アメリカン
叶野 譲は彼女である。
彼女星系第5番惑星『彼女』からやって来た、彼女による彼女の為の彼女改革を遂行する彼女だ。
だがそれも仮の姿だと言われている。
本当は既に絶滅した幻の珍獣『彼女』だとか、古代に海に沈んだ大陸『彼女』の生き残りだとか、とかく彼女とは謎の多い生き物である。
そんな彼女だから、譲と太郎は食の趣味がちょっと違っているのも仕方ない。
「コーヒーでいい?」
冷蔵庫からコーヒーの900ミリリットルのペットボトルを取り出した太郎に対して、譲の顔は何で? と物語っていた。何せ今譲が用意しているのはカップラーメンだからだ。
「はあ」と嘆息しながら譲は蓋の上に箸を置くと、冷蔵庫から野菜ジュースを取り出した。
「カップ麺にコーヒーは違くない? って何やってるの?」
譲が目にしたのは、更に驚く光景だった。太郎がペットボトルのコーヒーを水で薄めているのだ。
「え? 何が?」
「普通そのタイプのコーヒーは水で薄めないでしょ?」
「マジで? 俺今までずっと水で薄めて飲んできたんだけど」
と言いつつ太郎は水で薄めたコーヒーを一口飲む。
「問題なし。アメリカンって事で」
言って太郎は口を付けたコーヒーの入ったコップを飲んでみろと譲に差し出す。
美味しい訳無いと思いながらも差し出されたコーヒーを飲んでみる譲。
「…………悪くないかも」
「だろ?」
確かにアメリカンと言われたら納得してしまうかもしれない。と譲は思った。しかし、
「コーヒーとラーメンは無理」
譲のコップにもコーヒーを注ごうとした太郎に、譲は待ったを掛けるのだった。
食後にミカンを食べながら譲は思った。
「そういえばタロちゃんってマックもコーヒー派だったっけ」
家ではよくコーラを飲んでいる太郎も、何故かマックではコーヒー一択である。冬の今頃ならそれも分かるが、暖かい日でもアイスコーヒーを頼んでいた。
「ああ、うん。さっきので分かったと思うけど、コーヒーは薄まっても不味くならないからな。コーラとかアイスティーだと氷で薄まって不味くなるんだよ」
なるほど。単に趣味嗜好の問題かもしれないが妙な説得力がある。多分これからはマックに行ったらコーヒーを頼むようになるのだろう。と譲は感じていた。
ミカンを一つ食べ終わり、もう一つ食べるか迷う譲。太郎の方を見ると既に二つ目に突入している。譲も二つ目を食べる事にした。
何せミカンはまだ大量にある。太郎が年末にスーパーで段ボール入りを買ってきたからだ。今時ミカンを段ボール買いする人間も珍しい上に、太郎は車を持っていない。ミカンを抱えてえっちらおっちら歩いていた後ろ姿は、微笑ましいものがあった。
「タロちゃんは車の免許取らないの?」
「ああ、どっか行きたいとかそういうの?」
「いや、行きたいなら私免許あるし私が運転してもいいけど」
「え? 免許持ってるの?」
「うん。親が身分証として持っとけって。タロちゃんも身分証代わりに取っとかないのかなって」
「ああ、確かに。色々面倒臭いっちゃ面倒臭いけど、慣れちゃったからなあ。そして取りに行く為に教習所に通うのがまた面倒臭い」
「確かに。面倒臭かった」
「…………やっぱいいかな」
「そうだね」
そのまま二人はこたつで横になり、午睡に落ちるのだった。




