豚に念仏猫に経
豚に真珠猫に小判じゃないのか? と思うかもしれないが、実際にあることわざだ。
意味は、理解できない者にどんな有難い教えを説いても無駄な事。らしい。
豚に真珠にしてもそうだが、豚の評価というのは世間一般からして低い。
豚とは哺乳綱鯨偶蹄目イノシシ科の動物で、猪を家畜化したものである。
タイでは十二支に猪の代わりに豚が入っていたりする。
蔑称として使われる事の多い豚だが、実は犬より知能が高いとも言われている。
昔は土中のトリュフを探すのに、メスの豚が活躍していたし、警察犬の訓練官が豚の物覚えの早さに驚いた。ペットとして飼われていた豚が心臓発作で倒れた主人を助ける為に、道路に出て寝転んだ。なんて話も出てくる。
鏡に自身が映っている事を認識出来る事を鏡映認知というが、類人猿、イルカ、象、カササギ、ヨウムに加えて豚もそれが出来る。
太っている人の事を豚と呼んだりするが、豚の体脂肪率は13%と言われており、男性女性問わず人間より低い。
片付けられていない不潔な部屋を指して豚小屋と揶揄したりするが、豚は清潔好きで、自分の居場所を汚くしたりしないし、排泄場所は餌場や寝床から一番離れた所でする。
こうつらつらと豚の話をしているが、言いたい事は豚は美味いという事だ。
その日、外で食事をする為に哺乳綱霊長目ヒト科ヒト属彼女に分類される叶野 譲と、同じく哺乳綱霊長目ヒト科ヒト属彼氏の枯石 太郎は夜の街を肩を並べて歩いていた。
春とはいえ4月の頭の夜は冷える。となれば温かいものが食べたくなるのが人情というもの。
ここはひとつ鍋にでもしようと言い合う二人だが、フランチャイズの居酒屋では4月でメニューを変えており、鍋の姿が見つからない。
無いとなると食べたくなるのもまた人情、と十件程探し回った所でやっと見つけた料理屋に飛び込む二人。
手足は既に冷えきっており、店の暖気でじんわりしてくる。
生憎と座敷やテーブル席は埋まっており、カウンター席に二人並んで腰掛ける。
店員に渡されたメニュー表には、鶏、豚、魚介と三種の鍋。どれも美味そうだ。
やはりジョーちゃんは鶏鍋だろう、と太郎が思っていると、
「今日は豚にしましょう」
と言ってくる。
太郎が不思議そうに小首を傾げれば、最近鶏肉続きで他のが食べたかったのだと言う。実際には鶏に飽きていた訳ではないが、ここで彼氏の好みに合わせられるのが、譲なりの彼女道というやつだ。
豚バラ鍋を頼むと、店員が二人の間にコンロを置く。そして白菜、人参、ニラに菜の花などの野菜の上に、こんもり盛られた薄切りの豚バラ肉が入った土鍋。中々食べがいがありそうだ。
鍋が煮えるまでビールで乾杯し、出された先付け、旬の筍とワカメの煮物を摘まむ。
「どう? 新しい仕事は」
「まあ、ボチボチだよ。ありがたい事にフリーだというのにコンスタントに仕事が来てるからね。まっつんからも来るけど、一度依頼を受けた会社さんからの伝で依頼が来る事もあって、助かってる。って食うに困ってる訳じゃないけど」
「へえ〜」
「ジョーちゃんは?」
「私? 普通だよ。事務なんて数字とにらめっこしてるだけで一日潰れちゃう」
「大変だあ。後で俺が肩をお揉みしましょう」
「え〜、何かいやらしい」
「え〜、そんな事無いですよ〜」
などと話しているうちに鍋はグツグツと煮えて食べ頃に。
タレはさっぱりポン酢とゴマダレの二種類。
太郎はゴマダレ、譲はポン酢。
肉で野菜をくるんでタレに付け、口に放り込めば肉の旨味と野菜の甘味が一体となって押し寄せる。噛めば噛む程口の中が幸福に包まれ、ゴクリとそれを飲み込めば、胃の腑から体の芯を通って温まる。
一口で熱くなってきたので腕をまくり、鍋をつつく事30分。あっという間に食べ終わり、残すはくつくつ煮えてるおじやのみ。
それをお玉でかき集め、丁度二皿分で土鍋は空っぽ。
熱いおじやをふーふーして食べれば、腹もふくれて大満足。
お代を払って外に出れば、あれほど冷たかった寒の戻りの春風も、心地良いから不可思議なりや。
二人は腕を組んで夜道を帰り、思うは豚は美味くて偉大なり。




