心残り
街道を走り、オットー街まで着いた。
3、4日留守にしただけなのだが、妙に懐かしく感じる。
やはり、この街がオレのホームグラウンドなのだと実感する。
さて、アンナへのケジメもつけた。
これで、オレに屈辱を与えた勇者パーティーの残りは、カイン唯一人だ。
奴がこれまで犯してきた数々の鬼畜な所業、絶対許すわけにはいかない。
アイツだけは、やせ細った野良犬のように、一番惨めたらしく死んでもらうことにしよう。
必ずそうしてやる。
自宅の玄関を開け、「ただいまー」と、つい言ってしまった。
当然、返事はない。
それも当たり前だ。チノもセリーヌもゼノンもすでに共和国へと旅立っていったのだから。
近々、ハイランド王国とハーベス共和国との間で戦争が始まるだろう。
両国間でその機運も高まっている。
オレがいつ共和国に亡命するか決めていないが、ハイランド王国王政を転覆させる野望がある。そして、あの愚か者のハイリッヒ王を処刑台に乗せなければならない。
と、なれば、早急にハイランド王国を出なければいけないだろう。
だが、その前にカインへの復讐は果たしておきたい。
すぐにでもカインを始末して、出国したいところだが、奴は四六時中王城の中にいる。
まず、近衛兵として王城で勤務している訳だし、奴の住居も城の中にある。
正直言ってしまえば、このままではどうすることも出来ない。
こちらが最大警戒態勢にある王城に出向くより、カインがこちらに来てくれた方がよっぽどありがたい。
すでにカインと戦闘するのに、必須であったオリハルコンの装備は取り戻したのだし。
カインの奴にどうしても復讐したいところだが、共和国に行くデッドラインも決めなければならない。
今日が水曜日なので……
今週中に奴を討つ妙案を考えつかなければ、諦めて共和国に行くしかないだろう。
最悪、そうなってしまっても、東の隣国である共和国からもカインを討つことは不可能ではない。
とはいえ、カインを倒してから出国したいことは確かだ。
オレはゲバラに相談する為、盗賊ギルドへと出向いた。
例によって、受付嬢にゲバラを呼んでもらい、奥のテーブルで待った。
少しして、ゲバラがやって来たので、出し抜けに尋ねた。
「カインの奴の弱点を探りたい」
「そうは言っても、兄弟も知っているだろう。奴さんは四六時中王城の中においでだ。王城の中で、殺人や暗殺すなんて、無理な相談だよ」
「たとえばなのだが……ハイリッヒ王は狐狩りなんかはしないのか? 王が外に出れば、側近のカインも彼の警護にために外に出るだろ?」
「ハッ、冗談。あの無能な王は、運動神経ゼロ。運動どころか、城から滅多に出ることもないよ」
「引きこもりの王かよ……」
オレは渋い顔をした。
「まぁ、有り体に言えばそうだ。つまり、王は滅多なことでは城から出ない。そうなると、王の側近で、近衛兵でもあるカインも城から出ないってこった」
「事情は察した。だが、一応カインの勤務シフトなどを調べてもらえると有り難いのだが」
「うーん、そいつも難しい。なにしろ、近衛兵の中にこちらのスパイがいないからな」
「そうなのか?」
「だが、王国軍やら、諸侯の中にスパイを紛れ込ませてはいる。その筋から情報は入るかもだ」
「分かった。その線で頼む」
そう告げると、ゲバラは口に手を当て、難しい顔をした。
「まぁ、カインへの依頼は受けるけどよ。それよりもっと重要なことがある」
「なんだそれは?」
「明日、王国軍兵士がこのオットーの街を封鎖するって噂があってな。軍の兵を1000人も動員するらしい。それだけ大動員をかけるとか、どう考えても、お前さん絡みの話だと推測するがね」
「それは本当の話か?」
「ああ、信憑性の高い筋からの話だ」
「そうか……情報ありがとうな、ゲバラ」
「ん、いやなに。いいってことよ」
オレはゲバラと握手をし、盗賊ギルドから出た。
そして、歩いている道中で、考えを巡らせる。
ついにカインが焦れて、オレを捕えるために軍隊を派遣することにしたのだろう。
このオットーの街を完全封鎖する腹積もりらしい。
軍隊まで動かしたとなると、カインの奴、オレがパーティーの連中5人始末したことを王に密告したに違いない。
だが、まだオレはこの国から出て行きたくない。カインと決着をつけるまでは。奴に復讐してやるまでは。
しかし、今の状況では旗色が悪過ぎる。
やはり、共和国に亡命し、一旦カインのことは諦めるしかないのか。
雌伏の時を経れば、好機はいずれやってくるだろうからな。
それに、共和国が王国に勝利すれば、王政は転覆し、カインもハイリッヒ王も裸の王様となる。
ならば、ハイランド王国ごとぶっ飛ばしてしまえばいい。
王都も王城も灰燼に帰してやり、カインもハイリッヒ王も処刑台に乗せてやる。
そう考えると早目に亡命し、外から国家転覆を図った方が良策であるのかもしれないな。
そのように考えをまとめ、大きく息を吸った。




