第9話:ゴブリンの部族長
6月19日:月曜日:4時起床、重い気持ちで、サイドラインへ、場所は村の葬儀殿の中、あの娘は寝台に寝かされて、まるで本当に眠っているかの様だ。寝台の奥には村主が立ち、祝詞を唱えている。その言葉も英語であったが、サムは聴くとはなく聴いているといった感じだった。あの一瞬だけ、死の間際も間際にあっただけの、名も知らぬ娘の死がどうしてこんなにも悲しいのだろうと考えていた。どこか自分の娘ノドカと重ねている所があるのだろうか、サムはただ静かに祝詞を聞いていた。わずかにお香の煙が床から湧き上がってくる、そうして、少女の身体を包むと天井の穴から煙が抜けて行く、ここから一週間、ゆっくりと少女は天に昇っていくのだ。サムはただ迷わず昇っていけよとだけ考えるようにしていた。すると
ヌバタマが小声で 「_サム様、注意ラインにゴブリンが、場所からするとデルタグループかと、どうされますか?警戒ラインまで待ちますか?」 と聞いてくる。サムは少女の顔を見、村主の顔を見ると 「_いや、これから、行こう。」 というと村主に一礼して、退出する。 「_タマ、これからデルタグループの集落を探して、突入してみよう。だから一旦家に行って首飾りと杖と槍を持って行こう。」 「_ご主人様、危険ではございませんか?」 「_かもしれない、でも、もう犠牲者は出したく無いんだ。様子見はもう終わりだ。」
注意ライン付近を歩くゴブリン達、食べ物でも探しているのだろうか、三匹一班で動いている。そんな彼らの前に上から突然、大蜘蛛に乗って顔を隠した者が現れる。ゴブリン達は慌てふためき奇声を上げ、一定の距離を開ける。すると大蜘蛛にのった者が、すっと首飾りを左手に掲げる。そして右手の杖を軽く降ると強めの風が吹く。すると、ゴブリン達はまた、いや先ほどよりも大きな声を上げ始める。そしてそれは、周囲に散るゴブリンの班にも届きそれがこだましていく。それは大蜘蛛に乗る者、サムのある程度思い描いた通りの動きだった。こだまして聞こえる声は、ゴブリン達の数を多く思わせる効果もあったが、音の広がりでゴブリン達の探索円を予想することができた。サム達はその探索円の中心に向かってまた樹上をかける。一段内側のゴブリンを声を頼りに探すとまた姿を現し、声を発するように仕向けて、徐々に集落へと近づいていく。そして、一時間程そうしただろうか、デルタグループの集落を見つける。
デルタグループの集落はアルファグループと同じように木を倒し組まれた集落で、その規模は百匹未満と思われる。サムは、試してみるには最適だと思った。正直これがチャーリーグループのような規模だったらどうしようかと考えていたが、このくらいの規模ならサムの推測ではそう強いものはいないはずだった。決心は変わらなかった。
「_さあ、みんな行こう。」 というと、樹上より降り立ち、集落の中央へと向かう。そして、キーボードを操作して音量を最大にすると。 「おおおおおお!」 と雄叫びを上げる。その凄まじい声量に集落のゴブリン達は驚き皆姿を隠す。サム達はしばらく立ったままで辺りを見回していると、一騎のゴブリンライダーがズンズンとこちらに向かって歩いてきて、 『Guwwwoh!』 と雄叫びを上げる。その雄叫びを聴くと、隠れていたゴブリン達が姿を見せ奇声を上げ始める。そこでもう一度雄叫びを上げるサムにそれに答えるように声を上げるゴブリンライダー。すると一匹のゴブリンが寄ってきて、サムとゴブリンライダーの間に立つ、そして 『GyaGya!』 というとその間を一陣の風が巻き起こる。
火蓋は切られた。ゴブリンライダーが雄叫びを上げながらこちらに駆けてくる。一瞬出遅れたが、サム達もまた駆け出す。そしてその中央でまず、ゴブリンライダーのイノシシとヌバタマがぶつかり合い 『ドゴッ!』 という音が響く、そして上に乗る者はその勢いを殺さぬように槍を伸ばしあう。サムはゴブリンの槍を交わして、さらに自分の槍を伸ばす、狙いは右肩、ゴブリンは槍を持った右腕を伸ばしきっており、刺すには十分なタイミングだった、、が槍は右肩に当たったものの突き刺さるには至らず外れてしまう。思ったよりもゴブリンが硬かったのだ。そしてそのまま、体をぶつけ合う、サムとゴブリン。あまりの衝撃にヌバタマから落ちそうになるが、そこはヌバタマが余った手を出してサムを支える。するとサムとゴブリンライダーの間をまた風が抜ける。止めの合図だろう、開始位置に戻る両者。
サムはこの後に及んで、本当はゴブリンライダーを戦闘不能にこそすれ、殺すつもりはなかった。だが、今現時点で自分にその技量がないことがわかった、一撃で絶命に至る場所を狙わなければならない。それはどこか、骨のないところ、首だ。とゴブリンの首に狙いを付けて気がつく、このゴブリンライダーの首にはghostが置いていったものと同じ首飾りがあるのを。お前がこのグループの最強か、馬上槍試合はこの一戦で終わりかと考えるとまた両者の間を風が舞う。その風に乗り、両者雄叫びを上げながら中央へと向かう。ヌバタマとイノシシが頭をぶつけ合う、そしてサムは相手の槍をギリギリ交わすと、その喉元に槍を突き立てる。槍は相手に突き刺さるが、ゴブリンはサムをにらんだままこちらに迫ってくる。サムは槍の柄を右肩に当てて体全体で押し込む、すると槍は大きくしなり、そしてゴブリンの喉を突き抜ける。そのままゴブリンとサムの体が当たるが、ゴブリンは力なく大きな音を立てて崩れ落ちる。
『Gyaaaaa!!』と周囲から歓声があがる。興奮しているのか、こちらを恨んでの声なのかは分からない。サムは息が整うのを待ってまた雄叫びを上げる。するとさらに歓声が上がる。そうしていると、行司をしていたゴブリンが負けたゴブリンライダーから首飾りを取ると、こちらに渡そうとしてくる。サムはヌバタマから降りると、それを受け取り首にかける。すると今度はその行司の後ろからゴブリンの杖を持つものが現れた、このまま第2戦目の神通力合戦ようだ。両者一定の間合いをとる。ヌバタマは拳大の蜘蛛になり、サムの懐へと移動する。準備は整った。
先行は譲る。サム達は、ゴブリンメイジが動き出すのをじっと待つ、ゴブリンメイジはブツブツと何かを唱えた後、その杖を振り上げ全力で振り下ろす。忽ちに風が巻き起こり大きな風の塊がサム達に迫る。サムは一息吐くとその手に持ったゴブリンの杖を一閃させる。。。だが何も起きず、ゴブリンの放った大風に巻き込まれる。サムは足に力をいれて飛ばされないように耐える。それを見ていた周囲のゴブリン達はまた歓声を上げるーーーが次の瞬間には皆黙ってしまう。何故ならば、優勢に見られていたゴブリンメイジの首がするりと地面に落ちたからであった。そうサムの放った一閃は、何も起きなかったわけではない、それは鋭い風の刃を放っていたのだった。
その仕組みは、タカミチの落としていった神器にあった。サムはゴブリンの杖の骨を抜くとその中にその神器たる扇子を中に入れたのだった。だが、それだけでは神通力を持たないサムには使えない、だから小蜘蛛化したヌバタマが杖の柄にぶら下がることで、風の神通力を発生させたのだった。ある程度手加減の練習はしたが、相手の風を突き抜けてしまうのは予想外だったが、2回戦目も勝利を勝ち取ることができた。
周囲はまた歓声に包まれる。サムはさらに勝ち名乗りを上げる。周囲はものすごい興奮に包まれていた。行司をしていたゴブリンがゴブリンメイジの手から杖をとるとこちらにまた渡してくる。サムは受け取ろうとすると、杖同士が引かれあい、一本の杖、ならぬ団扇になった。それにはサムも驚いていると
【神器 《ゴブリンの怪腕》を得た】
【《ゴブリンの部族長》の称号を得た】
【ゴブリンの族主は名を求めています】
と声が聞こえる。正直、今回の事で何も起きないとは思っていなかったが、まさか部族長になってしまうとはとさらに驚きを隠せないが、一匹のゴブリン、先ほどまで行司を行なっていたものが頭を垂れるのを見て、このものがこの部族の族主なのだろうと思われた。サムは 「_ヨモギ。」 と名付ける。サムは気づかないが、ヌバタマを介して雲龍からの力の授受が行われ、やっぱりその式となってしまう。そうして、その姿がみるみる変わっていくヨモギ、気が付けば、緑の髪に茶色の衣を着た少年になるのだった。
「_ヨモギは人語を解するかい?」 「_は、部族長様、我ら旧王の一族は、皆。」 「_旧王とは何者だい?」 「_旧王とは古き古き時代の王でございます。」 「_デルタ、いやこの集落のものはみなその一族なのかい?」 「_いえ、旧王の一族は各集落に数名ずつ存在するのみでございます。」 「_僕に首飾りと杖を渡したのも、旧王の一族だろうか。」 「_……それは、わかりかねます。」 「_そうか、、、部族長と、そういったね。」 「_はい。」
「_部族長か、、何したらいいんだろう。」 「_部族長とは我々の目標にございます。そして部族長は王を目指すものにございます。」 「……、ゴブリン王か、他の集落の部族長も倒せということかな?」 「_部族長はそう言うものでございます。」 「_この集落の運行は部族長が行うのかい、それとも族主である君がおこなうのかい?」 「_それは族主が行います。部族長はただ強く在れば良いものです。」 「_そうか、部族長は集落の運行に口はだせない?」 「_はい、村のルールは族主が決めます。ただ、、ゴブリン族のルールは王が決めます。」 「_はは、運行に口をだしたければ王になれとそう言うことか。」 「_目指されないので?」 「_いや、そのつもりだったさ。、でも今日はもう疲れたね。僕たちは一旦家に戻るよ。ヨモギには場所を教えよう、ついておいで」
「_それにしても、凄い歓声だね。」 「_そうですね。皆喜んでいます。」 「_仲間を同族では無いものに殺されたというのに?」 「_儀式に死はつきものです。それに部族長は資格者の証を持ってこられました。」 「_首飾りに、杖か。」 「_はい、力の証に、知恵の証。我らにとってはそれらを持つ強い者が現れれば、どんな者が現れようとも何でも良いのです。特に我らは弱小部族でしたから。現王は、、強いですよ。」 「_今のままじゃ勝てないかい?」 「_まず勝てないでしょうね。」 「_それは手厳しいね。どうやったら勝てそうかい?」 「_それはーー」
と集落を出てもずっと会話が続く。どうやらヨモギは事実しか喋らないようだ。ならば、現時点では勝てないということか。ゴブリンライダーやメイジを倒した時に少し期待していたレベルアップは無かった、ということはフィジカルアップは直ぐには望めない。ここは知恵と勇気で頑張るしかなさそうだ。
デルタの集落にいたゴブリンライダーもメイジも、チャーリーグループで決闘に負けた方のどちらの個体よりも大きさも力も風の精度も劣っていた。正直メイジ戦は先制出来ればどうにかなるだろうが、問題はライダー戦だ。何か対策を考えないと、無為の家に着いたらみんなで作戦を練らないといけない。と考えていると…。
「_サム様、サム様。」 「_何だい?ヌバタマ?」 「_いつ言おう、いつ言おうと迷いましたが、サム様、神通力を持たれて居ます。」 「_ん?どういうことだい?」 「_サム様はこれまでは全く神通力を持っておりませんでしたが、今は僅かながら、、、フクと同じ位になっております。」 「_それは、ゴブリンの部族長に成ってから?」 「_いえ、正確には勝利を納めてからと部族長になってからにございます。」 「_前者は負けた方から勝った方に移譲されたのか、後者は…。」 「_前者も後者も畏怖の対象が移ったせいでしょう。真理です。」とヨモギ。 「_それが真理か、恐ろしいね、ゴブリンの小さな集落でそれなら、人の集落とかどうなるのかね。大都市とか言われてるような場所だと、、、恐ろしいものだね。ヨモギ、解説ありがとう。さてタマよ、実際神通力を持つとどうなるのだろう?腕力が増したりするのかな?」 「_どうでしょう、神通力の強さは直接的な力とは基本的には別ですからね。どちら方向に力が向くかはそれぞれでして。母上ですと糸の種類ですし、蛍雪ですと光の強さになります。」 「_そうか、方向か、、、この世界は思ったより恐ろしかったけど、最悪ではないのかもね。」 「「_?」」 「_意味不明かな。ははは。まぁどちらにしろ僕が神通力を持っていても何の意味もないからね。またご隠居に受け取ってもらおう。よし、、もうそろそろ、無為の家だ、みんなを紹介しようヨモギ。」
無為の家へと着く、サムとヌバタマとヨモギ。サム達は、朝日が差し込む縁側から家へと入る。するとダイフクと蛍雪が寄ってきて、サムに怪我がないかを熱心に調べる。ちなみに今回は危険もあったので、ダイフクはお留守番だった。 「_ヌバタマがね。うまく動いてくれたから怪我はなかったよ。まぁ苦戦はしたけどね。」 「_ヌバタマ、サム、苦戦、させるな。」 「_タマめよ、ミスは許されぬぞ」 と言葉を発する前から攻められるヌバタマ、それにはサムも苦笑いしながら 「_ははは、厳しいね。でも初戦にしてはなんとかなったんじゃないかな。本当だよ。実際にタマが気を利かせてくれなかったら負けていたよ。」 「_ぬぅ、なら、良い。」 「_やるな、タマめよ。」 「_してお主らは、今度は何者を連れてきたのかの?」 と奥から雲龍が出てきて、ヨモギに問いかける。 「_私は部族長が治めるゴブリン部族の族主、ヨモギ。部族長の家の場所を確認しにきた。」 「_ほっほっほ、野性味溢れる神通力を持っていると思ったらゴブリンか、そして部族長ときたか、本当、お主は次から次に、、、」 と楽しそうに微笑む雲龍。すると 「_あらあら、お仲間さんが増えたのね。じゃあみんなでご飯にしましょう。」 とこの場所はいつだってのんびりした空気が流れている。村のことも、森のことからも切り離されている。サムは良い家族を得たと思いながら、食卓に着くのだった。
「_あ、ご隠居、神通力、あとでお渡ししますね。」




