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第14話:大決戦(後編)

羽虫が落ちた、ただそれだけ。ただそれだけで自分に注目が向いていることに少しの苛立ちと諦めを感じる。我は動くつもりはなかった。羽虫が地を這う虫に落とされた、それでなぜ我がその地を這う虫をつぶさねばならないのか。そのような虫など、だれでも踏みつぶせるではないか、なのに我に行けというのか、それが王の務めというのか、つまらぬ仕事だ。。。自分の右側に何時も居る者が何か喚いている、分かっている、我に動けと言っているのだろう。自分の左側何時も居る者も、何か喚いている。わかっている、自分の出番なのだろう。承知の合図に小さく「_ゴゥ。」とつぶやいてやる、度重なる勝利を経て肥大化した身体からはまともにしゃべるという機能が失われていた。呼吸も肺を空気で満たすのも難しかった。だが戦いには何の影響もない。さあ、我を我が脚のもとへ運べ。さすれば地虫の一匹や百匹踏みつぶして見せよう。



幾匹もの大柄のゴブリンが、王のもとへ集まる。そうして王の下にある革の敷物ごと王を少しだけ浮かべ、ピラミッドを下る。一段また一段と降りるたびに、王の肉はタユンタユンと揺れる。敷物からだらしなく垂れ下がった腕も、足も力が入っていないのかグワングワンと振れる。それはあの巨体で戦えるのか不安になる、しかも王は対戦相手も見ることもなく、ただ虚空を眺めている。ピラミッドの下には口に収まらない牙を天に向かって大きく伸ばしたイノシシが静かに佇んでいる。彼もまた戦いの時を把握していた。ゴブリン達は王の乗る敷物をさらに高く上げて敷物ごとイノシシに乗せる。運ばれているときはイノシシに乗せても座ることが難しそうであったが、そこに座ると背筋は伸び、イノシシの腹を両足で挟み、対戦相手を見つめる。



おお、我が足よ我が身体よ。我がこの姿、王の王たる姿になり決闘を行うのは何時ぶりか、お前は逃げてくれるなよ。決闘直前で逃げ出す者の多いこと、そしてそれを追いかけて森をさまようこと、あれほど面倒なことはない。年によっては何日も森に出ていたこともあった。お前は面倒をかけてくれるなよ。ん、お前はゴブリンではないのか?。。。あぁお前は人間というやつか、人間を見るのは何時ぶりか、、久しいな。だが地虫が地虫であることは変わらん。さあ、槍を、我が腕を持ってこい。



王の対戦者は、王の姿を見て驚きと恐怖を隠せないでいた。周りのゴブリンたちは先ほどの勝負にまだ興奮しているようだったが、対戦者はすっかり冷めているように見える。さらに王に槍が手渡されると、頭を垂れてしまった。王の戦いとなって、周りのゴブリンの数と興奮そして歓声はさらに増す。王の完全な姿はそれほどまでに圧倒的な畏怖を湛えていた。



さあ、我が腕よ、今や全てが収まるべきところに収まった、あとは開始の風を待つのみ。だがしかしお前は小さいな、知っているか小さきものよ。この戦いは非常に簡単だ、ただ相手に向かって走り、ただ相手の胸に向かって槍を伸ばすだけ、ただそれだけだ。ただそれだけで全てが決する。分かっているのか小さきものよ。さあ、風の合図だ、ゆくぞ我が脚、我が腕、我が身体よ、全ては一点へ、一点へ向かって伸びていくのだ。さぁいざ、いざ。



初戦、王と対戦者は互いに駆け、中央でイノシシが高く、高く上体を上げる。身体が大きく傾くが上に乗る王はその足でしっかりとイノシシを挟み込み落ちる気配は見られない。そして振り下ろされる前足と頭、それに対する蜘蛛は体は低いまま前足を躱しさらに振り下ろされる牙を器用にその腕を伸ばして受け止める。両者の動きが止まると先に動いたのは対戦者だ、するりとそれでいて体全体で王の首に向かって槍を突き立てる。槍は浅くではあるが確実に傷をつける。だが王は一向に意に介さずに自らの腕を対戦者に向かって、その胸に向かって伸ばす。それは猛烈なスピードで対戦者の胸に吸い込まれていく、しかしギリギリのところで蜘蛛と対戦者が体をひねり躱す。そして互いにすれ違い前に進み、また開始位置へ、驚くことにその頃には王の傷はもう塞がっている。第二戦、互いに駆けよる。イノシシと蜘蛛とのぶつかり合いはイノシシがその上体を上にあげる隙に蜘蛛が体を右にひねり王の左を抜けていく、そしてすり抜けざまに王の左脇を少し槍が傷つけていった。第三戦、今度も蜘蛛がわきをすり抜け、槍が太ももを軽く傷つけていくが、その傷はまたすぐに塞がってしまう。王はただ黙って対戦者を見つめている。



何だ?この戦いは、イノシシでのぶつかり合いもまともにせず、突き結びもせず。地虫は地虫でも素早い地虫のようではないか。だが所詮は地虫、刺されたとて痛くもかゆくもない。お前がそのつもりならば好きなようにやるがよい。勝つのは我で変わらない。だから戦法も変えない。変える必要がない。相手が止まったら槍を胸に突き伸ばす。その真理は揺るがないのだ。その絶対の真理をわきまえていないお前は負けるのが必然なのだ。さぁいざ、いざ。



第四戦、開始の風を合図に駆けあう、今度も蜘蛛がわきをすり抜けようとするので、イノシシは上体を上げようとせずに頭を右から左へ振り上げる。それには虚をつかれた蜘蛛だったがすんでのところでその攻撃をギリギリ受け止める。しかし完全に止まってしまった身体に向けて王が槍を相手の胸に向かって伸ばす。だが蜘蛛と相手が体をひねり、そのまま後ろ向きになって躱し進む。その際に相手の槍がイノシシをかすめるが、その傷は王と同じくすぐに塞がる。第五戦、今度はイノシシがこれまでで一番高くその頭を振り上げ、その姿勢のままで止まり、蜘蛛を睨みつける。蜘蛛はその隙にまた脇をかすめようと右に進路を切る。イノシシはそれを見届けると、蜘蛛の進行方向に向けて前足と頭を振り下ろす。すると蜘蛛は右に飛び躱す。やはり王と対戦者はぶつかり合うことなくそして今度もイノシシを軽く傷つける程度で下がる。第六戦、これまでとは打って変わって、蜘蛛の方が高くその上体を上げる。イノシシは虚をつかれたようで一瞬遅れる。その隙をついて蜘蛛がイノシシに頭突きする。「ズッドーン!!」とすさまじい音が響く、あまりの衝撃のせいだろうか対戦者の槍が出ない、そこに王の槍が迫る。するとまた蜘蛛が大きく上体を上げて対戦者ごと槍を躱しながら、そのやりで王の右腕を薄く切りつけて下がる。



ふむ、我が脚を狙ってくるか。だが我が脚も我と共に勝利を収めてきた王の片割れ、その身体に何をしようが痛くもかゆくもないだろう。だがどうした我が脚よ、何を相手に合わせているのか、王には王の戦い方というものがある。お前はただ高く体を上げ、頭ごと振り下ろすのみで良いのだ。今も相手をそんなに興奮して睨みつけている。王の王たるはその戦い方にあるのだ。何を揺らいでいるのか。おい、分かっているのか。



「ドッゴーン!!」突如王がイノシシの頭を殴る。その音にその行動に辺りは静まり返り、あまりの衝撃にイノシシもふらついている。そこにさらに王の張り手が飛ぶ、「_ビッシャーン!!!」度重なる王の不可解な動きに驚くゴブリンだったが、その理解が追いつくことなく、第七戦の風は吹く。そして先に蜘蛛がイノシシに近づく、イノシシはハッとするとその場で上体を上げ、蜘蛛に睨みを利かせて頭突きを繰り出す。「ズ、ドッ!!」という音を立ててイノシシの頭が地面を叩く。それには地面も揺れ、対戦者がバランスを崩した。しかし槍を王の左太ももに突き立てるとその押す力でバランスを取り戻す。そしてその瞬間に王が槍を伸ばす。それは相手の左肩にかする。対戦者がさらに槍を押すことで上体をひねったのだった。そして両者がぶつかる、その瞬間に蜘蛛が上体を上げ王の腹めがけて頭突きをくらわす。だが王は微動だにしない。そしてしばらく押し合いが続くが、風の合図で開始位置に戻る。イノシシは鼻から出血し、対戦者は肩から出血している。第八戦、もうイノシシに揺らぎはなかった。まっすぐに蜘蛛を見据え近づくと、上体を高く高く、高く上げる。そしてそこに居ようが居まいが全力で頭を振り下ろす。「ド、ゴッ!!」イノシシが地面に頭突きする、その衝撃に遺跡が揺れる。蜘蛛はその瞬間に真横に飛ぶと、その回は突き結ばず距離をとる。第九戦、イノシシと蜘蛛がぶつかる。イノシシの頭を掴むと右にいなす蜘蛛、そしてその瞬間に槍が王の右太ももを削る。王はその刃が止まるのを待って槍を繰り出す、今度は槍が対戦者の右わき腹を掠めてそのままぶつかり合うこと無く歩を進める。出血は無いものの対戦者は効いていそうなそぶりを見せる。手数は少ないものの一撃の重さが違う、さらに王には回復力がある、状況は対戦者不利の様相をていく。



そうだ、我が脚よ、それが王の戦い方だ。そうで無くては困る。それにしても相手の戦い方なんだ。不甲斐ない、我の攻撃を避ける事に集中してしまって全く我の胸を狙ってこない、それでは我を倒すことは能わぬぞ。だがしかし小癪に躱す奴だ、それでは我が真理を達成できぬではないか、頼むからまだ倒れてくれるなよ。さぁいそげ次の風よ、それ奴らがフラついているではないか、あの様な一撃で倒れてもらっては困るのだ。奴の胸を貫かねばならぬ。さぁ何をしている。風を吹かさぬか。さぁ我が脚よゆくぞ、いざ、いざっ。



第10戦、風が吹くが蜘蛛は動かない。動こうとしない。だがイノシシはこれまでと変わらず駆け寄り、状態を高くあげ振り下ろす。その瞬間、蜘蛛が横に跳び躱すと、下から上に蜘蛛が王の腹めがけて跳び体当たりをしてそのまま腹にしがみつき、王が攻撃しようとすると離れて王の後ろに進む。そして風が吹き互いにスタート地点に、ここで対戦者が頭から水をかぶる。第11戦、またも蜘蛛は動こうとしない、それにはイノシシもゆっくりと近づき様子を窺う、蜘蛛は小刻みに左右に揺れて狙いを定めさせない。ここでは一度もぶつかり合うこと無く風が吹き、終わる。第12戦、ここで対戦者が素早く動く、蜘蛛はイノシシに向かい突進し、激しくぶつかり合い、押し合う、そして少し押し返す様子を見せ、周囲から歓声が上がる。だが王はそれも位に返さずしっかと構えて槍をつき伸ばそうとするが、対戦者が蜘蛛にしっかと抱き着き、胸を狙わせないようにする。これには王もこれまでの攻撃方法を変えて、槍を上に振り上げそのまま振り下ろし殴りにかかる。しかし蜘蛛がイノシシの力をいなすことで回避する。風は吹くが対戦者の戦いぶりに周囲から批判が起こる。



くそっ、なぜだ、なぜまともに戦わぬ、これならば正面切って逃げたす奴のほうがまだましだ、我が脚もなぜ動かぬ、なぜあのような地虫に押される。これでは一向に真理に近づけぬ、我らは真理の、我らは真理の、、、、くそ、息苦しい、なんだ、おのれ、おのれ、奴の胸を叩き潰してくれよう。いざ、いざー。



第13戦、王がイノシシの腹を蹴り、猛然と進みだす、そして蜘蛛とぶつかる寸前で王が槍を一薙ぎする。王の突然の攻撃に反応が遅れる対戦者はその一撃を槍で受け止めようとし、槍が粉々に砕ける、それでも王の一撃はとまらず、対戦者の身体に当たる。しかしそこで槍は止まる。対戦者が王の槍を受け止めたのだ、次の瞬間沸き起こる衝撃はイノシシと蜘蛛の衝突と周囲のゴブリンの歓声によるもの。そこでも対戦者が力を見せて、イノシシを、王を押し返していく。ざわめく周囲。さらに押す対戦者だったが、終了の風が吹き、スタート位置へ。第14戦、対戦者は槍もないまま、猛然と進み、イノシシよりも早く蜘蛛が上体を上げ頭突きをくらわせる。「_ボ、ゴッ!!」その一撃にイノシシは右ひざを地面につける。勢いそのままに体でぶつかり合う対戦者と王。小さい者と大きい者、力は拮抗する。第15戦、再び、王がイノシシに活を入れる。それに奮起し進みだすイノシシ、そして蜘蛛のと距離を詰め、上体を高く高く、高く上げる。そして響く「_ッズッズーン!!」という音に、静まり返る周囲、見ていたものが誰も想像していたかった光景が眼前に広がっている。。。なんとその音は王が、地面に落ちる音だったのだから。。。。



なんだ、何をしているのだ我は、なぜ、ぶつかり合い前に槍を振るったのだ、これは王にあるまじき、、、くそ、槍を受け止めただと、我が脚も押されている。くそ、なんだ、くそ、もう朝なのか、朝靄が邪魔で相手が見えぬぞ、おのれ、おのれ、くそ、ぶつかる瞬間を逃した、なんだ、わが腕が動かぬぞ、どうなっている。なぜ押されている我が脚よ。ふがいない。さぁ。王の戦いを見せるのだ、我らは絶対真理の探究者たるいちぞく。。。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



静寂がその場を支配している。聞こえてくるのは対戦者の息遣いのみ、それ以外の時間は全て止まってしまっているかのようだ。今、その場で動けるのは対戦者のみ、対戦者は王の傍らに佇むと、その顔を覗き込む。王はか細く息をするのみで、目は焦点を結ばず、対戦者が視界に入っても何の反応も示さない。イノシシは足に痙攣をおこしていた。



「_ヨモギ!」

「_は、、、はい、勝負あり!!」



その声に、それまでの静寂から一変し大歓声に沸く。いったい何が起こったのか正確に分かっているものは誰もいない、だが王が倒れたのは紛れもない事実、それは今目の前で起こったのだから。


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