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第09話:前日~三日目、決行

いよいよ、幼生体確保に集団で森に入る日の前日となった。各自、自分たちの仕事の確認と荷物の確認を怠らない。調合薬は腸袋に詰められたものが三つできていて、それは家の中にあってもそれほどの匂いを発してはいない、それを調合したミケは作成中についた匂いがすっかりとれるまで森に籠るそうで今は家にはいない。作戦としてはまず班を六班に分けた、一班はエノグと弓使いのトビでDの親の攪乱及び幼生体の確保が任務である。二班は生物ハンターのサバトラと盗賊のクロで、これはもし一班が失敗した場合にその代わりを行うのと、成功した場合はDの幼生体の運搬を行うのが任務、三班と四班は動物学者のシロ、法師のサビとグレーとチャシロという構成で、幼生体を昼夜問わず村まで運搬するのが任務、五班は商人のアメショと女史のパステルで村以降の馬車での運搬を担当する。六班は医者のチャトラで家待機班で戻ってきたメンバーが怪我をしていればその処置をするのが任務となっている。ちなみにメホソは六班のチャトラと共に家待機だ。



一班と二班は作戦が失敗すれば死ぬことも考えられる為、今日が人の集落で過ごす最後の日ともいえた、トビとサバトラとクロは知り合いに文を残したりなどしているさなか、エノグは先日不思議な女性から貰った青の素材を、それは拳大ほどの塊を握り、頭の中で無数の青い線を描き、さらに青色を落として楽しむのと、一体どうやってこの素材から色を抽出したものかについてをそれだけを考えていた。しかしその想像を現実にするためには明日以降の作戦は必ず成功させないといけない事であったが、エノグはどこかそれを些事と考えているきらいがあった。だから家の中は皆、文を残したり、じっとしていられるソワソワと歩き回っている中、エノグだけが荷物袋を枕にゆったりと寝転んで視線は天井を向いていた。それは他のメンバーと比較すると激しく奇異に映った。



それを見ていたメホソは面白いものを見つけたと言わんばかりの笑顔でエノグに話しかける。 「_エノグさん、あたなは誰かに文を残さなくていいんですか? 今回は特別に我々がちゃんと文を届けますよ?」 「_ん? 文? 文ね、おらには別に届ける相手も居ないからなぁ。」 「_それは失礼しました。。。ってそれにしてもエノグさんは余裕があるように見えますが、今回の作戦よほどに自信があるのですか?」 「_ふっ自信などないよ。行動や思考実験などして効果があるならいくらでもするがね、今回の事は頭の中の範疇外だ、こればっかりはやってみんと分からん。」 「_普通はそういう事は不安に感じたりするのではないですか?」 「_不安か、不安はどんな小さなもんでも、頭の中でどうしようもなく膨らむし重くなる。だからそんなものは別の実のある何かを考えて小さくしちまうに限る。」 とエノグは視線は天井のまま、メホソとの会話を行っている。 「_なるほど、不安を別の考えで覆ってしまうわけですね?」 「_まぁ、不安は隠せはしないがね、ただ小さいもんと思うようにしていえるだけだ。」 「_ふぅん? なんか深いような良く分からないような?」 「_うん、自分でも何を言っているのか良く分かっていないだよ。」 「_なんだ、冗談ですか。」 「_、、、どうなんだろうな。でも今日だけが特別な一日ではないだろ、だからいつもと同じように過ごしているだけだ。。。っと、さってと。」 とエノグは立ち上がると周囲を見回し 「_おらはちょっくら酒でも飲みにいくだがな、誰か一緒にいくだか?」 と言うがそれには誰もうんとは言わない。やはり皆にとってはこの出発前日とは既にギリギリであった日常の更に最後の日という特別な一日なのだ。 「_どうだ、メホソさん一緒に行くだか?」 「_え、僕を誘ってくれるんですか?」 「_そうだ、こんな日くらい監視役が家を出て、メンバーの気持ちを楽にさせたって罰は当たらんだろ?」 「_それで誰かが逃げたらエノグさん責任を取ってくれますか?」 「_ああ、そん時は何人分でも働こう。それでメホソさんは行くだか?」 と言われたメホソは家の中に溢れた雰囲気を察して、 「_しょうがない特別ですよ? 僕はちょっと出ますけど皆さん逃げないでくださいね。」 と少し冗談めかして言うと、家の扉に手を掛ける。 「_それじゃぁエノグさん行きましょうか。」



集会所兼酒場は今日も今日とて朝から開いている、 「_メホソさんは適当なテーブルに座っててくれ、注文は適当に取ってくるよ。」 というとエノグは一人カウンターへと向かう、今日の店番はいつもの女性店員ではなく、依然森から出てきたところに出会ったサムと言う男だった。 「_おはよう、エールを二つあとは、、、」 「_何か適当につまめるものを作って持っていきますね。」 「_ああ、頼む。」 とエノグがテーブルに戻ろうとすると、「_それと依頼はお受けしました。」 と小声で囁くように言う、エノグはさっき頼むと言った口のままで、じっと男を眺めしばしの間止まる。その男は続けて 「_今日はサービスデーなんです。全てお安くしておきますよ。」 と言うので、「_あ、あぁ、助かる。」 と返すのが精いっぱいだった。どこか腑に落ちない顔をしながらテーブルに戻ると、それを察してか 「_どうしました、エノグさんあの店員と何かありました?」 「_いや、今日はサービスデーらしい、全品安いんだと。」 「_そうですか、それは来れなかった皆さんには申し訳ないですね。」 「_そうだな。」 とすぐに店員から運ばれたエールに口をつける。



二人が静かに飲んでいるとカウンターの奥から別の男が出てきて、「_おいサム、この原稿だがな、もうちょっと俺を活躍させてくれないか?」 「_またですか? 何事もほどほどがいいですよカゲトキ。」 「_いやしかしだなぁ、物語にはもっと盛り上がりが欲しいんだよ。」 とサムと会話を始める。そんな男がちらりとこちらを見ると、動きが止まる。はてと思ってエノグがその男を眺めていると、 「_カゲトキ、どうかしましたか?」 「_い、いや、サム、何でもない、今言ったことは忘れてくれ、俺は、、、その、作業に戻るよ。。。」 という会話のあとカウンターの奥へと引っ込んでしまう。それを見ていたメホソは 「_エノグさん、さっきの方こちらを見ていましたが、お知合いですか?」 「_ああ、依然あったがあんな反応をされるような仲でもない。メホソさん、そう言うお前さんの方が何か知り合いなんじゃないのか?」 「_僕が? まさか? 僕はこの場所に来るのは初めてですよ?」 と返す。確かにメホソはあのカゲトキと呼ばれた男をみても、何の反応、呼吸の変化、目線の動き、脈拍の上昇、も感じなかった、ただ、あの男の方の反応はその逆で明らかにおかしかった。しかしそれも自分には関係の無いどうでもいいことかと考えると、エノグは特に気にもとめずにおいた。その日もエノグにとってはこれまでの日常の続きとして何変わりなく終わる。



出発当日、一班から四班までの男たちが森に入っていく、三班と四班はドラゴンの巣までの雨風のしのげる集落跡で、荷物の運搬役として待機する。ここまでに二日を要し、それからは一班と二班は共にDの巣まで向かう。途中森の最奥の谷を降りたところにある小さな池までたどり着くと、荷物を置いておもむろにその中に入って池の底の泥を掬っては身体に塗り始める。池の水は冷たいが四者は一言も発さず全身に泥を塗る。谷の奥の森はそれまでとは植生がことなり、背の高い木とそれにまとわりつくように生えた蔓性の植物、それに足元には毒々しいほどに色味の強い花が咲き乱れていた。エノグが先だって森に入った時にはまだ花は咲いていなかったがこの十数日の間に生えたもののようだったが、それは良い色の材になりそうだし、全身が黒茶色の男たちと色味の強い花の対比は面白いと感じながら歩を進める。



地図を見る限り、ギリギリ目視可能な範囲に、前回森に入った時に来たところまでは近付いたはずだ、それからは男たちは一切の音を発さずに木々に腰掛け夜になるのを待つ。聴こえてくるのは木々のざわめきと鳥の鳴く声だけ、、、時折、何か大きなものの声が聴こえるが男たちは身動き一つとらない、どのくらいジッとそうしていただろう、男の一人が中天を指さす。それは太陽の中の小さな黒い点であったが、徐々に大きな影となって男たちから距離のある所に降り立つ、ドラゴンだ。誰ともなく生唾を飲む音が聴こえる。遠方の為はっきりとした大きさまでは分からないが、それは兄姫村の村主の屋敷と同じくらいに思えた。エノグは再び見たドラゴンをじっと見つめると、アレを今晩相手にするのだと思い、体の中心が熱くなるのを強く感じる。他の男たちはどうだろうか、怖気づいてやしないだろうか、だがそれを確かめる為に声を発することも出来ないので、最悪は一人で立ち向かうつもりでエノグは覚悟を決める。



ドラゴンが地に着くと、ズズンという地響きと、鳥たちの羽ばたき上がる音、それと幼生体だろうか、ピヨピヨという声もかすかに聞こえてくる。乾きかけた泥が汗で内側から湿ってくるのを感じる。この場所も完全に安全と言える場所とは限らない、何か音を発してしまえばドラゴンに見つかってしまうかもしれない可能性はあるのだ、身動きが取れないと強く意識することは、ただじっとしている以上に疲労を感じさせた。ドキドキと早なる心臓の音とそれに相反して努めて静かにゆっくりと呼吸をする。さもするとこの心臓の音がドラゴンにまで聴こえてしまわないかと不安に恐怖に感じさせる。そうしてそれから数時間男たちは微動だにせず、その時を待つ。



日が完全に没し、自分たちの泥まみれの顔も夜の黒に隠れる頃になると、エノグから一歩を踏み出す、それはこれまで幾百回と戦いを重ねてきたエノグでも最も緊張し、恐怖を感じた一歩だった。そうして他の三人の顔が見える距離まで近づくと、簡単にハンドサインをだして、二班のサバトラとクロを置いてトビと共にドラゴンの巣に向かうことにする。呼吸を殺し、一列になって木陰から木陰へ移るようにしてゆっくりとゆっくりと歩を進める。耳は恐ろしく冴えわたり地面をネズミやウサギ、トカゲや虫まで蠢く音が聴こえる。エノグ達はその音に自分達からわずかに発せられる音を隠しながら、ドラゴンの姿と音とを探る。進み始めて二時間ほどがたった時であろうか、幸運なことに、深い夜の森の中でエノグ達の方が先に獲物を視界にとらえることに成功した。しかし、調合薬を矢で射るにはまだ距離が離れている。だが一度その視界にドラゴンの全景を捕らえてしまうと、それまでもかろうじて動いていた足が止まってしまう。自分の殺した呼吸すらも、ドラゴンに届いてしまうのではという恐怖から、もはや唾を飲み込むことも出来ずに口の端から垂らしている。エノグは静かに後ろを振り返るがトビはもうこれ以上は進めないというばかりに強く目を閉じてしまっている。



エノグはここで覚悟を決めると、三十分もかけてゆっくりと音をたてないように荷物から調合薬を取り出すと、そろりそろりと一人進んでいく、それはまるで目を瞑って崖を渡るかのような強い恐怖をエノグに与えたが、エノグは臆することなく、むしろドラゴンを睨みつけるようにして進む。そうしていると良いことも見つけた、ドラゴンは今眠っているようだ、それはその閉じられた眼と深い呼吸から察することが出来た。スプースプーと規則正しいリズムで寝息をたてている。エノグはその呼吸に合わせて、丁度呼吸音が大きくなるタイミングを見計らって歩みを進める。そうしてドラゴンの幼生体は三体いて、みな寝息をたてているのもわかる。背中を汗が伝うのを感じる。ドラゴン間近で見るとここまで大きく、恐ろしいとは思ってもみなかった、本当は正面からではなく、横や後ろから近づきたいところだったが今は運悪く真正面から近づいている。かといってこれから回り込むのも恐ろしくて出来そうもない。エノグは人生全ての恐怖心を使い切る勢いでゆっくりとではあるが着実に進んでいく。



ドラゴンはおそろしく巨大な、翼の生えたトカゲの見た目をしていて、とぐろを巻くように丸くなっている。その鱗は夜の黒を吸い込んでまるでそこが漆黒の穴の様になっている。エノグは恐怖心でいよいよこれ以上は近付けないというところまで来ると、震える手で調合薬を持った右手を持ち上げ、そこからはもうどうにでもなれという気持ちで全力でそれをドラゴンの顔に向けて投げつける。ブンと腕を振った音に反応しドラゴンが目覚め 『キギャァァァ』 と声を上げて全身が持ち上がる。それは海の巨大なクジラ程もある巨体で、エノグはすぐさま自分が居る場所が完全にドラゴンの攻撃範囲内だと認識する。しまった近づきすぎた牙がくるのか尻尾がくるのかどちらにせよもはや命はあるまいとそう思った刹那、先程投げた調合薬がドラゴンの持ち上がった頭に命中する。 『グググググガッガガガ』 とドラゴンが叫ぶとむやみやたらに頭と尻尾を振り回す、それはもんどりうって無茶苦茶に振られたため、エノグは寸でのところで当たることが無かった、エノグは恐怖により固まった足をこれまで通り自然に動くものだとイメージし、一呼吸すると、全力でドラゴンの幼生体に向かって走る。そして一体目を持ち上げようとして、恐ろしい事に気が付く、それは重くてエノグをもってしても持ち上げられなかったのだ。エノグは一瞬諦めかけるが、その持ち上げようとした個体が一番大きなものだと判別すると、より小さな個体を持ち上げようと試みる、するとそれは人間の大人程の重さで、造作もまく持ち上げることができた。それを袋に詰めて背負子に乗せる頃、トビが駆け込んでくる。



「_エノグ、すまねぇ。」 「_トビさん。」 「_俺の背負子にも幼生体を」 とトビが言うと、エノグはトビの背負子の袋でもう一体の小さな個体を包み持ち上げると背負子に乗せる。 「_さぁ、行こう!」 と二人は慌てて走り出す。ドラゴンは後方で暴れまわっており、その影響でそこいら一体には土や岩や、樹木が降り注いでいた。最速でその範囲を駆け抜けると、休みも挟まずに、一気に二班のサバトラとクロの元へと向かう。そうして背負子を二班に渡すと、一緒に駆け出し谷を目指す。その途中は誰も一切口を挟まずに、ただただ自分の爆発しそうな心臓の音とばたばたと走る音だけを聞いていた。谷を登り、ドラゴンの叫び声が少し遠くに聞こえると思うようになって初めて、エノグは後ろを振り返った。自分の呼吸があり得ない程に乱れていることにも気付いた。この距離がもう大丈夫な距離なのかは分からないが、一度その歩みを止める。すると他の者は振り返るもその足は止めずに 「_エノグの旦那!」 「_すまん、先に行ってくれ、今になって腰が抜けた。」 と言うと、三人はそのままガチャガチャと走り去っていってしまう。



エノグはドサッと地面に腰と腕をつけて大の字に仰向けに倒れ込むと、呼吸と鼓動を落ち着けようと努める。今になって股の間が濡れて温かくなっていることに気が付いた。あの時、ドラゴンの頭に調合薬が当たる寸前、ドラゴンの尻尾は完全にエノグを捉えていた。エノグの目にはそれが酷くゆっくりと見えていて、まるで走馬灯を見るかの如く、生まれてからこれまでの時間を追体験できるほどの長さに伸びた時間を感じていた。そんな不思議な感覚と先ほどまでの強烈な恐怖に足が、腕が体中が震えている。呼吸は浅く、心臓は早鐘を打ち鳴らしたかのようになっている。エノグは遠くの怒れる声を聴きながら、自分の成しえたことに改めて驚愕する。そしてそれを成したにもかかわらず、未だに自分の身体が五体満足な状態であることに、震えの止まらぬ身体ではあるが、それがなお一層自分の身体の無事を感じさせた。エノグは自分の身体を抱きしめるようにして、静かに時間を掛けて心を落ち着かせる。するとどうしようもなく喉が渇いていることに気が付いた。それに股の間が濡れてむず痒い、するとあろうことかエノグは水を求めて、再び谷を下り体に泥を塗りたくった池に戻ると水を飲み、そしてまた泥の中へ身を沈める。染み入るほどに冷たかったが無性に熱くなっていた身体にはちょうどいいくらいだった。そうして身体が冷えると頭も冴えてくる、エノグが行うべきことの最難関は今何とか突破したが、だがまだまだやるべきことがごまんと残っている。それの事を考えると面倒なことだと感じながら、まずは静かに体の感覚を取り戻すことから始める。



目を瞑り、深い呼吸を繰り返し、意識を頭に集中させ次は顔、首、肩と徐々に意識を向けていく。今となってはドラゴンに感じた恐怖も落ち着き、自分の成した結果にも興奮はせず、ただ体の各部に意識を落としていく。それが足先にまでくると目を開け、ゆっくりと音をたてぬように立ち上がり池から身体を出す。エノグは谷の方を見やると、先に行ったトビにサバトラにクロはどの位まで進んだだろうかと考える。後方からは未だに怒声が響いている、ならばドラゴンが動き出すまではまだ時間があるという事だろう、エノグがすべきことが終るまでそれは持つのだろうか、しかしそればかりは考えてどうなるものでも無いので意識から落としてしまうと、後方のドラゴンにも、先を行くトビたちにもバレぬよう静かに走り始める。エノグはこの先やることを一つ一つ頭に思い浮かべながら、順序立ててこなしていこうとするのだった。

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