復讐してやる!
「敵前逃亡なんかするわけないだろ! 俺は……俺は魔王を倒したんだ! 逃げては敵を討ち取れるはずもないだろ!」
そう口にしたが、その声は人々の怒声でかき消されてしまった。
それから、王が手を上げる。その仕草で、街人が口を閉じた。
「このクリュッグとやらは、魔王を恐れ逃げ出した。それもそのはずよ。此奴は、貧民窟の出自なのじゃ。やはり、下賎な者など信用ならん。それを此奴自らが証明しよったわ!」
王の言葉を受け、またも民衆がヒステリックに騒ぎ出した。
「この貧民めがっ!」
「貧乏人が英雄になるとか、おかしいと思ったぜ」
「全くだな。貧しいやつは、心まで貧しい。なにせ、仲間を置いて逃げちまうんだからな!」
「薄汚い!」
「お前のような奴は、死んでしまえ!」
今度は叱責の声だけなく、石まで飛んできた。街人の誰かが投げた石が額に当たり、皮膚が切れ、たらりと血が流れてきた。
それが目に入った。周りが赤く見える。街の人々も赤い。まるで、真っ赤なフィルターを通しながら見ているようだ。
そして、そこにはあった。
憎悪、嫌悪、悪意。
そんな負の感情が、集まった人々から浴びせられる。激しくバッシングされる。
恥辱塗れ。なんという辱めを受けているのだ、オレは。
これじゃあ、見世物小屋にいる化け物と変わらない。おまけに、罵りの嵐だ。
仲間からハメられ、魔王から逃げたとでっちあげられた挙げ句、大勢の街人から責め立てられている。
だが、今ここで、オレ一人が真実を語って信用する人などいまい。逆に「何を苦しい言い訳してやがるんだ」と疎まれるだけ。軽蔑されるだけ。
一体、何の為に、己の命を賭し魔王と闘ったていうんだよ。
街の皆を、パーティーの仲間を守る為にやったんだぞ! そのお礼返しがこれかよ。
ち く し ょ う
畜生共だ、お前らは。手のひらを返した街人も、蔑んだ王も、裏切った仲間たちも。
人間の皮を被った畜生共だよ。
悔しさのあまり、ぎりりと歯噛みする。
「衛兵、この下劣で下賎な卑怯者をもっと打ち据えろ」
「はっ、畏まりました、王よ」
衛兵達が寄ってたかって、また槍の柄の部分で、オレをしばき始めた。
衛兵如きの攻撃など、強靭なオレの身体にはこたえない。しかし、しかし……
王は軽蔑の眼差しを向けている。かつての仲間達は滅多打ちにされているオレを見て、口角を上げている。街の人々もオレを名指しで非難し、また石を投げつけてきた。
なんでオレが! なんでオレだけがこんな目にあわなきゃいけないんだよっ!
救国の英雄が、一転して犯罪者のような扱いを受けている。
ハメられたんだ、オレは。真の仲間だと思っていた奴等に。ハメられたんだよ!
だからこうして地を這いつくばり、人々の罵声を浴びているんだ。
許せねぇ。絶対に許せねぇ。
復讐
その時、頭の中にこの二文字が浮かんだ。
その言葉がどうにもしっくりときて、腑に落ち、オレは黒い笑みを浮かべた。
そうだ、復讐だよ。
パーティーの奴等にも、オレが受けたこの汚辱を味合わせてやる!
槍で打たれ続け、オレはボロ雑巾の様な様になりながらも、そう決意した。これは揺るがぬ、鋼より硬い誓いになったんだよ!
「まぁ、その辺でよかろう」
「ハッ!」
王の一言により、四人の近衛兵達は、オレを打ち据えるのを止めた。
「クリュッグ、下賤な者よ。二度と王都に近づくではないぞ!」
王は嫌悪感を顕にした目でオレを一瞥すると、踵を返し、城内に戻っていった。取り巻きの連中や、パーティーの連中も引き上げていく。
だが、階段の上にまだ二人だけ残っていた。カインとアンナだ。
どう思ったのかしらないが、アンナはオレに近づこうと階段を一段下がった。と、そこでカインが彼女の腕を取る。
カインは膂力で、アンナを自分の方へと引き戻し、彼女を抱いた。
それから、奴はおもむろにアンナに口付けをした。
アンナは抵抗するように身をよじっていたが、そんなことは最早どうでもよかった。
オレはパーティーから追放され、王から栄誉と褒美を貰うどころか、顰蹙を買った。
そして、民衆の前で打ち据えられるという侮辱まで味わった。
その上、アンナまでもが、カインのものとなってしまった。
全てを奪われ、全てが泥に塗れた。そして、恋人までも攫われてしまった。
――貴方はこれから手酷い仕打ちを受けることになるの。
またルナの言葉が頭をよぎった。本当に彼女が言った通りなった。もうオレはズタズタに切り裂かれたよ。
カインとアンナのことなど捨て置き、ボロ雑巾のようになりながらも、市中をふらふらと歩いて行く。
そうしていくうちに、段々と意識が明瞭としてきた。目標――これからオレが成すべき事が明確に頭に描かれていく。
今、胸に去来するのは、裏切った薄汚い元仲間と青瓢箪な王の顔である。どいつもこいつもオレを蔑んだ目で見やがって。オレを裏切りやがって!
心の中は、パーティーの元仲間達と王に対し、憎しみというドス黒い感情で塗り潰された。
「復讐してやる! きっと、アイツ等に目に物を言わせてやるぞ!」
痛いほど唇を噛んだ。そこから、血が滲み出てくる。
裏切りと汚泥を啜ったオレは、あてどもなく王都を彷徨っていく。
相変わらず、街人は口汚く罵ってくるが、そんなものはただのノイズ。もう何を言われようが、結構だよ。勝手にしてくれ。
胸に去来するのは強い怒りと、真の仲間だと思っていた者への復讐心のみだった。憤怒と激情にかられている。
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