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一億円当たったから彼女とだらだらしてみる。  作者: 西順


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バレンタインデー

 2月14日はバレンタインデーである。

 聖バレンタインデーと言われるように、西暦269年にローマ皇帝の迫害下、2月14日に殉教した聖ウァレンティヌスに由来する。

 ローマ帝国では愛する人を故郷に残してきた兵士の士気が下がる事から、兵士の婚姻を禁じていた。

 これに嘆き悲しむ兵士達の為に、内密に結婚式を取り計らっていたのがウァレンティヌスだ。

 しかしそれは時の皇帝の耳に入り、止めるように忠告されるもこれを聞かず、斯くしてウァレンティヌスは2月14日に処刑されたのだ。

 まあ、こんな事は幼稚園児でも(そらん)じられる一般常識な訳だが、恋人や夫婦の愛の日という世界一般のバレンタインデーの過ごし方と日本では、少し事情が違ってきている。

 元々が又聞きみたいな形で伝わってきた他国の記念日である。そこにしっかりとした伝統がないので、一から作り上げるしかない。

 ここに食い付いたのが流通業界や製菓業界であり、日本においてバレンタインデーとは、女性が男性にチョコレートを送り、愛の告白をする日。と情報操作されてもう長い事は、小学校の入学試験に出ているのでお馴染みだ。

 しかし今日においてそんな色恋に一喜一憂するのも学生時代までだ。

 友チョコや自分チョコと呼ばれる文化が台頭してきてからは、例え恋人や夫婦の間であっても、男に贈るのは義理チョコと相場が決まっている。

 そんな中、一人の女性が熱く燃えていた。その日は恋人と過ごす初めてのバレンタインデーであり、昼の上司や同僚からのチョコくれ攻撃をチロルチョコでさらりとかわした彼女は、定時に素早く会社を出ると、途中のスーパーで買い物を済まし、一時間後には彼氏のマンションの呼び鈴を鳴らしていた。

 その女性こそ、枯石 太郎の彼女、叶野 譲である。


「お早いお着きですね」

「まあね」


 少し息が上がっているのを太郎に気取られないようにしながら、譲は太郎宅に上がると、キッチンにスーパーで買ってきた物を置き、自分の鞄から太郎への贈り物を取り出す。


「はいこれ。バレンタインのプレゼント。タロちゃん好きでしょ?」


 言って譲が太郎に渡したのは、M1911ガバメントが描かれた箱である。


「え? あ、うん、ありがとう」


 チョコかと思っていたが、まさかここでガバメントとは、自身の彼女の変化球にやや戸惑う太郎だが、ガバメントは好きな銃なので素直に嬉しかったりした。

 画像検索などして結構見てきたつもりだった太郎だが、眼前の箱のメーカーは見た事も聞いた事もない。

 海外だろうか? と箱をシゲシゲ見ている太郎を譲がじれったそうに見ている。


「ね? 開けてみて?」


 我慢できず口にする譲。


「あ、うん」


 譲に促されるようにして太郎が蓋を開けると、中に入っていたのはガバメント…………の形を精巧に再現したチョコレートだった。


「うおっ!? マジか!?」


 驚き過ぎて一瞬落としそうになる太郎。二人して慌てて箱を支える。


「マジかよ~、完全にガバメントの形だな」

「でしょ~? 探すの苦労したんだから」


 腰に手を当てドヤ顔の譲。対する太郎は、


「うわ、どうしよう、嬉し過ぎて泣きそうなんだけど」


 と譲をうるうるさせて今にも泣きそうな目で見る太郎。


「あら、泣くのはまだ早いわよ。これから私が手料理を振る舞うんだから」

「手料理!?」


 途端に太郎の涙は引っ込み、顔をちょっとだけ引きつらせる。


「大丈夫よ。家で何度も練習してきたから。お陰でここ数日、ウチはこの料理漬けだったけどね。さ、タロちゃんはこたつにでも入ってゆっくりしててよ」


 言って太郎をこたつに追いやると、譲はエプロンを着けて料理を開始する。

 こたつにいる太郎には、譲が何を作っているのか伺い知れない。だがそれはもう太郎の中で些末事になっていた。

 好きな銃型のチョコに彼女の愛情がこもった手料理である。これは3月のホワイトデーを生半可なものに出来なくなってきたなあ、とガバメント型のチョコをかじりながら思う太郎だった。因みにチョコの味は普通だった。


「さ、出来たわよ」


 一時間程キッチンで格闘していた譲がこたつの上に置いたものに、太郎は更に驚かされる事になる。


「ジョーちゃん、これって……」

「そう、牛肉の肉じゃが!」


 肉じゃがと譲を交互に見ながら、当惑を隠しきれない太郎。


「え? な、何で?」


 牛肉の肉じゃがが好きだ、と譲に話した事はない。そもそも思い出したのも数日前だ。なのに目の前にはそれがあるのだ。例外的に譲の家の肉じゃがも牛肉だったのだろうか? と太郎が思っていると、


「何でって、この間タロちゃんが電話してきたんじゃない。俺は牛肉の肉じゃがが好きだー! って」


 全く身に覚えがなく首を捻る太郎に、


「え? まさか覚えてないの?」


 と譲に突っ込まれ、素直に頷く太郎。その姿勢に譲はその場に崩れ落ちるのだった。


「じゃあ、牛肉の肉じゃがが好きっていうのは……」

「いや、それは本当」


 恐る恐る訊いてくる譲に、太郎は即答する。


「なんだ、それなら良かったわ。もしかして何か見当違いのものを作っちゃったかと思ったわよ」

「いや、こっちとしては何で食べたかったものが分かったのか不思議だったんだよ」


 こたつに入り込む譲に太郎が事のあらましを語る。


「なるほどね。それで牛肉だったのね」


 得心する譲。


「大変だった?」

「だっただった。ママにも手伝って貰ったけど、ママも牛肉の肉じゃがは初めてだったからね。二人で試行錯誤して作ったんだよ」

「何かごめんね」

「いいのよ。肉じゃがはいつかトライしなきゃいけないと思ってたし。さ、食べちゃおう。折角作ったのに冷めちゃう」


 譲に勧められた太郎が肉じゃがを一口いただくと、懐かしい味が口いっぱいに広がる。と共に思い出される昔のあれやこれ。太郎の目からは自然と涙が零れていた。

 そして譲はそこに触れる事もなく、優しく見守っていた。

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