第25話:激突
それが不死性を得て生まれたのは偶然で、もし同じことをやっても同じように不死性を得られるかどうかは神ですら分からないし、なぜ不死性を持ったのかも分からない。全てを喰らい尽くした村の中に不死性を持つ個体が存在していたのかもしれないし、一定の空間に餌もなく閉じ込められて、飢えの果てに獲得した権能なのかもしれない。もし、一つの村で意図的に蟲毒を行おうとしたものがいたならば、嬉しい誤算と言えるのかもしれないし、自分では扱いきれない神霊を得てしまったと言えるのかもしれない。だが何が起因にしろ全てに飢え、また不死性を備えたモノが生まれてしまったのは当のソレも周りの環境にも不幸なことであったろう。それに今やソレは多くの命を貪り増殖までして見せている。ソレは神通力を視るたしかな眼を有している者ならば、吸い込まれるような強い負の神通力と言うのかもしれない。それが存在する場所は黒に漆黒に染まり、上空から見れば底の知れぬ穴が開いているようにも見えただろう。ソレは辺りの命を吸収しながらより大きな力を求めて、途切れえぬ飢えを満たす為、その飢えの不死の塊、グールはゆっくりと西へと向かう。
兄将村群にむらかみが居ないのは一体いつからなのか、それを知る人は誰も居ない。村主が村主を吸収して新たな村主となるという構造上、全ての記憶を持つはずの当の村主は知っていそうなものだが、もう何代にも渡ってそれを繰り返している為、記憶が混じりあい定かではない。村主達が記憶としてはっきり持っているのはせいぜい二代前くらいで、 むらかみのような存在がいたような気もするし、自分こそがむらかみであり村主であるという気もする。そもそもそんな存在が人なのかということもある。村主自体も、自身が人などとは思っていまい。それこそ神とでも思っていることだろう。だから自然と、むらかみの事を知る人はだれも居なくなる。
村人たちは他の村にむらかみなる存在がいることすら知らない、兄将村群の村人達は代々、疑問を持たぬようにしつけられて生きてきた、そのせいだろうか、毎年の太陽神の畑での労役に出ても、黙々と働くのみで他の村から来た者たちなどに、いや人に興味を持つことすらない。だから新しい村主が誕生する際には姿形は新しい村主の容姿になるため、古い村主は存在しなくなるが、それに疑問を持つ者など、誰も居ない。そもそもまともな教育も受けていないのだ。言葉こそ理解はしているが、文字は書けぬし読めもしない、村主から見た村人とは祈りと畏怖を集めるための装置以上でもなければ以下でもない。ただ多くの村人がいたほうがより多くの力を集められるから、生かされているだけのものでしかない。
そんな中、自身を神とし、祈りをささげる装置を全て喰らった神きどりの者がいた、薬村主であった。喰らった理由はより多くの畏怖や恐怖を集めるためであったが、その村の人々は全てに疑問を持つことが無いゆえに、自分の死にすら疑問を持たず受け入れてしまう為、思ったほどの恐怖は集められないでいた。そしてそれが薬村主の怒りとなる。薬村主の身体は全身が赤黒い金属かのように照り輝いており、そこから伸びるムカデの牙や無数の節につながる脚には村人たちの残りがこびり付いている、薬村主はその汚れにさらに怒りを爆発させて、周囲の建物と言う建物を破壊する。一通り破壊し終わると、いや怒りをぶつけるものがいなくなると、兄将子村の境の関所を睨む、薬村主の頭の中は今や怒り一色で、思考らしい思考も出来ないでいた。それは己が内に生じた恐怖をそれ以外の感情を全て怒りという感情が喰らい尽くした為、そうなっていることにも気が付かない。ただの怒りの塊であるそれは自身に恐怖を植え付けられたことも忘れた相手に怒りをぶつける為だけに跳ねえるように東へと向かう。
その衝突は必然、大きな衝撃を持って開始される、まずは薬村主が塊のまま、グールに空襲を仕掛ける。薬村主の塊が地面に着弾した箇所から半径数十メートルは地面がひっくり返ったかのように見える。薬村主の周りからグールが消える。だがグールは微塵もダメージを受けたようには見えない。双方にらみ合う中、薬村主から五本の大きな腕がゆっくりと伸びる。それは、薬村主自身に集くムカデを蟲毒のごとく最後まで喰らい続けた個体達で、それぞれが兄姫村の村主をはるかに凌駕する神通力を持っていた。そしてその五本はそれぞれが、異なる姿をしていた。一匹目は触覚から牙そして無数の脚に至るまでが全てが刃状になっており、二匹目は全ての脚が燃え盛る焔に、三匹目は頭が大きくまるでハンマーのような姿で、四匹目は節から脚の全てがしなる鞭と、五匹目は節が太く、足は短くまるで薬村主を守る盾のように周囲を蠢いている。
前者の四匹は、グールに向かって怒涛の攻撃を加える、グールを切り刻み、焼き、叩き潰し、切り裂き、ありとあらゆる痛みをグールに与え続ける。グールは攻撃に出ることも出来ずに、ただただ薬村主の攻撃に押されていく。それまでグールは形を持たぬただの塊であったが、後方よりゆっくりと薬村主に近づいてくる影がある、それはムカデの外形に複眼は無数の落ち窪んだ眼を持つ顔の集まりで、大きな牙を持ち、節から生える脚はコボルトや人の腕や足で構成されるモノであった。それはゆっくりと鎌首を持ち上げると、獲物へ向かってゆっくりと倒れこむかのように突っ込んでいく、薬村主は瞬時に危険を察知し、後ろに下がる。しかし、それによって、下がらされたという事実によって怒りが爆発し、反射的にそのムカデの形をしたグールに向かって全てのムカデで攻撃を加える。
一匹目のムカデは無数の脚の刃がボロボロにされ、二匹目のムカデは焔を喰われ、三匹目のムカデはハンマーの頭の部分を捩じ切られ、四匹目のムカデは引き千切られ、五匹目のムカデは無残にも節の部分をまだらに噛み千切られていた。それを受けて薬村主はさらに下がる。全てのムカデを無効にされ、それまでは怒り一色であったものが恐怖の色に変わるまでには幾らほどの時間も必要としなかった。そして、高い神通力を持つ者からの恐怖はさらにグールに力を与える。しかしグールの欲は満たされることを知らない。貪欲な、無限な、際限ない飢えは今今砕き、喰らいつき、捩じ切り、引き千切り、咀嚼した箇所の吸収に専念する。薬村主は周囲をドロドロに溶けたグールで囲まれ、もはや身動きをとれず、ただただ恐怖を発生させる、終らない飢えを満たすためだけの装置となり下がった。
もし、その戦いを見るものがいたなら、恐れおののいたかもしれないし、ほくそ笑んだかもしれないが、もし本当にいたなら、それはきっと人ではないモノだろう。




