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第31話:恨み無き戦い(前編)

「_えーーとっ、、、兄将子村を滅ぼしたのが、子村主本人だったと、、、いうことは、そこにいらっしゃる村主連の方々には特に何の恨みもなくなったわけですが、、、どうしましょうか。」 「_確かに激しく興がそれたの。しかし、これも命令じゃ、お前様達には悪いとも思わんが滅んでもらう。」 「_そうじゃぁ。」 「_僕はそこの人型のおばさんとやりたいなぁ。」 『ピシィ』 という音が響いたかと思うと、萩ノから放たれたであろう矢が人村主の眉間に突き刺さる、そして戦いの火蓋はどうしようもなく切って落とされる。オモカゲとハズメが中村主と、シチナとヌバタマが人村主と、少し怖い萩ノと親村主と戦いを始める。残りの者はダイフクが張った風の結界の中での観戦となった。



オモカゲとハズメは無言のまま、中村主に迫る、二人に会話など不要であった、それぞれが有機的に動き、一人が獲物の前に出れば、残りの一人が後ろに回る。それは美しい狩りの姿であった。中村主はその尾を鞭のようにしならせ目の前のハズメに狙いを定める。瞬間 『パシィイイン』 という音が響く、高速で振られた尾が激しい音を立てる。しかしハズメはそれを躱す、中村主の筋肉の動き、匂いで攻撃の狙いと瞬間を察したのだ、そしてその隙にとオモカゲがその背中に爪を立て、すぐに離れる。二人は一定の距離を保ちながら獲物の様子を窺う。オモカゲはその身の軽さに驚いていた、サムによって着させられた衣のせいか、最初は動きづらいと感じていたが今ではまるで羽のような身の軽さを感じる、更に速度を上げることは可能そうだ、しかし今の自身によって制御可能な速度に抑える。先程、慢心の恐ろしさを肌で感じたばかりだ、一瞬も油断はしない、隙も与えない。次に中村主が繰り出した攻撃も難なく躱す、そしてその隙を今度はハズメが攻撃を仕掛けるが、これは獲物の反応をみて距離をとる。 「_ふふふ、わらわとの力の差はわかっておろう? 小賢しいが、面白い。もっとわらわを楽しませろ!」 と中村主はその身をくねらせる。



シチナとヌバタマは共に人型のままゆっくりと人村主の元へと歩いていく、対して人村主もその骨をコキコキと鳴らしてゆっくりと腕を持ち上げたかと思うと一気に振り下ろす、 『ズンッッ』 と大地を揺るがす音が響くが、なんと二人はそれを受け止めている。 「_おぉ、ヌバタマよ、力をつけたな。」 と余裕の笑顔でシチナが声をかける。 「_わたくしなどサム様の力と神具の力を借りての事、それより兄様、流石でございます。」 「_ふ、流石は我らのくもがみ様の力というわけだな。」 「_おんしらぁ、何をくっちゃべっておるぅ。」 とその腕を何度も何度も振り下ろす。しかし、二人は微笑みを絶やさない、力に溺れているわけではない、ただサムのくもがみの身を守るために力を使うことに喜びを感じているのだった。そして何もただ力を受け止めているだけではない、二人はその有り余る力を十分に溜めていたのだ、次の人村主の一撃に合わせて、その溜め込んだ力を拳に乗せて解放する。 『ズッドッゴッ』 と轟音が響き渡る。その音には遠くの森の鳥たちまで逃げ出すほどだった。 「_ぬうぅぅ。おんしらぁ、やるのぅ。ふはははぁ、それっ、次じゃぁ」 とその力をその拳で受けても人村主は何らダメージを感じさせない。そしてそのまま拳を振り上げたかと思うとこれまでより力を込めてその骨の拳を振り下ろす。 『ズンッッッ』 「_ぐ、兄様、さらに力を溜めねばならんようですね。」 「_我らの力どこまで高めることができるのか、いい勝負になりそうだな。」 とまだまだ笑みを絶やさない兄弟はまた力を溜め始める。



萩ノは涼しい顔をして、いや少し怖い顔をして、軽々とその身の丈の何倍もある弓を操って矢を射っていた。それは外れることなく親村主の眉間、心臓、両肩、腹部と突き刺さっていくが、一向に親村主の顔色は変わらない。 「_当たーりー、おっまた、 当たーりー。」 と楽し気な声をあげている。「_あら、やだわ、何だか面倒な者に当たってしまったみたいね。」 「_ははは、それも当たーりー。それにしても当たりだったな、一等強いのと戦えて、これが若い女性だったらもっとーー」 と途中まで言うと、その口に矢が突き刺さる。 「_あははは、ああーいー。おああんうおいうおい。」 「_いやねぇ、何言ってるか分からないじゃないの。」 と言いながら、無数の矢が親村主の口に突き刺さる。それには親村主も何だかもごもごするばかりで喋れなくなる。 「_あら、やっと静かになって、良かったわ。」 しかしそれでも親村主は楽しそうな表情を変えない、その目は笑みの表情から細く細くなっていくばかりだ。そうしていると、空から紙吹雪が舞い落ちてくる、それはゆっくりとゆっくりと舞いながら落ちてくる。そしてそれがスッと萩ノの露出した肌の部分に触れると、血は出ないが薄く傷が入る。それを見て親村主の目はさらに細められていき、手は拍手を始める。 「_やれやれ、長引きそうでやだわぁ。」 と親村主の左右の手に同時に矢を射る萩ノは、ため息をつくのだった。



サムは自分の責任において発生した戦いを固唾をのんで見守っていた。力は足りないながらもその卓越した狩りの技術でそれを補い合いギリギリの戦いを続ける親子と、力と力のぶつかり合いを続ける兄弟、そして押しているのか押されているのかよく分からない母親と、三組の戦いは開始からもう何十分と続いていた。サムにはその神通力の差が分からない為、どちらが優勢なのかは判断がつかず、ただ余すところなくその戦いをその目に写すのが精いっぱいであった。そしてそんなサムの元にも紙吹雪は舞い落ちてくる。しかしそれはダイフクの風の結界でサムには届かない。 「_ご主人様、ここも危のうございます。お下がりください。」 「_いや、今ここを離れるわけにはいかない。まだ戦いは続いているし、それにこの窯、そしてコウロ様も守る必要があるのだから。」 「_しかし、!? ご主人様ご覧ください、紙吹雪が集落部分にまで!」 「_!」 とサムが対策を指示しようとした刹那、集落部に舞い散らんとしていた紙吹雪が次々に燃えていく。 「_これは、一体、、、」 「_わしじゃ。」 とそこに小さな影が進み出る。 「_こ、コウロ様!?」 「_あの黒いのをの、浄化したらな、使えるようになった。」 嬉しい誤算である、これで村の者は紙吹雪からその危機を免れた、悲しい誤算は、コウロの口調が若干ガマに寄ってしまったことだろうか。。しかしこれでまた力あるもの達の戦いに集中できるようになった。



ハズメとオモカゲは巧みな戦いを続けている。一方が相手の視界に入れば、もう一方は死角に回り込み、隙あらば攻撃に転じる。それには中村主もなかなか攻撃の機会を掴めずにおり、傍目に見ればコボルト達の優勢と感じられる。しかし神通力を視ることができれば全く違う様子が見て取れるだろう。双方の神通力には大きな隔たりがあり、ハズメやオモカゲが幾たび攻撃を加えようが、中村主の力には一切の揺らぎがない、ようはダメージが無いのだ。だからその攻撃はただただ相手を苛立たせるだけの働きしかなかった。一方中村主の攻撃は一撃必殺の威力を秘めており、未だ辺りはしないがそれはハズメとオモカゲの精神力、集中力を確実に削っていた。それに中村主はまだ尻尾による一撃の他に別の攻撃方法を隠していて、いつそれを繰り出してやろうかと考えており、その表情には気色の悪い笑みが張り付いていた。その頭の中はどのタイミングでその攻撃を与え相手をいかに絶望させるか、そしてその絶望の味を堪能することだけを考えていた。その楽しみの前では、コボルト達の攻撃など児戯に等しかった。そしてその余裕は、力の差はハズメとオモカゲには痛いほど分かっていた。そして分かっているからこそ攻撃の手を止めるという事をしない、自分たちの脚が、腕が、牙が動きをやめる時それは負けを意味することを感じ取っていたのだ。



そんな折、オモカゲの爪が相手の背中を大きくえぐり、中村主がその身を仰け反らせる、その一瞬の隙にハズメがその首元へと牙を伸ばす、その刹那だった、中村主が口から毒を飛ばす、これはグールをグズグズに溶かしてしまった攻撃で、当たれば岩すら溶かす威力を持っていた。中村主はハズメの必殺の一撃それを、その瞬間を待っていたのだった、その瞬間こそが最良の絶望、毒を飛ばした後の口には満面の笑みが張り付く、そして毒でドロドロになった姿をみたもう一方のコボルトをゆっくりと絞め殺す。その瞬間の快感を想像し身悶えする。



しかし、それは起こらない、その毒はグールに一度使っていた、そう、グールに取り込まれていたハズメには既知の攻撃であったのだ、毒を難なく躱すと前に伸び切った中村主の首を後ろから噛み付き食い千切る、そして首の皮一枚で繋がった個所をオモカゲがその爪で完全に断ち切る。首が体から離れ地面に落ちると、きょとんとした表情になり、口をパクパクとさせる中村主、ハズメとオモカゲはそれでも油断なく一定の距離を保つが次の瞬間には、中村主の上半身が、背中と胸側が分かれそれは大きな口となって急峻な速度でオモカゲに迫る。オモカゲは一瞬でも油断したつもりも恐怖を抱いたことも無かったが、これまでの戦いの疲労からかほんの数瞬反応が遅れる。のこりの数瞬はオモカゲにとって長い諦めの時間だった、感覚では酷くゆっくりと時間は流れているのに、地に着いた脚は腕は全く動かせそうになかった。ハズメが叫びながら駆け寄るのも見聞きできたし、中村主の大きなヘビの口には牙が無いのは不思議だとまじまじと見る時間すらあった。どうやらその口はオモカゲを噛まずに丸のみにするらしい、オモカゲの視界が闇に包まれる。



だが次の瞬間、自分の内より温かな力が湧き出してくるのを感じる、そして更に穴の先に光がその目に届く、その光にオモカゲはそれまで己を縛っていた何ものかから解放され、もがきながらその光の方へと飛び出していく、光の先目を開くと、中村主の喉元がズタズタにと切り裂かれ、そこから血が噴き出していた。オモカゲはその光景に驚いていると何者かにわき腹を噛まれ、持ち上げられる。その瞬間 『パシッィィンン』 と言う音が響く、中村主の尻尾の一撃で、それは見境なく何度も振るわれる。オモカゲはハズメに口で持ち上げられていることに気が付くと、体を反転し抜け出し、自分の動きでその尻尾の攻撃を躱し始める。自分に何が起きたか、そんなことを考えている暇は無かった、ハズメは今が攻め時と言わんばかりに、その喉元をさらに喰らい付き、噛み千切った一部を頭を振って後方へと放り投げていく、その様子からハズメの意図を嗅ぎ取ったオモカゲは尻尾の一撃を掻い潜り、既に爪で傷をつけた部分に喰らい付いていく。



サムはオモカゲが喰われる瞬間を肝を冷やして見つめていた、まずオモカゲは幸運であった。中村主の人型の首部分はヘビ型になった時の牙部分を担っていたため、ヘビ型になった中村主に牙が無く丸呑みされたという事、そうでなければ、牙を突き刺されおそらくはその牙から毒を注入されていただろう。なぜそれが分かるかと言えば、その部位が今サムの目の前にあるからであり、牙からはドクドクと何かの液体が湧き出し、それが触れる地面はゴボゴボと沸き立っているからであった。そしてサムのあずかり知らぬ幸運もオモカゲには起きていた、それはグールを浄化した分、コウロがその神通力を増していたことにある、それはオモカゲが喰われた刹那コウロが力の授受を行い、オモカゲの姿は急激に一回りも二回りも大きくなる、それで急激に広がり薄くなった中村主の喉元をハズメが食い千切ることが出来たのだ。



そして今やサムの元へはハズメとオモカゲが食い千切った無数の中村主の肉片が降り注いでいた、さらにいつの間にか集まったコボルト達がそれを喰らっていく辺りは喧騒に包まれていた、中村主のそのヘビの身体は首回り、さらに頭部分を食い千切られて、意識が無いのかただただビクンビクンと跳ねている、更に攻撃は進み、頭部分が完全に切り離される。そしてその頭部分もサム達が居る場所に投げ込まれる。しかしここで変化が起こる。中村主の残った首部分が高く、ハズメ、オモカゲの攻撃の届かない場所まで、その身体の力で持ち上げられたのだ、そして開いていた傷口から新たな頭が生えてくる。そして 「_オノレ! オノレ! オノレ!! この犬畜生の分際で、このわらわをここまで愚弄するとは、、一匹残らずわらわが毒牙で喰らい尽くしてくれる!!」 と言うと気炎を上げる。その視線は、ハズメに、オモカゲにサムに注がれる。



サムは中村主と目が合うと、恐れることなく中村主に告げる。「_そこのヘビの村主様、どうです? ここで戦いを終わらせるつもりはありませんか?」 と、それは実に場違いな質問であった、場違いな者は怒れる者に排除される、それは当然の事である。中村主は猛然とサムに喰らい付いてくる、サムはそれが分かっていたのか、一人窯から離れたところに立っていた。そして中村主の毒牙にかかる瞬間に高く跳ぶ、いや飛ぶ、サムの背には羽が生え空高くを舞っていた、中村主は躱された瞬間に眼に違和感を感じたが、そんなことはどうでもよかった、その眼はサムを捉え、頭を高く伸ばし喰らい付こうとした。しかし、不意にその眼から爆発したような衝撃を覚え、視界の半分が奪われる。そして一体何がと思考することもなく、その太い柱の様に伸ばされた首は尻尾はゆっくりと地に倒れ伏す。



倒れ伏したのち一度ビクンと痙攣すると、中村主はその動きを止める。サムが「_、、、フクよ、地面に下してくれるかい?」 と言うと、その背中で必死にサムを持ち上げていたダイフクがゆっくりと地面に向かう、サムは地に降りると中村主に追撃をしようとするハズメとオモカゲを制止する。 「_不用意に噛まないほうがいい。」 「_なぜだ! なぜ制止する!!」 「_お待ちなさい、、、あなたはこの者に何をしたのです? この者から急激に力が失われていくのが見えます。あれほどまでに膨大な力に溢れていたというのに、これではまるで、、、」 「_あなたにはこの者が死ぬのが見えますか?」 サムの問いにハズメは 「_、、、。」 沈黙でもって答える。それにサムは何とも言えぬ表情を浮かべる。それは一つの虚しい戦いの終わりでしかなかった。


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