第8話:クウヤと兄将村群の秘密
異世界に行ったなら異世界の文化がある、初めての村に行ったなら初めての村の文化がある。サムはとりわけ新しい世界への順応は早い方だと自認していたが、その村はとりわけ奇異な文化を持つ村であった。村の名前は兄将村群、兄将薬村。まずその村の中にはとにかくトカゲが多い、大きさや種別も様々で、赤色の者から青色のものまで見た目にも鮮やかだ。クウヤに聞けばトカゲはこの辺りの村では神の使いであり、触ってはならないしましてや痛めつけることがあってはならないとのことで、サムはフブキにトカゲは襲ってはならないよと告げ綱を少し短く持つのだった。サム達は村の奥の方に案内されているが、人が外に出ているのをほとんど見ない、というか全く見ない、それも不思議に思いクウヤに聞けば今はむらかみへの祈りの時間であり、皆別の所に居るらしい。クウヤ自身については、対ゴブリンのリーダー兼メンバーとして祈りは免除されていて今はこうして自由に動いているそうだ。途中の道で、兄姫村の葬儀殿の六倍はあろうかという施設が目に入る。中からは『おおおぉぉぉ』と声が聞こえてくる。これが祈りの場所で祈りの声なのだろうか、だがその声には感情が籠っているようには思えずうすら寒い気すらする為、その施設についてはクウヤには聞かずに置いた。更に歩を進めていくと、これは南に進んでいるようだ、するとクウヤが今は村主の屋敷に向かっているが移動の時間も惜しいとのことでこの村のしきたりについてを放し始める。
まず第一に村人の祈りはこの村々の中でもっとも重要かつ神聖な行為であり、何人たりとも邪魔してはいけない。第二にトカゲは神の使いであり傷をつけてはならない、 第三は今は無し、第四に村人が死んだらその亡骸は神に捧げなくてはならない、第五に村主に逆らってはならない、第六に村人の婚姻は全て村主の指示の元行う、第七にに村人は 村の外に出てはならない、他で住まう者を村に入れてはならない、第八に、村人は金銭を持ってはならない、第九に村人は夜出歩いてはならない、第十に村人は5家族毎にに班をつくり互いにしきたりを守っているか確認するように、と途轍もなく厳しいしきたりである。疑問に思うことは多々あるが、サムはただ聞くだけの姿勢を崩さない。他の一行もそれを聞くのみで村主の屋敷へと向かう。
村の規模は兄姫村の六分の一程だが村の様子は大きく異なる、兄姫村が完全な平地であったのに対して、この村は窪地にあり、丁度ここに向かう途中で見た兄王の踵と同じような真ん中に落ち窪んでいく棚田のような形をしていた。そしてその集落は窪地の南側の中腹にあり、集落の規模も兄姫村の 六分の一程といった印象である。先ほどのしきたりも相まってまるでアリジゴクのようである。
そんなことを考えていると、村主の屋敷と思われる。辺りでもことのほか大きい屋敷が見えてくる。屋敷の前の広場には若い男たちがたむろしている、クウヤはあれが対ゴブリン要員とのことだった。サム達が近づくとその集団が一斉に睨みを利かせる。サムは一瞬たじろぐがここはクウヤに任せることにして様子をみていると。向こうから先に声が上がった。「_クウヤ、後ろの連れ達は誰だ? そいつらが噂のゴブリンの奴達か?」 「_ああ、そうだ。今日からコボルト狩りに出てもらうつもりだ、これでお前たちも少しは休めるだろう。」 「_けっ、休みなんざいらねぇがね、、、そいつらは信用できる奴か?」 「_それはこれから確かめる。おい、サムついてこい。」 というとさらに南に向かおうとする。 「_ちょっと待ってください。クウヤさん、今の方が村主様で?」 「_いや、この村に今は村主はいない、言うなればここは対コボルトの前線基地といった場所だ。ちなみに、屋敷の近くの家の奴は避難済みだからな、好きに使ってもらって構わないが、、どうする? 荷物を置いていくか?」 「_いえ結構です。何を確かめるのか聞いてからにします。」 「_、、、そうか、分かった、じゃあ早速村の外に出てもらうがいいか?」 サムは正直クウヤの言動に疑問を持たざるを得ないが、村の外に出るというのはサム達にとっても好都合であったので、 「_ええ結構です。」 と答える。
村の南門は兄姫村とは異なり、北門と同様の広さを持っていた。隣村でも死生観に大きな違いがありそうなので、それが原因なのかもしれない。南門を出ると、南東へと向かって歩みを進める。サム達は辺りを警戒して視ていたが、クウヤは特に警戒することなく黙々と歩いていく、一時間程歩いたろうか、急にクウヤが辺りを警戒し始めてサムに話しかける 「_おい、サム、この辺からがコボルトの領域だ、気を付けろよ。」 「_いきなり戦うので?」 「_、、、もっと奥に行く。」 というとのしのしとさらに南東に進む。そこから20分ほど歩いた頃だろうか、ヌバタマがサムに何か耳打ちをする。 それを受けて「_クウヤさん、もし、、、コボルト以外にも警戒しているものがあるならば、もう良い頃かもしれませんよ?」 「_、、、サム、貴様は神通力が見えるのか?」 「_僕は見えませんが、式は見ることができます。」 「_なぁサム、何がもう良い頃合いなんだ?」 「_神が、いえトカゲが見聞きしていないという意味です。」
「_クウヤさんはトカゲの居ないところまで行きたかった。。。違いますか?」 「_、、、なぁサム、、、村には始めて来たってのに貴様は何を知っている?」
「_何も知りませんよ。ねぇクウヤさんもう腹の読み合いはやめませんか? 正直に言いますが、僕はコボルトたちの問題を何とかしには来ましたが、この村群と関わろうとは思っておりません。 できれば村の外に居を構えたいとそう思っています。」 「_なぜだ?」 「_あんな衆人環視の中では僕のしたいことが出来ないという意味です。村に入ってすぐにヌバタマが教えてくれました。村にいるトカゲは全て神通力を持っていると。」 「_それで、トカゲたちが監視しているとでも言うのか?」 「_そうですね。最初は村を守るためにいるのかと思いましたが、クウヤさんの話を聞く限り違いそうでしたし、それに僕たちが歩くさまを全てのトカゲが目で追うというのは、気持ち悪く感じましてね。勝手にそう解釈しました。違いますか?」 とそこまでサムが言うとクウヤは辺りをひと眺めした後、
「_、、、確かに、辺りのトカゲは居ないようだな。。。だがまだだ、この先にちょっとした屋敷群があってね。そこまで行ってもらう。」 「_、、、そうですか、分かりました、行きましょう。」 とそこからは無言で歩いていく、20分ほど進んだころだろうか、大きな屋敷、木の柵に囲まれかがり火が焚かれている。 「_クウヤさん、ここは?」 「_ここが本当の前線基地だ。」 と言うと、口笛を一つ高く鳴らす。すると屋敷の中から口笛の根が三回聞こえてくる。更にクウヤが口笛を鳴らすと、屋敷内から数人の男たちが姿を現し、柵をどかして入り口を作る。 「_よし、入るぞ。」 とクウヤはどんどん屋敷の奥に入っていく、屋敷の中には十数人の男たちが肩を並べていて、サム達が奥に行こうとすると無言で付いてくる。そして奥の座敷にクウヤが座ると、サム達を囲むようにして男たちは立っていた。
「_クウヤさん、これは? どういう状況ですか?」 「_サム、お前の正体は何だ?」 「_正体? 先程述べたようにただの物書きですが?」 クウヤは少し顎を上げて匂いを嗅ぐようなそぶりを見せる。すると 「_、、、嘘は、ついていないみたいだな。」 と言った後やや険の取れた表情で話し始める。 「_サム、ここいら一帯にはトカゲ公はいない。言うなればここはコボルトとトカゲ公の領域の丁度境界で両者の空白地帯のような場所でね。色々と動きやすいんだ。 もしサム達がこちらに着くならば、ここに住まわせてやらんことはない。」 「_クウヤさん達に着くとは?」 と辺りの男たちを見回しながら答えるサム。 「_ああ、サムはさっき、コボルト達の問題を何とかしに来たといったが、具体的にはどうするつもりだ?」 サムはクウヤの目をみて一呼吸すると語り始める。 「_僕たちはコボルトを狩るつもりはありません。コボルト達を飼育しに来ました。」 「_!、飼育だと? 人に懐かせるということか?」 とクウヤの眉がピクリと上がる。 「_そこまでは上手くいくとは思っていませんが、ただ人を襲わなくなれば良い。そうすれば不要な争いは避けられると考えています。」 「_ははははは、お前、面白い奴だな。”ゴブリン生活新書”を書いただけはあるという事か。。」
「_クウヤさん、先程クウヤさん達側につくかどうかを聞かれましたが、今の回答ではどちらになりそうですか?」 「_まぁ、まてサムよ、お前は先ほどの兄将薬村の様子を見てどう思った?」 やれやれ、まだ腹の読み愛は続くようだ、「_先ほど言った僕たちのやりたいことをするには、あの村にいてはやり辛いですし、なにより、10個のしきたりですか? あれは守れそうにないですね。」 「_なぁ、サムよ、お前たちは村人をあのしきたりから解放するつもりはないか?」 「_、、、そこまででしゃばるつもりはありません。そもそも出版社に来た依頼はコボルトをどうにかする事でしたし。」 「_そうか、残念だ。」 とクウヤが言うと辺りの空気が変わる。辺りにいた男たちがジワリと険のある空気を感じる。 「_待て、お前達。村の解放に関しては確かに依頼範囲外だ、だがあのコボルト達を味方に出来るならば俺たちにとっても好都合だ。。。サムよ、コボルトの事はよろしく頼む。」 「_ふぅ、、、どうやらお眼鏡にかなったと考えてよいですかね。。。それで、もうよくわからないのですが、クウヤさん達はどういった団体なのですか?」
「 _俺たちの目的はコボルト達からではなく、トカゲ達からの兄将村群の解放だ! 」 「_? つまり、村に反乱を起こすと?」 「_ああ、コボルト達のようにな。」 「_コボルト達の? 反乱?」 「_そうだ、今この兄将村群をおそっているコボルトは元々はこの先の兄将子村で飼われていて、トカゲたちに対して反乱を起こした奴らだったんだ。」 「_では、もともとは野生のコボルトではない?」 「_そうだ、だがもはや野生に帰ったと言っていい。コボルトが反乱を起こして直ぐは人を見ても襲ったりはしなかったんだが、、今や人も獣もさらに同種のコボルトですら食料としてしか見ていない。」 「_、、、話がこんがらがってきましたね。。。クウヤさん、最初から時系列に沿って教えてもらっても良いですか?」
「_そうさな、、、まず初めにあるのはあのくそったれな10のしきたりだ、兄将村群の奴らは皆だれも疑うことなくそのしきたりを守っている。だが、それにおかしいという者が兄将子村の中に現れ始めた。誰が言い初めだったのかは分からないし、どうやってあのトカゲ連中にバレずに数を増やしたのかもわからねぇ。だがその動きは急速に広まった、特に太陽神の畑に出ていた若い者たちが支持していったんだ。そしてそれは兄将子村の村主の息子に、さらには村主の式であるコボルト達にまでが支持するようになった。 だがそこでその動きが村主どもに見つかっちまったんだ。するとあいつらは何をしたと思う?」 「_、、、弾圧でしょうか?」 「_ああ、そうだ、それも生半可な弾圧じゃねぇ。兄将子村自体を結界で囲いさらに作物蔵と作物に火をつけたんだ。」 「_兵糧攻めですか!」 「_ああ、そのあと村で何が起こったのかは分からねぇ、俺たちは村の外に、この屋敷にいたからな。ただそれから2か月経った頃、それは起こった。突如村を囲っていた結界が内側から壊されたんだ。俺たちはすぐに村の様子を見に走った。だがそこにいるのは野生化しちまったようなコボルトの群れだった。それも大群のな、俺たちは村に入ることはおろか、中の様子をうかがう事すらできなかった。あとは酷いもんだ、荒れ狂ったコボルト達が辺りの生き物を手当たり次第に食べ、更に数を増やし、兄将薬村にまで迫ってきたのさ。そして村主連は慌てて兄将子村と兄将薬村の境目に結界を張ったってわけだ。で、俺たちは対コボルト対策本部に紛れ込んで様子を伺っていて、さらに村主連の名前を勝手に借りて、出版社に、サムに連絡をとって待っていたんだ。 あの書物を書いた奴ならコボルトをただ狩ることはするまいとな。」
「_、、、そうですか、そんなことが。。。人とは恐ろしいものですね。。。それでクウヤさん達はさらに反乱の意思を固めた、という事なのでしょうか。」 「_ああ、俺たちはあいつらが村に対して行ったことを許せないしな。だが正直今動いたところで今度は兄将薬村が兄将子村と同じ目に合うだけだ。まずは兄将子村の様子を知りたいのと人知れず仲間を増やしたい。だからサムには期待している。コボルトを仲間に出来れば心強いし、さらに村の様子も知れるからな。」 「_分かりました。コボルト達のことについては全力でやらせていただきます。」
と、そうして、兄将村群に対する反乱の渦に巻き込まれていく、サム達であった。




