般的な日本人からすれば、今の空のラーニング速度はある種チートに違いない。
と、空はそこでとあることに気が付く。
それは。
「シャーリィ? さっきから黙ってるけど、どうかしたの?」
いつも元気なシャーリィらしくない態度。
彼女は路地裏の一点――質屋をじっと見つめている。
「シャーリィ?」
と、空はもう一度声をかける。
すると、シャーリィは空へと言ってくる。
「嫌なにおいがする」
「嫌なにおい?」
「そうだ! あっち、あの店から嫌なにおいがする!」
「?」
空は何度か臭いを嗅いでみるが、特になにも臭いはしない。
となると、獣人という鼻のよさそうな種族にしか、嗅ぐことができない臭いに違いない。
空は納得――シャーリィが嫌ならば、ここから離れよう。
と、彼は一時そう決心したが。
「ここに居るのは危ない! クーが巻き込まれるかもしれない!」
シャーリィのそんな一言によって、空の決心は霧散する。
彼女はさらに続けて言ってくる。
「クー! 早く行こう! あの店から、ものすごい害意のにおいがするんだ! だから――」
「ちょっと、ちょっと待って! 害意ってどういうこと?」
「わからない! でも、人間がああいう臭いを放つときは、いつも良くない時なんだ!」
「…………」
シャーリィの言うことを信じないわけではない。
危ないのなら、逃げた方がいいに決まっている。
しかし。
(もしも、あの店の中で犯罪が行われていたら? もしも、あの店の中の人が悪に襲われているとしたら?)
空のなりたいものはプロヒーローだ。
そのために異世界で強さを磨いている。
(プロのヒーローは……悪を見逃さない)