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雌犬

 その日の午後、教会の掲示板に貼り紙が出された。


 聖女アンナ。

 聖女のロザリオを失くした罪により、懲戒免職することとする。

 今後、エレノア教国への立ち入りも禁ずる。

 大司教 ブラッドフォード


 その張り紙を見て、ニヤリとする。これでアンナは聖女でもなくなり、エレノア教国からも見放されたことになる。


 その時、大聖堂の門が開いた。

 そこから、門番からアンナが突き飛ばされ、出てくる。


 大聖堂の正面玄関前の鉄格子の外に、もう人だかりが出来ている。

 オレはフードを目深に被り、その様子を見守った。


「二度と来るな、聖女のロザリオを失くしたこの罰当たりめ!」

「ち、違います、司教様。これは何かの間違いです! 私は身に覚えがありません! 司教様―――」

「うるさいですね。やはり、大罪を犯した貴方には相応の罰が必要なようです」


 司教の手には鞭。それを1回振るうと、風を切り裂く音がした。

 それを見て、アンナの顔が強張る。


「歯を食いしばりなさい」


 司教は鞭をだらんとたらした。


「い、いや。これは何かの間違いです……私は聖女で……」

「まだ言うか! ロザリオを失くしてしまった時点で、貴方は神の加護を受けていないことが証明されたのです! それでも聖女だなんて、とんでもない話ですよ! 神への冒涜です!」


 興奮し、唾を飛ばした司教が鞭を振るう。

 大聖堂の正門前で、衆人の目に晒されながら、アンナは鞭打ちされた。


 これは、あの時のオレだ。

 勇者パーティーの皆からも、アンナからも裏切られ、ハイリッヒ王の命令で、城の前で兵士達からリンチされた時と同じだ。


 司教からの鞭が飛ぶ。

 一発当たる毎に、アンナの顔は歪み、聖女の服はボロボロになった。

 あの分じゃ、彼女の皮膚は蚯蚓腫れになっているだろう。


「それ! これでどうですか!」

「ああ!」


 鞭が当たる度、アンナの顔は苦痛で歪む。


「ほぅ。<リフレクト>や<プロテクト>の呪文をかけずに、己の身を守らないでいるのだけは立派ですね、アンナ。ならば、もう一発!」

「きゃあああ!」


 アンナはついに叫んだ。

 司教は恍惚としながら、彼女を打ち据えている。


 鞭が飛ぶ度に、民衆が「どおおお」とどよめき、色めき立つ。

 民衆は、聖女でなくなった――清らかな存在でなくなったアンナに、罵詈雑言を浴びせ掛ける。


「アイツ、聖女のロザリオの紛い物を身に着けていたんだってな」

「なんだって? それじゃあ、インチキ聖女じゃないか!」

「なにが聖女だよっ! インチキ野郎が!」

「この雌馬めっ!」

「聖女を騙ったその女をもっと打ち据えろ!」


 衆人の怒声は止まらない。


 それから5,6発の鞭が飛び、ぐったりとしたアンナが、大聖堂の正門から叩き出された。

 彼女はのろのろと立ち上がり、覚束ない足取りで歩いて行く。


 まだ彼女に気づかれてはまずいと思ったオレは、巡礼者の服のフードを深く被り、足早に街の目抜き通りへと向かった。


 目抜き通りの両側には、沢山の人が並んでいる。

 オレはその人混みに紛れ、アンナが通るのを待った。


 とぼとぼと頼りない足取りで、俯き加減のアンナがやって来た。

 彼女の姿を見えると、街の人々から怒号が起きる。

 石を投げられ、野次を飛ばされた。


「聖女って必ず生娘がならなきゃいけないだろ? アンナが聖女の座から降ろされたってことは……」

「つまり、生娘でも清らかな身でもなかったってことだよ」

「まぁ! だから、聖女のロザリオの方から消えてしまったのね。相応しい持ち主じゃないって」

「そうだそうだ! いかにも清純ぶっているが、アイツはとんだあばずれだったんだよ。」

「なんだよ、アイツあばずれだったのかよ!? 綺麗な顔をしていたから、オレ大ファンだったのに。ああ、ショックだわー」


 人だかりの中の男がそのように口にしてから、徐に路面にある小石を掴んだ。


「なにが聖女だよ! お前の正体は雌犬だ!」


 男が放った小石がアンナの額に当たり、割れた。そこから一筋の血が流れてくる。


 これは晒し上げだ。

 聖女でなくなったアンナに、日頃から鬱憤の溜まっていた人々の憂さ晴らしが始まったようだ。


 オレも王城の外で、ハイリッヒ王の命で、衆人の前で滅多打ちにされた。

 ここは一つ、アンナにもその苦しみを味わってもらうことにしよう。


 少しばかり民衆から罵声を浴びるアンナを見た後、オレは人混みに紛れ、首都ノエルから去り、そのまま街道沿いに走って行く。

「ビッチ」や「ばいた」などの単語はNGだと思い、「雌犬」と書きました。

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