第9話:夜の散歩と生への渇望
○2月24日:土曜日:20時半、ノドカは毎日18時~19時の間に眠るので、そこからは夫婦の時間となる。サムは今の本業の事や副業の事を、シホは今日のノドカの可愛かった事や賢かった事を話す。ちなみに賢かった点は、玄関で自分だけできちんと靴を脱げたことだった。ノドカは発話はまだだが、日増しにできる行動が増えて行っている。サムは仕事でノドカを見れない時間が多いので、18時入眠だと平日どれだけ早く帰ってきても、もう寝てしまっている為、日々のそういった進歩を教えてくれるのは嬉しいことだった。サムは最近夜の時間はなるべく副業はしないことにしていたが、今日はとても大きな変化があったため、少し見に行くとシホに告げると、クロワッサンと白湯をもって副業部屋へと向かう。
副業部屋は、今もその出窓の二つから日光が射している。明るいのは助かるのだが、あまり夜に日光を浴びるのも良くない。その為今では遮光カーテンを勝手に取り付けていて、そのカーテンを閉め切る。部屋は真っ暗になるが、部屋の中央のバーチェア周りは青紫の光を湛えている。それはまるで間接照明のように働き部屋を薄暗く照らす。サムはテーブルの上に新聞紙を一枚広げて、その上でクロワッサンを食べる。もう焼きたてとは言えない冷えたクロワッサンではあるが、まだ周りはパリパリサクサクとしていて、そして中の生地はしっとりとしており、バターが香る。一気に食べ終わると白湯を少し飲んで、サイドラインへとLog Inする。
サム達は屋敷の一角を貸し与えられており、今は少し落ち着いた時間を過ごしていた。クウヤ達も町から旅してきたサム達をすぐさまコボルト対策に外に出すほど、状況がひっ迫しているわけではないとも考えられるだろうか。サムはヌバタマに目配せする。 「_サム様、ダイフクは既に町に飛んでもらいました。」 「_そうか、ありがとう。」 「_サム様、それとお耳に入れたいことが二つございます。」 「_なんだい?」 「_ここにいる男たちですが、、皆すべて少量ではございますが神通力を有しております。」 「_たしか、僕らの元居た村では村主の家族と村の式達だけだったよね。ここにいる十数人が全員持っているというのは、、、一般的ではない?」 「_さあ、わたくしも人の集落に詳しいわけではないので何とも言えませんが、元居た村やウリョシ町ではあまり見かけませんでしたので。」 「_そうか、兄将薬村もトカゲといい、ここの男たちといい、神通力持ちが溢れているのか、、ここも何かありそうではあるが、、、クウヤさんが朝に話してくれたことは敵認識していたら話せないことだと思うし、ある程度は信頼されているのだろうね。そう思うとここの秘密は下手に暴かないほうが動きやすかろうね。」 「_はい、あのトカゲたちの中にいるよりはましでしょう。」 「_あれは気味が悪かったね。トカゲたちの視線がずっと僕たちに集中していたし、、、それで二つ目というのは
?」
「_はい、この辺りはコボルトとトカゲの空白地帯と申していましたが、別の何者かの気配も感じます。」 「_! この上別の勢力がいるってことかい? それともトカゲたちと同じ勢力だろうか」 「_それは何とも。ただ微弱すぎてクウヤ達も気がついていない様子。」 「_知らせるべきかどうか、、、いやいたずらに混乱を招きかねないか。タマ、その気配の元をたどれるかい?」 「_、、、時間をかければある程度分かるかもしれませんが、ただあまりにも微弱で難しいかもしれません。」 「_そうか、、、難しいか、、、いやでも万全を期したい。屋敷にいる間は調べてもらって良いかい?」 「_はい、承知しました。」 「_それにしても、なんだか取り込んでいる村だねぇ。」 「_そうですね。」 「_まぁ、見えないリスクに怯えていてもしょうがない、僕たちは今できることをしようか。。。今日は月夜だったよね。夜の散歩にでも出ようか、タマ、フブキ。」 「_はい。」 『ワン』
空には大きな月が掛かっている。気候は兄姫村とほぼ同じ、植生もほぼ同じに見える。サム達はゆっくりと夜の森を歩く、時たま遠くで遠吠えが聞こえるが、それ以外は、緑を踏み分ける音と、フブキの 『ハッハッハッ』 という呼吸音だけが響いている。 フブキは警戒しているのかしきりに辺りの匂いを嗅ぎ、サムのそばについて歩いている。サムは帰り道を確認しながら兄将子村のある方向へと進んでいた。いきなり深く入り込むつもりはなかったが、コボルトの様子を一度見ておきたかったのだった。夜の散歩を初めて30分程経ったころだろうか、突如フブキが 『グルルルル』 と唸りはじめる。 「_タマ! 分かるかい?」 「_いえ、分かりません。」 姿は一向に見えないが、フブキが辺り一帯に対して吠え始める。もしかしたら囲まれているのかもしれない。 「_タマ、様子を見る、樹上に移動しよう。フブキ、おいで。」 というと、樹上に姿を隠す。
異変はサム達がいた正面から現れる。そちらの方向からコボルトの唸り声が多数聴こえてくる、だが様子を見ているのか、近づいては来ず姿はまだ見えない。そしてサム達が前の方に集中していると、突如後ろ手からコボルトの群れが飛び込んでくる。だが、サム達の姿がないと悟ると、辺りの匂いを嗅ぎ樹上に向かって吠え始める。さらに内の一匹がその鋭い爪でもって木を登ってくる。ヌバタマはまずいとみると、樹上から樹上へ移動を始める。コボルト達はそれについて追ってくる。捕まることはないだろう、ただ果たして振りきれるだろうかとヌバタマは心配していたが、サムは他のことを考えていた。それは追いかけてくるコボルト達が、夜目にもはっきりわかるくらいにやせ細っているということ、そしてサム達を追うその目がやけにギラギラと輝いているという事だった。サムはクウヤが言っていた、 ”今や人も獣もさらに同種のコボルトですら食料としてしか見ていない。” という言葉を思い出す、恐ろしいというよりも、悲しみが強い。「_タマ、振りきれるかい?」 「振り切れはしますが、匂いをずっと追いかけられると厄介ですな。」 「_そうか、、、確かにあの屋敷まで追われると厄介だね。しばらくは全力で逃げて続けてみてくれるかい、様子を見よう。」 「_はい、承知しました。」
20分ほど追いかけっこをしていると、コボルト達はぱたりと追うのをやめてどこかに向かって行った。 「_急に諦めたね。」 「_ええ、奴ら一体どこに、、、! サム様、奴らの向かう方向に神通力を持つ何者かがおります。」 「_しまった! あの屋敷にいた人たちの誰かかな。タマ、助けに行こう。」 「_はい。」 ヌバタマは樹上を器用に進んでいくが、地上を全力で駆りスピードにのったコボルトの方が圧倒的に早い、コボルト達はもう目標を見据えているようでその歩みには迷いがない。また、また間に合わないのかと思う。もうサクラの時のようなことは嫌だった。 「_タマ、走りながらでいい、雲龍さんに繋げるかい?」 「_はい、少々お待ちを、、、、、、大丈夫です。つながりました。」 『_サムよなんじゃ?』 「_雲龍様、タマにお力をお貸しください! もっと速く走れるように!!」 「_なんじゃ、急ぎか? あいわかった、ヌバタマよ力を送るぞ。」 「_お、おおおおお力が! 溢れる!!」 すると樹上を駆けるスピードがグングンと増していく、そして先を行くコボルトを捉えた、コボルト達は何者かを囲むように包囲をしていた。「_タマ!、コボルト達を糸で捕らえるんだ!!」 「_承知!!」 ヌバタマは素早く地面に着地するとサム達を下ろして、猛烈なスピードでコボルト達に襲い掛かる。コボルト達は突如現れた黒い影になすすべなく囚われていく。サムとフブキはコボルト達の中心へと走る。
「!!」 とそこに居たのは人では無く妊娠したコボルトの個体だった。
そのコボルトは動けない身体で精いっぱいの唸り声をあげ、そして吠えていた。か細い顔や手足に比べて、おなかだけがはち切れんばかりにパンパンに膨らんでいた。サムは敵ではないと言いたかったが理解できまいと思い、適度な距離を保つことにする。するとフブキがゆっくりとその個体に近づくがその個体は必死に逃げようとする、でもおなかが重いのかまともに立ち上がることもできない。しかしフブキはなおも近づきゆっくりとその前に座わりその眼を見つめる。しばらくすると今度は立ち上がりサムの元へと走ってくる。だが用事はサムにではなく、サムの荷物にあるようだった。サムはこれまでに何度かする仕草であった為、フブキの目的はすぐに分かった、肉だ干し肉が欲しいのだ、サムは荷物から干し肉を取り出すとフブキに与える。するとフブキは干し肉を咥えて再度その個体の元へ向かう、そしておもむろに干し肉を食べ始め、いつもよりも多く噛むと、その個体に口移しで肉を与え始めた。その個体もそれを受け入れゆっくりではあるが、噛んで飲み干していく。
「_サム様、全てのコボルトの捕縛を完了しました。してどうしますか?」 「_、、、どうしようか、でもこんなとこに放っておいたら、餓死するか、他のコボルトに食べられるかするだけなんだろうね。」 サムはどうしようもなく痩せ細った彼らをみて何とかしてやりたいと思う。 「_全部で、、、8頭か、、タマ、食料を探してきてもらえるかい?」 「_サム様、、、適当に探してきましょう。」 「_ありがとう。タマ、たのむよ。」 「_はい、それでは行ってまいります。」 というと蜘蛛型のままで素早く移動を開始するヌバタマ、サムはある石に腰掛けると、妊娠した個体と捕縛された群れを交互に見る。おそらく彼らは壮絶な過去を持っているに違いない、兵糧攻めからの解放、そして恐らく今は周囲の獲物を狩り尽くしての飢餓、現在飢えていない個体は居るのだろうか、全てを救うことはきっと出来ない、でも目の前の個体だけなら、、、偽善だろうか、だが偽善でもいい彼らを救う手立ては無いものかと必死で考える。彼らを満たすものを準備出来ないかと、町から運んでもらう?一時凌ぎにはなるかもしれない、それもごく少数の、、、それではダメだ。。なら村から調達?それだと人が飢えてしまうかもしれない、クウヤの目的はトカゲからの村人の解放である為村人自体は敵ではない。。。 「!!」 トカゲ!トカゲ!!そうだ、トカゲは有り余るほど村にいるし、それに何より神通力を持っている。栄養は満点だろう。サムは今後のコボルト対策に光明が差すのを感じる。
もう痩せた彼らを見ても悲しむことは無くなった、後はヌバタマの帰りを待ち、そして妊婦が安心して子供を産み育てられる環境を用意してやるのみだ。と言っても今はここを動けそうにはない、妊婦の様子を見る限り今にも生まれそうだからだ、サムはせめてもと、そのあたりに生えている綺麗な大きなはっぱを採取し、妊婦の周りに敷いてやる。妊婦は今もフブキから口移しで肉を与えられていたが、じきに食べなくなった。それと共に呼吸の仕方が変わる、もしかするともうすぐ生まれるのかもしれない、サムはノドカが産まれる際に立ち会ったが、それ以外の生き物の出産に立ち会うのは初めてだった、男がやれることは少ない、ましてやそれがコボルトになると何もできないと言ってもいい、サムはただ傍に居て母子ともに無事に産まれることを祈るだけだった。
妊婦は浅い呼吸を繰り返しており、フブキはただその傍らに座っている。サムもまた少し離れたところで火を焚き岩に腰掛けていた。 破水してどのくらい時間が経っただろう、妊婦が身じろぎを一つすると子コボルトの頭が見え始めた。それからは一匹、二匹、三匹と立て続け産まれる。みなよたよたと蠢いており、無事に産まれたようだ。母となったコボルトは、そのか細い体で、必死に子コボルト達をなめてやっている。サムは感動に打ち震え、気が付けば涙を流していた。そうして一安心していると、ヌバタマがそっと現れる。
「_サム様、無事に産まれたようですな。 それと餌をとってまいりました。」 と鳥を数羽採ってきていた。 「_ダイフクやサクラが居なくて助かりました。。2人がいると鳥は捕まえにくいですから。」 サムはそうだねと言うと捕縛したコボルト達の前に鳥を置いてやるとギラギラとした瞳のまま一心不乱に自由に手足が動かないながらも貪るように食べるのだった。そして余すところなく食べきるとすっかりと寝てしまった。
さて、これで大所帯の主人となってしまった。フブキ以外はこちらの言うことを聞いてくれるかも分からない、いや聞きはすまい。これからがフブキの活躍の場なのかもしれないと思いながらサムは明けゆく空を眺めるのだった。




