ミサ
旅は順調で、オレは<韋駄天>のスキルを使い、エレノア教国の国境までの道のり300kmを駆けてきた。
朝に事務所を出たのだが、すでに太陽は茜色になっている。
ハイランド王国の西側に位置するエレノア教国。
その国境の検問所もすんなりと通過することが出来た。これも大聖堂への通行許可証のお陰だ。
全く、許可証をくれたシスターには感謝だぜ。
この紙切れ一枚だけで、オレは敬虔なエレノア教信者になれるのだからな。
そこからさらに100km先の教国の首都であるノエルに着いた頃には、辺りがすっかり暗くなっていた。
オレは適当な宿屋を見付け、そこのフロントで宿賃を払い、鍵を貰って211号室に行った。
部屋の中は、シングルベッドに机に椅子。それに衣装掛け。
これだけしかないシンプルな部屋だった。
荷物を置き、部屋の鍵をかけ、1階へと降りる。
1階は食堂になっており、何処かに食べに出かける手間が省けた。
テーブルに着いてから、メニューを見て、何品か注文する。
料理が運ばれてくるまで、なにかアンナに対する噂話の一つでもないかと聞き耳を立てた。
すると、丁度いい具合に後ろの席に陣取る客が、アンナのことを話題にしていた。
「いやぁ、やっぱり聖女の中でもアンナ様が一番美しい」
「そうかな? 俺っちは断然、フィーネ派だけどな」
「けれども、アンナ様が一番高貴で純潔そうに見えないか?」
「それはそうだろ。大体において、聖女は生娘しかなれないのだから」
「ああ、異性を知らぬ麗しき聖女たちよ。彼女らに女神様の祝福あれ!」
後ろの席のおっさんが、盃を掲げた。
「そういえばさ。明日、大聖堂の礼拝所での朝のミサを、お前が大好きなアンナが執り行う日じゃねーか」
「ああ、そうか。だが、俺っちには大聖堂への通行許可証がない。今度のミサまでに、手に入れなくては、大聖堂に入ることすら出来やしない」
後ろにいるおっさんが嘆いていた。
丁度そこで、料理が運ばれてくる。
それにしてもいい情報を仕入れた。
明日の朝のミサは、アンナが担当するのか。
いくら大聖堂への通行許可証を所持していても、大聖堂の立ち入り禁止区域には入れない。
だが、礼拝所なら、許可証だけで行くことが出来る。
オレはがつがつと食事を平らげ、部屋に戻った。
今日は走り通しで疲れたし、もう寝てしまおう。
そして、早朝に目を覚まし、礼拝所に行く。
アンナの奴が、大聖堂の中ではどんなに取り澄ました顔をしているのか見物だぜ。
翌朝5時50分。
オレは大聖堂の正面にある鉄条門をくぐる。
当然、聖騎士の門番はいたが、これまた大聖堂への通行許可証のお陰で、難なく敷地内に入ることが出来た。
敷地内を歩いていると、礼拝所らしき建物を見付けたので、オレは巡礼者の服のフードを被り、中に入った。
礼拝所の壇上の上にはアンナがいる。
オレはそれを遠巻きに見ることにした。
アンナがコホンと一つ咳払い。彼女の隣にいる司教らしき男性に頭を下げ、前に出た。
「皆様、おはようございます」
アンナの一言に、礼拝所にいた信者達が一斉に頭を下げる。
「それでは、敬虔なエレノア教の皆様。ミサが始まる前に、神を讃える讃美歌を共に合唱しましょう」
アンナの声に反応し、荘厳なパイプオルガンの音が奏でられる。
パイプオルガンの音に、信者達の歌声が加わり、見事な旋律を奏でる。
5分にも及ぶ讃美歌の合唱が終わり、立ち上がっていた信者達は腰を下ろした。
そこで、アンナは息を吸い、女神を讃える言葉を出そうとする。
その時、事は起きた。
アンナのロザリオが崩れ落ちたのだ。
きっと化学変化を起こしたのだろう。
金のロザリオは単なる砂鉄となり、床に零れ、ばら撒かれた。
それを目の当たりにしていた司教が目を吊り上げる。
「あ、アンナ! これは一体どういうことだ? 聖女のロザリオがこんな風になってしまうとは! このロザリオは紛い物ではないか!」
「司教様、これは違います。これは何かの間違いなのです! ああ、どうしてこんなことに……」
「口答えは無用。アンナ、私について来なさい。聖女のロザリオを失ったからには、貴方には相応の罰が下されるでしょう」
アンナは司教に引き摺られていった。
代わりの聖職者が、朝のミサを続けたが、聖堂の中は信者達の声で騒がしかった。
それにしても、ステラさんはいい感じの魔法をかけてくれた。
この絶妙なタイミングで<コピー>の魔法の化学変化が起きるとは。
これでもうアンナは聖女ではいられなくなるだろう。
エレノア教国に来るとのことで、ルナをオットーの街に置いてきたが、その時のオレの顔は悪魔のような形相をしていただろう。
聖女でもなく、教会の庇護も失ったアンナにどういった処分をするかなど、それこそ赤子の手をひねるより容易い。
さて、アイツをどうするか……
アイツがオレを追放したことは事実だが、それはルナの気配を感じてからことだ。その行い自体は正しく、罪はないだろう。
だが、アイツは聖女でなくなっても、ハイプリーストのままで、「ホーリー」の魔法を操る危険な存在。オレと一心同体となったルナの天敵だ。やはり、放置しておくべきではないだろう。
ならば……殺るしかなさそうだな……




