第1話:とある絵描きの話
とある町に売れない絵描きのエノグと言う男がいた。どのくらい売れないかと言えば、画家を志してからこれまで二十年余りの間に描き始めた絵の数は千をゆうに超えるものの未だに一枚すら売れたことが無い程であった。だがそれもしょうがない話で、このエノグと言う男は未だに一枚の絵も描き終えたことが無いのである。それと言うのも全てはこの男の強烈な拘りに原因があって、その絵に最適な色を求めるあまりに、必要な色が見つかるまでその個所の色を塗らないという徹底ぶりで、その為に住居には複数個所が無地のままのカンバスが無造作に積み上げられているのだった。その強烈な拘りは絵描きを志した頃よりあって、当初は両親の残した財産を切り崩して各地の画材屋から必要な色を徹底的に集め混ぜ試行錯誤していたが、いよいよ今の材料では必要な色が作り出せず、そして全ての財産も尽きる頃になると、自らその素材を探しに出る程の熱量であった。しかしその成果もあってか、 ”フレッシュブラッド”や”スパークグリーン”という今の絵画界に革命を起したほどの色の発見を行ったが、欲しかった色とは違ったし、新たな絵を描くためにその製造方法もすぐに売ってしまったので、新色の発見者という評価もなく、そして依然描き上げる絵も無いので、当然画家としての評価も完全に皆無であった。
全ての財産を使い尽くして尚、なぜ男が今だに絵描きを続けられているかと言えば、全てとは言ったものの家は売らなかったし、高価な画材は全て自身の手で材料を得て作っていたし、それに副業のハンターで絵を描くには最低限の稼ぎ、それは絵を描かずにいれば普通に良い生活をするには十分と言えるほどの、を得ていた、ようはエノグと言う男は優秀な画材職人であるとともに優秀なハンターでもあったのだ。どのくらい優秀かと言えば、この町でハンターとしてのエノグを知らないものは居ないし、近くの都市はおろか遠く離れた大都市からも仕事の依頼がくることもある程である。
そしてエノグは今日も一心不乱に絵を描いている、しかし奇妙なこの男は片手で逆立ちをしながら描いていて、さらに驚くことにその姿から描かれる線には一切のブレがなくのびのびとした線を引く。それもそのはず、その男の強烈な拘りは色以外にもあり、それは完璧な絵は完璧な肉体より作られるという思想を持っていることにあって、ハンター活動の中で体を徹底的に鍛え上げ、そして作り上げられた身体は本当にそれが必要なのかは分からないが、少なくともどのような体勢でも思い通りの線を描くことを可能にしていた。
そんなエノグの元に一人の男が現れる、男は家に入るのに特段声もかけず、扉をノックしたりなどせず、それでいてエノグが逆立ちのまま絵を描く姿を見ても何一つ動揺することもない。だが男は辟易とした顔をしてエノグに話しかける。 「_よう、精の出るこったな、旦那。」 とそういう男は耳の後ろをポリポリと掻いている。それはこの男の癖の一つで 「_おや、先生、何の用だ? その調子だと、、、また何か厄介事のようだなぁ。」 と面倒事に巻き込まれた時の仕草であった。 「_ふん、相変わらず、、、急用が出てる。いつもの仕事の後に協会の裏口まで来てもらえるか。そこで説明する。」 エノグは昔の名残かこの先生と呼んだ男のいう事を断るという事をしないので 「_、、、では、後で伺うだ。」 といつもの事の様にそれを受ける。そしてその男もその答えが分かっていたことのように 「_じゃあな。」 と言うと、用は済んだとばかりにサクサクと歩いて行ってしまう。エノグは未だ逆立ちのままであったが、ここで手を止め地面に足をつける。そしてそのまま足を12時6時の方向に開き、さらに前に出した足に体をビタリとつける、体の向きを変えて次は今とは逆の足に体をピタリとつける。それからは黙々と柔軟体操を続けていく。エノグはじっくりと考える。急ぎの用でありながら、いつもの仕事のあとで良いというのはこれまでにないことだし、それに平素のあの男よりも心拍数が高めであった。今回のはいつもよりまして厄介事らしい。
「_しかし、いつもいつも先生は大変そうだなぁ。」 とそんなこと独り言を言いながらじっくりと体を伸ばしていると、7時の鐘がなる。エノグは立ち上がり干し肉の大きな塊を引き千切り口に入れるともごもごと噛みながらパンを片手に、朝の協会の集会所へと向かう、いつも会う顔に笑顔を返しながら、集会所の一角を目指す。そこには背負子が二つと大量の荷物の山があった。 「_うん? いつもより多いか? まぁでも大事なのは重さだ、積んでみるか。」 と言いながらエノグはその山を背負子の一つに左右均等に重さが掛かるように几帳面に荷物を積んでいく、積み終わると一度背負う、「_うん、いい重さだ。」 肩に重く延しかかる重量は100㎏を超えるだろう、それをもう一つ作ると今度は体の正面に荷物が来るように肩にかける。「_うん、負荷は均等だ、こうでなくっちゃいけない。」 と言うとさらに両の手に袋を抱え、そこにも荷物を詰めていく。総計300㎏はゆうに超える重量があるが、そこでさらにタンブ・ラインを額にあてがって、その後ろにもう一袋を乗せる。そうして立ち上がると、全身の筋肉は隆起し、荷物を含めてまるで小山のような様相を呈す。集会所にいる者達は数日に一度行われるそれを見送るとそれぞれの仕事に散っていく。エノグは最初は体に掛かる負荷を確かめるようにして、ゆっくりと歩くが、慣れてくると普通の歩行速度にまで上げる。それは慣れたものではあったが、今日の荷物はいつもと比べて数十㎏は重いだろう、ここまで多いことはこれまでになかったので不思議に思いながらも 「_だが、これは良い負荷だ。」 とどこか嬉しそうにそれを運んでいく。
この荷運びの仕事は町から離れた村に届ける物資で、正直に言えばリャマにでも運ばせればよいのだが、リャマが通れる道を選ぶと往復に3日かかってしまう日程をエノグのみが通れる近道を使うことで一日で往復出来るというところが、エノグの仕事に希少価値を生んでいた。町を出るとまず丘を下り近くを流れる冷たい川まで進み、流れの早いところに竹製の水筒数本を突っ込み水を一杯にくむ、それが終ると、これまで下ってきた道を登る。進む道は緩やかな丘陵地帯で、登りあり下りありの道が続く、辺りは一面の畑だが、収穫期を終えた今は人気もなく閑散としている。そんな道を、エノグは大汗をかくのもそのままに丘陵地帯の天辺まで休みなしに進む。時折吹く冷たい風が心地よいが、全身の筋肉から発せられる熱が圧倒的に勝っていて、まるで竈にくべた鍋の水の様に頭から身体から湯気を立てながらぐんぐんと長い登り道を進んでいく。
晩秋のなんとも寂しい畑が途切れると、途端に景色が変わる。辺りはアカガシラの灌木が生えていて、今は小さな赤い、鶏のとさかのような花が咲いている。これは磨り潰し乾燥させると赤色の材になるので帰りの道で集めて周ろうと考えながら進む。このエノグと言う男に掛かっては目にはいる物の全てが絵の材料となりうる、その材を見ては、どのような色の表現方法があるかを考える。色の組み合わせは星の数ほどにあるので、この考えは飽きることがない。そして丘の頂上まで来ると、腹側の荷物の中から水の入った水筒を取り出して、荷物を下ろすことなくのどの渇きのままに飲む。そこからはパインウッドの森の中を西へと進む。パインウッドは木々のより空に近いところに枝を広げているし落葉している為、森と言っても日の光は良く差し込み、これまで同様容赦なくエノグを太陽の光が照らす。地面には落葉が敷き詰められており、ふかふかとした地面はより強く地面を踏み込む必要があり、足に負荷がかかる。途中に松脂が出ている箇所を見つけると手拭い沢山にとって折り畳み懐に入れる。そうして10㎞位進むと、黒い切り立った崖の岩肌が見えてくる。
そこまで来ると、一度荷物を下ろし息を整える。そして登る道の地点を頭の中で線を引くように結びながら、松脂を手と靴にべったりと塗り付けると、一つの背負子を背負い、崖に掴みかかる。岩はしっかりとしていて固いが、いつだって最適な道が安全とは限らない、エノグは一手一手一足一足確かめるようにして登っていく。途中に大きな窪みがあってそこで一休憩してからさらに登る。その辺りには人も獣も居ないのか、聞こえてくるのはエノグの漏れる息遣いのみである。エノグはつかむ場所、掛かる負荷、力を入れるべき箇所のみに意識を集中して登っていく、そして危なげもなく登りきると、背負子を下ろして、中から結び目の沢山ついたロープを取り出し強度を確認すると辺りの木に結び付けて崖に垂らし、次にはその身をぶら下げ崖を下る。崖から見える空は高くともするとその空に吸い込まれて行ってしまいそうな気にさせられる。いずれはこの崖から見える空も描きたい、しかしこの空を描くための深い、まるで悩みを抱えたような青色が見つからないのがエノグの長年の悩みであった。崖を下りきると、休憩を挟み、残り二回の登りを終えるとまた水を飲み、全ての荷物を背負い持ち、また西へと進む。
今の崖登りがエノグの近道であった。最初にこの崖を見つけたのは画材となる石材を探して偶然見つけたのだが、そこには特に使えるような色を作り出す材は見つからないとなると、それからはこの場所はエノグが体を鍛えるための格好の場所となった。崖の突起を掴み身体を支え、懸垂をしたり、さらに先の突起に跳んだりとを繰り返すうちに、いつの間にやらその切り立った崖を登れるようになってしまった。今では更に荷物と言う負荷を与えても尚登り切れるほどの肉体をこの崖は与えてくれ、そしてエノグの仕事の希少価値も与えてくれた。いまやこの只の崖こそがエノグの画家生活の要なのであった。
エノグの足は止まらない、崖上の草原、腰の上までのびる草の中を進むと、草の露を衣が吸い、ズシリと冷たく重くなっていく、草原を抜けると今度はトウカエデの林があるが、トウカエデは地からでたところから枝を伸ばしていて、樹木同士が絡まり合うように生えていて通ることは出来ない。ここではしょうがなくトウカエデの林を回り込むようにして目的の村へと向かう。いつもより荷物の重量が重いせいか、多少の疲労を感じる。トウカエデの林を越えると、またも寂しい枯れた畑が見えてくる。「_よっし、もうすぐだぞ。」 と自分に言い聞かせながらエノグは休むことなく、一気に村の中まで進む。村の入り口には子供たちが沢山いて、そのうち一人が村の中へと向かって走り出す、商店の主に伝えに行ったのだろう。エノグはタンブラインに下げた荷物を下ろすと首をぐるりを回す、周りの子供たちはそれだけで、大笑いをする。さらに両手に持った荷物と背負子を下ろし、荷物を積んでいく。今も尚エノグの体中から湯気が上がっておりそれも子供たちを喜ばせる一種の装置として機能していた。少し離れたところから、リャマを数頭連れた年配の女性が歩いてくる。エノグは荷物を引き渡すと、お金と更に、画材の元となる石材などを受け取ると、また二つの背負子に両手に持つ袋をパンパンにして、タンブラインも使って、帰路につく。
途中、崖を下り終わったあとのパインウッド森の中から、金属の小さく擦れる音がする。この仕事をやっていると偶に聴く音でエノグは立ち止まると一度息を整え、そして今度はゆっくりと歩き始める。十数歩ほど進んだ辺りで森の中から鎧兜に身を包んだ五人の男が現れる、男たちは手に手に武器を持っており、槍が二人、片手剣と盾を持つ者が二人、そして二刀を持つ者が一人という構成だった。そしてその二刀を持つ者が 「_貴様に恨みはないがな、ここで死んでもらう。。。が有り金とその大層な荷物の中身によっては助けてやらんことは無いぞ?」 と声をかけてくる。エノグは 「_別に命を懸ける程の金も持ってい居ないし、高価な荷物ではないが、、、」 と言いながら、しかし、おかしい。と思う。
エノグはこの仕事を始めてからと言うもの、追剥に会うという事は実は度々あった、 それは大抵がどこかの都市から流れてきた者達でこの村に辿り着くと、一人で大層な荷物を運びさらに人気のない道を使うエノグは格好の獲物として認識されるらしく、これまで頻繁にと言っても良いくらいに襲われてきたわけだが、今回は少し相手の素性、目的が違いそうだ。まず装備の充実度武器はあっても防具まで全身揃えている者というのは見たことがなかったし、それに全身にみなぎる気配からは自分達の腕への絶対なる自身が感じられる、さらにはこの男たちは荷物よりもエノグ自身の命を狙っている点が、おかしいと思った点だった。
エノグは対応に迷うようなそぶりを見せて 「_そうか。では荷物を渡すことにしようか。」 というと右手に持った荷物を軽くひょいっと一番右側の相手へと投げ上げるる。相手は一瞬躊躇したがそれを躱す。ふむ、若干の想定外、大抵はこれを受け取ってその重さに動きが封じられるのだが、と思いながらもそのまま右側の相手の前に進む。他の相手は動かない。ここでもはて、と思う、大抵の追剥はこの時にエノグの動きに合わせて他の相手が動いてかかってくるのに、どうやら今回の相手は一対多数の戦いには慣れていないように感じる。もしくは各個人がその技量に自信があるのか。と考えながら相手の間合いに入ると槍が真っ直ぐにエノグの首元を狙って伸びてくる。申し分のない踏み込みに突き、体の各部が良い線を描いている、だが遅い、エノグはそれを自由になった右手で強く握りしめ、そのまま相手を引き寄せると、左手に持つ荷物を相手の肩口に振り下ろす、鎧越しでも手ごたえを感じる。荷物はそのまま手放す。
それを見て相手方の動きが変わる、各個人での戦いから一対多数に切り替えたようだ。先程の攻撃で生じた隙に槍と片手剣の相手がエノグを左右から挟む、タンブラインで首の後ろに下げた荷物を首を振って前に回して腕に取ると、前から近づこうとしていた槍の相手の足元に投げつけ一度動きを止めさせ、先程奪った槍を片手剣の相手に振るい距離をとらせる。相手に仕切り直すタイミングは与えない、エノグは一気に片手剣の相手に近寄ると、今度は両手で握った槍を相手の延髄に向かって全力で振るう、それは盾で防がれ槍は中ほどから折れる、が自分の物ではないのでかまわない、盾で死角になった場所に進み、相手の足を蹴り上げ、宙に浮いた頭を左手で掴むと地面へと振り落とす。刹那、エノグの身に別物の槍が伸ばされる。先程の槍主よりも力強くスピードものった良い線だ、躱せない、これは体を捻って正面の荷物で受ける、『ガキン』 と硬い音がして相手に戸惑いが生まれるのが分かる。その瞬間に正面の荷物から肩を抜くと、槍の切っ先に掛かった重みで荷物ごと地に着く。その隙に間合いを縮め右掌底を相手の顎に、さらに腹部の鎧に左手をそっとあてがってから、体重を込めて鎧内に衝撃を通す。相手は意識を失ったのか、くの時に折れ曲がったまま地面に臥す。
倒した三人は起き上がりそうにない。エノグはゆっくりと呼吸を吐きつつ、残った相手を見据える。未だ見える余裕に相手の力量を感じる。相手の片手剣が伸びる、振られる度にその間合いの内に入ろうとするが、そこに二刀を持つ者が切りかかってきてなかなか攻撃のきっかけをつかませてくれない。二人とも良い線を描けている。また一度下がる。エノグは相手の同心円上を回る、丁度相手の二人が左右に並ぶ場所まで進むと一気に片手剣の相手に詰め寄り、そして全身を振って背中の背負子の荷物を相手にぶつける。相手は盾で受けるがそれにより生じた隙をエノグは逃さず、全身の振りはそのままに弧を描くように右足を振って相手の盾の上、頭の上まで上げると、急激な角度をつけて首元を蹴り抜く。手ごたえはあった、しかし二刀の相手が視界から消えているのに気が付く。一瞬で周囲を見回すが居ない、崩れ落ちる片手剣の相手の後ろから、二刀が突き出されてくる。下がるには体勢が崩れすぎている。右の手から離れかけている荷物を巻き込むように体の前に出して防ぐ、その攻撃は 『ザスッ』 と音を立てて荷物に刀が突き刺さるが、すぐに引き抜かれる。荷物はここで下ろし、大きく跳び退る。
漸く全ての荷物を下ろして体が軽い、今一度相手の間合いから距離をとり、軽くステップを踏む、目は相手を見据え体は半身、左側を前に、そこから伸びる左腕はだらりと下げ、右手は顎の前に上げて両方の拳を軽く握る。そしてぐるりと体中に意識を向けたかと思うと、一気に相手との間合いを詰める。エノグは素早く左拳を伸ばすが、刀がそれに合わせて動く、危ない! と左拳をすぐに引いて、今度は右の拳を伸ばすが、それももう一方の刀に対応されそのまま首筋を狙ってくる軌道を描く、これには身体を仰け反らせるようにしながら後ろに跳び躱す。 エノグは 「_うん、しっかりと二刀を二刀として使いこなして、全身で良い線を描けている。ここまでの練度に達するまでには相当な修行が必要であったろう? うん、これはますますただ者ではなさそうだなぁ。」 とどこか独り言のようにしゃべりだす。
相手はこれまでのエノグの動きに安堵を得たのか、薄ら笑いを浮かべる。それを見てエノグは 「_いつだって、油断は禁物だぞ?」 と相手にとも独り言ともいえるような口調で呟く、すると今度はすたすたと普通に歩く速度で歩を進める。そして立て続けに振り回される刀が腕を上半身を狙えば体をひねり躱し、足や下半身を狙えば素早く下がり躱していく。すると相手が 「_どうした、躱すだけか? それともスタミナ切れを狙っているのか?」 と問えば 「_戦いに集中するこった。相手の身体の微細な動きを見逃すなよ? 戦いも絵も良い線を描くだけでなく、観察もまた必要なことだぞ?」 と先ほどと同じ口調で返すエノグに相手は少しイラついた表情をみせ、一気に間合いを詰めてエノグの胸元に刀を突き伸してくる、しかしこれは良い線ではない、こんな無理やりな線ではいけないと、エノグはそれを回り込んで躱して右わき腹の中段、上段、右ひじに素早く左拳を叩き入れ、さらに右裏腿に蹴りを喰らわせて、相手の後ろに抜ける。と、もう一方の刀が既に回り込んでいた、これは良い線だ、この線を描くのが目的だったかと思いながら、それにはさらに大きく後ろに跳んで対応する。服のわき腹の部分が裂けるが肉までは切られていない。 「_どうした? 油断したか?」 「_いんやこれはおらの身体の鈍りだな。気にすることはない続けよう」 と言い合うと互いに間合いを縮めて向かい合う。
しばらくは互いに相手の間合いに入っては、刀が振るわれ、拳が伸ばされ、しかしどれも当てられないままに、エノグが躱してまわるのが続く、何度目かの応戦の後、エノグは相手の描く線の癖を掴むと瞬間的に加速し、相手の正面に踏み込む、相手の鳩尾を狙おうとするがそれは両方の刀を交差させて防がれる、しかし、鳩尾に伸ばしかけていた左腕を軌道を変えて相手の顎元へ掌底を入れ、さらに右掌底を額へと当て、またすぐに下がる。そしてエノグの着地を待たずして膝から崩れ落ちる相手。勝負は決した。エノグは一呼吸おいてから、 「_うん、おまえさんは正面からの攻撃を両刀で防ぐ癖がある、それでどうしてもそこだけ線の伸びが悪くなる。」 とだけ言うと、自分の荷物をまとめ、さらには相手の無事な武器と盾まで回収して、これまで進んできたよりも少し速足で、町への移動を始める。
エノグは戦いの中で自分自身の描いた線を思い浮かべる。「_あまり満足のいく線ではなかったなぁ、今日は荷物が重かったからか、あぁそれに帰り道で追剥にあったのは初めてかもなぁ、いつもは行きしなだから、疲労具合が違うのか。」 とまた独り言を言いながら進む。先程の戦いから知れるのは、エノグが戦闘巧者という事だろう、そして戦闘を絵で例えるというのもこの男の奇異なところであった。
パインウッドの森、アカガシラの灌木地帯を抜け、今ではすっかりと暗くなった畑が見えてくる頃になると 「_うん、こりゃあだいぶ遅くなっちまったなぁ、先生との予定もあるってのに、ちょっと遊びすぎたなぁ。アカガシラの花を集める時間も無かった。」 と戦いを楽しんだことに少し後悔する。 「_しかし、うんと良い線を描く奴らだったんだ、本当なら一人ずつのやつを見てやりたかったが、、これでもうんと急いだ方だったんだ。」 と自分に言い訳をしながらさらに速足で進む。町について家まで荷物を運ぶと、最後の水筒の水を飲み干し、手ぶらで協会へととって返す。
町の飲み屋では既に宴が催されており、エノグは誘われる言葉を躱すようにして進む。平素であれば、ここらで食事だけして後は蝋燭の火の灯る中で寝るまで絵を描くのだが、と思いながら歩を進める。日暮れの協会は表の集会所はにぎわっているが、その裏手となると人通りは寂しいものだ。エノグは門番にひょいっと手をあげて挨拶すると、裏口の扉を開けて、なれた足取りで二階奥の部屋に向かう。そしてノックしてから 「_先生、来ただぞ。」 と言って部屋に入る。先生と呼ぶ男が、マホガニー製の大きな机に腕を組み、革張りのチェアに浅く腰掛けていたが、部屋にはもう一人、客がいて、それは二対の皮張りのソファーの最も机に近いところに足を組んで深く座っていた。この客は知らないだろうが、エノグがここに来る時に客に座らせる場所には明確な意思と意味が込められていて、この場所は断れない案件であることとさらに先生が浅く腰掛けるというのは油断ならない相手であるという事を指していた。
「_来たか、旦那、いつもより遅かったようだが?」 「_あぁ、先生、今日はまーた追剥にあってね。それがまた一段といい奴たちでね。それでちっと遊ばせてもらったんだ。」 と楽しそうに説明をしようかと思っていると 「_そうか、それでは依頼の話をさせてもらおう。」 と全てが万事分かっているともいう表情で依頼の話にはいる。これは相当に厄介な仕事らしいなと心の中で呟いていると、 「_旦那への依頼は、これだ。」 と一枚の封書を机の上に伸ばされる。エノグはそれをとって、封書の閉じた口に息を吹きかけて開くと、一枚の紙っぺらが見え、出してみるとそこには一文のみでこう書かれていた。
『東の果ての村、兄姫村のさらに東の森の奥でドラゴンの幼生体を生きたまま確保し持ち帰れ。』
それはエノグの副業の、命を賭けた長い旅を意味していた。




