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一億円当たったから彼女とだらだらしてみる。  作者: 西順


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4月2日

 叶野 譲は彼女である。

 どれ程の彼女かというと、生まれて直ぐに天地を指差し「天上天下唯我彼女」と発したと謂われる程の彼女で、「我思う故に彼女あり」や「考える彼女である」「彼女を覗き込むとき彼女もまたこちらを覗き込んでいる」など彼女である叶野 譲から生まれた名言箴言は数限りない。

 そんな譲にとって4月2日はちょっと特別だ。

 彼氏の誕生日? いいえ。自分の誕生日? いいえ。

 4月2日と言えば、カール大帝やアンデルセンの誕生日であり、軽空母龍驤や軽巡洋艦大淀の進水した日であり、世界自閉症啓発デーである事は有名過ぎて明々白々な事柄だが、実は譲ママの誕生日である事は、世間一般に知られておらず、国連においても年一回は議題に上がる問題である。


 スマホのアラームで朝起きた譲は、洗面所で顔を洗うとリビングへ向かう。既に譲パパはダイニングテーブルの席に座りタブレットでニュースを読み、譲ママは朝食の支度に取り掛かっていた。


「おはよう」

「ああ」

「おはよう」

「ママ誕生日おめでとう」

「ありがとう」


 まるで毎日が誕生日であるかのように、朝の挨拶の如く誕生日を祝う譲。子が二人とも成人している親の誕生日などこんなものである。譲ママも慣れたもので、振り向かずにベーコンエッグを作っている。

 譲がトースターで食パンを焼いている所に遅れて也哉が登場し、

「おはよう。ママ誕生日おめでとう」

「ありがとう」


 人数分のベーコンエッグを食卓に置きながら答える譲ママ。譲パパがタブレットを片す。トーストが人数分置かれた所で、


「いただきます」


 叶野家の朝食が始まる。


「そうだ。今日帰りに誕生日ケーキ買ってくるから、一人500円ね」

「ああ」

「はーい」


 食事が終われば也哉が後片付けをし、譲が洗い物。譲ママは掃除を始める。

 譲が洗い物をし終わった所に背広に着替え終わった譲パパが現れ、譲に二千円を渡して会社に出掛けていく。

 部屋の前までくるとリクルートスーツに着替えた也哉が、百円玉五枚を渡してくる。

 4月に入り大学四年になった也哉は、就活が本格化してきた。今日もこれから企業説明会だ。

 百円玉五枚を握り締め、出掛けていく也哉の背中に頑張れと念を送っておく。

 部屋に入って部屋着からスーツに着替えると、ささっと化粧を済まし、洗濯物を洗濯かごに入れてから家を出ていこうと思った所でLINEが入る。太郎からだ。

『おはよう』とメッセージが入っていたので、『おはよう』と返信しておく。ただそれだけのやり取りだが顔が綻ぶ。

 気分が良くなった所で靴を履いて外に出る。駅まで歩いて15分。Bluetoothのワイヤレスイヤホンで音楽を聴きながら。だがこれは音楽専用だ。

 ワイヤレスイヤホンは譲の聴き心地的には普通のイヤホンと遜色無い。たまに音飛びがするが。だがゲームには向かない。特に音ゲーには。

 何故なら、音が聴こえてくるまで多少だが遅延があるからだ。

 この遅延が音ゲーでは問題になる。音に合わせて画面をタップするのだが、当然遅れてくる音に合わせていたら、あっという間にゲームオーバーだ。

 ゲームの設定をいじればなんとかなるかと思ったが、微妙な時間差を埋めきる事が出来ず、譲は今日も鞄の中にゲーム用に普通のイヤホンを入れて持ち歩いていた。

 電車で30分。職場が家から近いのは有難い。三智花に電車で一時間半掛かると聞かされた時は、自分には無理だ! と思ったものだ。

 譲は大手の下請け製造を行っている会社で働いているが、ここ数年は他社や海外との競合、大手の販売の落ち込みなどで、発注が少なくなった事もあり、会社は自社ブランドを設立。何とか頑張って売上を伸ばしている。

 譲はそこの経理で事務をしていた。

 製造業なので男性の多い職場だが、経理事務はやはり女性が多い。

 昼は女性陣と近くのコンビニか、移動販売車で売りに来るカレーや和風弁当、エスニック料理などを食べる。今日はトルコの鯖サンドだ。

 初挑戦だったが意外と合う。鉄板でジューシーに焼いた鯖は新鮮で魚臭くなく、オリーブ油や塩でさっと味付けされ、トマトレタス玉ねぎと一緒にホットサンドにされる。

 鯖自身の油とオリーブ油がミックスされ、新鮮な野菜のシャキシャキ感、外パリッ中ふわっのトーストとが渾然一体となり、一口食べた後、同じものを頼んだ同僚と顔を見合せ頷いた程だ。

 食後にはゲームをやり、よく飽きないね、と揶揄され、午後もしっかり働けば、定時で退社である。

 また電車で揺られる事30分。地元の駅に降りたら、駅前のケーキ屋さんに入る。

 何を頼もうか悩む。譲パパ二千円で自分は千円、也哉500円である。3500円でホールのケーキを買うか、それとも違う4つのケーキを買って、譲ママに選んで貰うか。

 折角だから今回はホールにした。チョコレートケーキのホール。店員に「ママ誕生日おめでとう」とホワイトのチョコペンでプレートに書いて貰い、支払いを済ませて家に帰る。

 夕食に特にいつもとの違いはなかった。鶏の唐揚げに昨夜の残りの煮物。煮物の具は鶏肉に人参、里芋とこちらにも鶏肉が入っている。

 今まで気にしてこなかったが、どうやらウチは家族で鶏肉が好きなようだ、と思いながら席に着いた。也哉はスマホをいじっていた。


「説明会どうだった?」


 一回視線を譲に移したものの、直ぐにスマホに視線を戻す也哉。


「まあ、色々資料貰って、何か説明聞いて、質疑応答があって、面接日はいつでーす。って普通だよ」

「ふーん」


 会話はそれで終わり、譲パパが帰宅してくる。

 譲パパが席に着いた所で、全員が手酌でビールを注ぐ。


「じゃあママ。誕生日おめでとう!」

「おめでとう!」

「ありがとう」


 と一口飲んだらいつもの食事。

 料理が食べ終わった所で、譲が冷蔵庫に置いておいたケーキをテーブルに出す。


「おお」


 と中々のケーキに譲パパと也哉が軽く声を上げる。譲ママは無言だが目は爛々としている。待ちきれなかったのかもしれない。

 四等分してプレートは譲ママに。まず譲ママが一口食べたのを確認して三人ケーキを頬張る。

 食後也哉が片して譲が洗い物のルーティーン。

 パパ、ママ、也哉、譲の順番に風呂に入り、風呂上がりに水を一杯飲んだら部屋へ。

 太郎とLINEでやり取りする。太郎が新作のスタンプを連打してくるので、こちらも負けずに新作連打。

 そんなくだらないやり取りをしているうちに夜も更けてきたので、『おやすみ』とメッセージを送る。と太郎から『おやすみ』の返信。それ以上は返信しない。そう決めてあるから。

 そうして譲は眠りにつくのだった。

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