アンナ
改稿しました
丁度いい場所を見付け、足を止めた。
この道の脇には木々が立ち並び、地面には落ち葉が積もっている。
木を抜けた所に崖があり、その遥か下に渓流が流れていた。
オレはここでアンナを待つことにした。
靴底からアサシンダガーを抜き放ち、左手に隠し持ちながら。
やはり、アイツには消えてもらうことにした。ホーリーを操る危険なハイプリーストなど、生かしてはおけないとの結論に達した。
それから3時間も経過しただろうか。
茫然自失となりフラフラと歩いてくるアンナがやって来た。
ようやく先行したオレに、追いついたようだ。
ここならば首都からも街からも遠い。丁度、次の街との街道の中間地点あたりだろうか。
それに上手い具合に通行人はいない。
ただふらふらとアンナが歩いてくるだけだ。
「アンナ、アンナ。こっちだ」
オレは木々の中から呼びかけた。
「そ、その声はクリュッグ! 貴方なのですか?」
「ああそうだ、オレだ」
「ああ、クリュッグ! クリュッグ! 私を待っていてくれたのですね。やはり貴方だけは、私を信じてくれていたのですね!」
アンナは街道から脇にそれ、木々の間に入ってきた。
「クリュッグ! 私の大好きな人!」
アンナがオレに抱きついてくる。ここまで一途に思われていたのか。
お前がハイプリーストでなければ、こんな目にあう必要もなかったのに。
「ああ、オレもだよ。それこそ殺してしまいたいほどにな!」
オレは抱きついてきたアンナの腹に左手で隠し持っていたアサシンダガーを突き立てようとした。憎悪に歪んだ顔をしながら。
「……そのまま一思いに私を刺して、クリュッグ」
そこでオレの手はピタリと止まった。見破られてしまったのか、こんな小娘如きに。
「なんの罪もない貴方を追放してしまってごめんなさい。私、こんなことになってしまって……聖女じゃなくなって、打ち据えられて。街の人から罵られて……ようやく、貴方の……貴方の悔しい気持ちが分かるようになった気がします」
アンナの純な視線が、オレを捉える。止めろ、そんな慈しんだ瞳で薄汚れちまったオレを見るんじゃねぇ。
「私は何もかもを失いました。そんな私が、かつての恋人であった貴方から殺されるのなら、本望です」
アンナは真顔のまま近づいてくる。クソッ、クソッ、クソがっ!
脳裏にアンナと過ごした日々が蘇ってくる。カイン率いるパーティーの新米になったオレに、一番優しく接してくれたのは、コイツだ。
コイツの強力な聖魔法があるから、オレは存分に剣を振るえた。
「さぁ、刺してください。私を殺して、クリュッグ!」
強敵スカル将軍との戦いの前夜、コイツと初めて口付けをした。愛おしいと思った。
アンナを守るためなら、この身が砕けてもいいとさえ思った。
キャンプでコイツに茶を振る舞うと、ニコリと目尻を下げた。その顔は、とても可愛らしくて……
「どうしたの、クリュッグ。貴方を地の底に叩き落とした私が憎いのでしょ? 私を殺してよ!」
どうしたんだ、オレ。
コイツはハイプリーストで聖魔法を操る危険な女だ。なのにどうして……とどめを刺せないんだ……
アンナは顔をくしゃくしゃにしながら、悲しそうな目でこちらを見ている。悲哀に満ちた瞳で。慈愛に満ちた瞳で。
「くそっ!」
オレは彼女の首元に手刀を叩き込んだ。そのままアンナは前のめりに倒れた。どうやら気絶したらしい。
物を言わなくなった彼女の身体を蹴り飛ばし、崖下へと落とす。
崖下の渓流に水飛沫が上がる。
それが収まると、アンナの体が浮かび上がり、川の流れに逆らうこともなく、流れていった。
このまま彼女が溺れることなく、無事生還したらそれでもいい。そうして、敵としてオレの前に再び立ちはだかるなら、その時こそ斬って捨てればいいだけのこと。
ここは、彼女の運に任せるとしよう。
アンナが川を滑り落ちていくのを見届けた後、巡礼者の服を着たまま木立の中から出て、そのまま街道を歩いていった。
アンナは水死体となって発見されるのか、それともどうにか生き永らえることが出来るのか分からない。それこそ天の配剤。
そのどちらかになるかは分からないが、たとえアンナの水死体が発見されたとしても、誰も騒がないだろう。
もしも、彼女が死んでも、教会は関わりを持ちたくないはずだ。アンナを誤って聖女にした間違いを、隠蔽したがるだろう。それだけ、聖女へ認定されるのは、厳しい条件が必要だからだ。
「はい、アンナは聖女ではありませんでした」では洒落にならない。教会は常に自らの過ちを認めないものだ。
つまり、教会はアンナがどうなろうが、知らぬ存ぜぬで通すに違いない。
アンナの生死は今の所、分からない。だが、彼女への禊ぎはこれで済んだ。
一つのケリをつけたオレは、国境へと走り出した。




