第30話:グールの愉悦
グールの中の無数の意思の奔流は、今や一つの流れに統一されようとしていた。それまでは強い飢えと激しい怒りの狭間に揺れていた無数の意思が、突如発生した自由意志でもって制御され、統制されている。無数の者の意思はなぜかように簡単にそれが行われるのか不可思議に思うことはあったがそれが結実することはなく、その意志に全てをすっかりゆだねてしまっていた。その意志は、手始めに、その身を浄化せしめる存在に興味をひかれた、いや脅威ととらえても良いかもしれない。その不死の存在を滅するものを逆に滅ぼさねばならないという意識はその身を東へと進めた。西に強い力が集まっていることは分かっていたが、そんなものはこの不死の身体であれば恐れることもなくただ呑み込み、喰らってしまえばよい。まずは我が身の脅威となるものの排除へと動くのは自明の理と言えた。
その意識は、意識を東の先へと向ける。それは複数の意識と感覚の集合体であるので、意識と感覚とをそちらに向ければたちどころに何が起きているかが分かるはず、であったが、どうにもそれがうまくいかない。どうやら東の先のその身、その感覚は酷く鈍くなっており同じ意志でありながら、その疎通がうまく取れないのであった。そこでそれはその身の一つをもって東に向かわせる。何が起きているかは分からぬが、一つの集合でもってすれば、脅威を取り除けると考えたのだ、そしてその核はその場に置いたままで事を済ませようとしたが、事は上手く進まなかった。しかし、送った集合の意識が鈍化する前に二つの人影を見つけるには至った。どうやらその者達が意識の鈍化を引き起こしているようだ。今度はその意識は知恵を絞る必要があった。また同じようにそれらに向かっては同じことが起きてしまう。それは深く知恵を絞ることにする。
そうしていると、また状況は変わる、明らかに、意識の消失の速度が上がった、しかしその意識の総体と比べれば何という事の無い変化ではあったが脅威は若干増す。総体の肥大化が必要かもしれないと考えていたところ、西の強い力がまとめてこちらに近づいていることに気が付く、力をつけるにはありがたい事と思いながらも、複数体では分が悪いとも思う。また考えること、脅威な事が増え、それは面倒だという感情を持った。それに、西から来る者はなんの力か、我が身をグズグズにしてしまった、しかし、嬉しい事も同時に起こる。そのグズグズになった身は形を保てないほどの流形となったが、意識の速度、考える速度は飛躍的に上がった、それにこれまでのグールで包めば、その状態は維持される、できればその身をさらに流形化してほしかったが、その者はそれ以上は近寄っても攻撃はしてこなかった、以降、核をそこに移し思考を始める。力持つ者はその場にさらに集まるが、その身への攻撃はしてこなかった、好都合だった。それは流るように脅威に対する策を考案し、素早く実行に移し、そしてゆっくりと待つことにする。そうそれは狩りのタイミングを待つコボルトの特性と合致して、その意志のコボルトであった部分を刺激した。
力ある者達は東へと向かう、ちょうどグールを浄化せしめる者達のもとへ、それは楽しみでしょうがなかった、全てが揃ったときに一気に全てを奪う、その狩りの喜びは何物にも代えがたいと思った。そしてそれを成した時には、あの方のただ一人の将として仕える事が出来るだろうと考えた。それは喜びだった。それが成ればその身を苦しめる飢えと激しい怒りから解放されるかもしれない。それは浮かれていた。そしてその時をじっと待っていた。
力あるもの達が出会う。やっと時が来た、しかし狩りに焦りは禁物、今しばし絶好の機会を待つ、力あるものと力なきものが何事かを話している、内容は聞く気は無かった、ただ力あるものが動く瞬間だけにその感覚を研ぎ澄ませていた。そしてその時は訪れる。力あるものが動いたのだ、その初動を逃さず、薬村主から取り込んだ力を一気に爆発させる。それは地中からの一撃と言う、全ての者への不意打ちと言う形で実現される。刃を持つムカデは中村主を、ハンマー型のムカデは人村主を、燃え盛るムカデは親村主を、そして節太いムカデはグールを浄化せしめる者達を。
その意識は、中村主をズタズタに切り裂くのを感じたし、人村主を粉々に砕くのを感じたし、親村主をボロボロに燃やすのを感じた。それはこの上ない愉悦であった。しかしもう一つの力持つ者の群れを押しつぶす感覚が無いのは不思議であった、よくよく感じてみれば、節太いムカデの感覚すらなかった。何が起きたのかと考えている時だった。声が響く。
「_何者ぞえ?」 「_おんしぃ、なにもんじゃぁ。」 「_いやー、びっくりしたー、何なんです?」 と村主連の声がする。まさか全ての者を仕留めそこなうとはと思った、せめて中村主くらいは仕留めたいと考えていたがそう上手くはいかないようだ、だが奴らの力は十分に削げたし、その分を喰らえた、これで十分村主連とやりあえるだろう、だからまずまずの成功だとは考え、その核は地上に姿を現す。それはドロドロとした人の上半身に無数のムカデが、足が、腕が、頭が繋がっている形をしていた。
「_ふはは! 皆の者、久しぶりだの!!」 「「「_!?」」」 「_なんじゃこの小汚いモノは?」 「_さっきのは、おんしがやったのかぁ?」 「_なんです? なれなれしい。」 「_何を余裕ぶっておる、お前達の力、頂いたぞ?」 というと、そのドロドロしたものの下半身から、ヘビが、巨大な骨が、夥しい紙束が、そしてもう一つの人型が生えてくる。 そして「_のぅ、奴らは我らの事は忘れたようだぞ、冷たい奴らだのぅ。」 と言うと、新たに現れた人型の姿がどんどんはっきりしてくる、そしてそれは苦痛に恐怖に顔を苦悶の表情にゆがめる薬村主の姿となった。 「_ぐあっあぁぁ!!」 「_ぬはは、薬村主よ! 喜べお前がわざわざ練り込んだ力があの村主連を追い込んだぞ、何だ、こやつもはや口もきけぬか!! なぁ、中村主、人村主、親村主よ、お前達も今なら、こやつの仲間に加えてやるぞ。」 「_ふぅ、お前、子村主か?」 「_ぬぅ?」 「_あー、なんか気持ち悪いと思っていたら、子村主さんでしたか、通りで気持ち悪い。」 「_ふはは、ようやっと気が付いたか。」 子村主は愉快だった、今まで偉そうに上にふんぞり返っていたもの達を下に見るのは格別の喜びであった。 「_さっきも言ったが、お前達の力は頂いた、どうれ、残った僅かな力も頂くことにしようか。」 というと、本体を高々と全ての者より高く上げると、更にムカデ達の頭も上げる。 「_ふははは、愉快痛快じゃ、愉悦じゃ。」
「_、、、なぁ、そこの小汚いモノよ、何を勘違いしておる?」 「_そうじゃぞ、おんし?」 「_これが僕たちの本気だとでも思っていたのですか? 説明するのも気持ち悪いけど、僕たちは気持ち悪いあなた達よりずっと上手く村の運営を長年営んできたんです。僕たちがため込んできた恐怖と畏怖はこんなものではないですよ?」 すると突如、刃を持つムカデは根元から千切れ、ハンマー型のムカデは粉々にされ、燃え盛るムカデはさらに燃え盛ると途端に火が消えてしまった。 「_な!?」 と子村主は盾代わりの節太いムカデを操作しようとするが、全く反応がない。その様子を見て中村主が話す。 「_なんじゃ、そっちのムカデは動かすことも出来ぬのかの? 無様じゃの? それに、わらわ達がそのほうの気配に気が付かぬとも本気で思っておったのかの?」 「_なんだと!」 「_プ、中村主さん、本当のこと言っちゃうんだから、、、ははは、本当に最初っから気持ち悪いからみんなで無視してただけなのに、もしかして自分のこと策士だなんて思ってたんじゃ、、ははは。」 「_、、、無様じゃぁ。」 子村主は混乱していた、そしてそれはさらに混迷を極める。それまで、操作権を失っていた節太いムカデがゆっくりと動き、その中の者達の姿を現す。それはまるで中の者を守るかのような動きをしていた。そこから力なきものが声を発する。
「_えーと、話の途中でしたが、なんですかね?」 「_いやわらわ達の話は終わりじゃ、お前様達も何か事を起こすなら好きにしたらよいぞ。」 「_はぁ、ちなみにそちらに新たに増えた方はどなたなので?」 「_これは、儂らの面汚しよのぅ。」 「_いいですいいです、気持ち悪いから無視してください、それよりも僕はあなた方の中にいるモノのほうが楽しみなんですよ。ぜひお力を見せて頂きたい。」 「_貴様らぁーー」 『ズッドドドドドドドドドド』 と轟音が辺りを支配する。するとその辺り周辺は更地となり、グールはただひしゃげて圧縮されて潰れていたが、節太いムカデはその身は白くなりひびが入りつつもその力に耐えていた。
「_あ、あのグールの方は僕たちで処理、いや浄化させていただきますので、、、って大丈夫かな?」 とサムは言う。 「_、、、グオォォォォ、オノレオノレ、キサマラそろいもそろってーー、クソッ、我が身の真骨頂はこの不死の身体なり、いかな攻撃を受けようとも、この身がある限り、何度でも喰らい付いてやるぞ!」 「_その声、子村主か!?」 とはクウヤの言。 「_この白きムカデから母上の匂いがするぞ!」 とはオモカゲが言。 すると白いムカデの殻が砕け散り中から美しく白い毛並みをした一頭の巨大なコボルトが現れる。「_ハズメ! 貴様、我の支配から逃れたか何故!!」 と子村主がいうと、白きコボルトが言葉を発する。 「_兄将子村に残されたものの飢え、恨み、全ての思い、それに応えるためにその意志に従っておりましたが、貴方様と同化して本当のことが分かりました。そもそも我らを閉じ込めた結界は貴方様が作ったものだったのでございましょう? そんなモノの為に何が従う必要がありましょう。」 「_母上!!」 「_!? 子村主よ! 答えろ!! 今の事は事実か?」 「_ちっ、しかしまぁ良い、式の一匹などくれてやる。それでも不死身の我が身の有利は変わらぬ! 今再び村ごと、村主どもごと喰らってやろうぞ。」 「_子村主よ、それが答えか!」 「_ええぃ、うるさい何度もいわすな!」 「_!」
「_その自慢の身体じゃがの、なんじゃそこで朽ちはてて行っておるぞ?」 「_な!?」 と子村主が振り返ると押しつぶされたグールがどんどんと浄化され骨を残すのみとなっていくのだった。 「_おお、圧し潰されたおかげで、まとめて浄化できている。」 とサム。 「_、、、無様じゃぁ。」 「_もうすぐさようならみたいですね。なんだかんだで嫌な思い出もありましたが、、、」 「_よく分かってないですが、あなたはグールの統率意思と存じます、恨みはあるでしょうがどうぞ心安らかに、、、」 今や集落周辺に留まり、コウロの力で強められた別離の香木の煙が瞬く間にグールを浄化していく、その身の全てをこの一点に集めたのが致命的だった 「_クッソォォォーーー!」 グールのいや子村主の愉悦とはなんてことはないただの慢心、本当にただそれだけであった。
グールが瞬く間に浄化され、骨となっていく。一同は複雑な心持でそれを見守る、後に一匹の蠅が残るが、それは中村主の尻尾の一撃によって爆ぜる。それが子村主の本体であったがもはやそれはどうでもよいことであった。




