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コピーの呪文

 ルナはアンナを敬遠して、オレの心の中から出て行き、街をぶらついている。

 だが、ルナがいなくても邪悪な笑みが漏れそうになり、これはいかんと首を振った。


 そこでオレは席を立つ。

 アンナは2杯目のワインを口にしていた。


 机の引き出しから、包装紙が巻かれた細長い箱を取り出し、それをアンナの前に置いた。


「ハッピーバースデー、アンナ。これはオレからのプレゼントだ」

「わぁ、クリュッグからのプレゼントですか! 私、嬉しいです!」

「開けてごらんよ」


 アンナは促されるままにプレゼントの箱を開けた。

 そこには、ペンダントが入っている。


「わぁ、凄く大きな宝石が入ったペンダントトップ! ありがとう、クリュッグ。大好き!」

「それを身に付けているアンナを見たいなぁ」

「で、でもこれは……気持ちはありがたいのだけれども、遠慮しておくね。このペンダントは、大事に箱の中にしまって」

「ちょ、ちょっと待て。どうしてペンダントを付けてくれないんだよ?」


 そいつを身に付けて、聖女のロザリオを外してくれなければ意味はない。

 オレは焦ったが、どうにか面に出さないよう努め、アンナにどうしてもそのペンダントを付けてくれと懇願する。


 アンナは根負けしたのか、ついに聖女のロザリオを外し、オレからプレゼントされたペンダントを身に着けた。

 酒のせいか顔を赤く染めているアンナは、テーブルの上に聖女のロザリオを置いた。


「どうですか、クリュッグがくれたペンダント、似合っていますか?」

「ああ、最高だよ。そこに姿見があるから見てみるといいよ」


 アンナは姿見の前に行き、うっとりとペンダントを見詰めた。彼女の顔は、酒に酔ったのか、頬は赤く染まっていた。


 アンナは姿見の前で一回転してみせる。そして、足をよろけさせた。

 オレは咄嗟に彼女に近づき、その背中を抱いた。


「大丈夫か、アンナ? きっと酔ってしまったのだろう。さぁ、ソファーに横になるといい」

「そ、そうかもしれませんね。それではお言葉に甘えまして」


 アンナに肩を貸し、ソファー横たわらせた。

 すると、彼女は欠伸を漏らした。


 それから5分もすると、アンナは完全に眠りに落ちた。

 即効性の睡眠薬入りのワイン。その効き目は、お墨付きだった。


 アンナが完全に寝息を立てていることを確認し、テーブルの上にあるロザリオを手に持ち、奥の部屋へと行く。

 扉を開けると、テーブルの上には空になった食器があり、ソファーでステラさんが寝入っていたので、揺り動かして起こした。


「ステラさん、出番だ」


 ステラさんは目を擦っている。

 テーブルの上に置かれたドワーフの親方が作ってくれたコピー品のロザリオと、今しがたアンナから手に入れたオリジナルの聖女のロザリオを並べる。


 成程、こうして見ると違いが分からない。形も装飾も一緒だ。

 この辺は、流石親方の腕といったところか。


 そこから両方のロザリオをひっくり返す。

 右がオリジナルのロザリオで、シリアルナンバーの文字列が刻印されてある。

 左側の方のロザリオは、コピー品であり、裏面には何も刻まれていない。


「さぁ、ステラさん。<コピー>の呪文を頼む。左側のロザリオに、コピーの呪文で文字列をコピーしてくれ」

「あ、はい」


 ステラさんが呪文を詠唱する。

 1分ほど詠唱しただろうか、最後にステラさんが「コピー」と口にした。


 すると、左側のロザリオに、複雑なシリアルナンバーの文字列が刻まれた。

 アンナの聖女のロザリオと見比べてみるが、その違いは全く分からない。

 ついに完全な……いや、ステラさんがコピーの呪文を唱えた方のロザリオは、化学反応を起こし、数日中にその姿を変えてしまうが、今は完璧にコピーされたロザリオが出来上がった。


 オレは慎重に左側のロザリオを掴み、応接室に戻った。

 ここで間違えて、アンナが身に着けていたオリジナルの聖女のロザリオを持っていったのでは、目も当てられないからな。


 応接室のテーブルの上にコピーされたロザリオを置き、奥の部屋へと戻った。

 それから、朝方までステラさんと一緒に雑魚寝した。


 早朝5時に目を覚ます。

 ステラさんを起こさないようにして、応接室へ行き、アンナを揺り動かして起こした。


「あ、クリュッグ。お早う。私、つい寝入ってしまって……」

「ああ、そうだな。オレは起きていてずっとアンナの寝顔を眺めていたよ」


 そう言葉にすると、アンナは赤い顔をして俯いた。きっと照れているのだろう。


「でも途中で寝入ってしまって、ごめんなさい。折角、クリュッグがお祝いしてくれたのに」

「そんなこと気にするなよ。それよりもうすぐ夜が明ける。今日中には、エレノア教国に戻らなければいけないのだろ?」

「そうですね。名残惜しいのですが、朝日が出たら出発します。でも、また会いましょうね、クリュッグ」

「ああ、そうだな」


 オレはほくそ笑んだ。

 もうあと数回しかお前と会うことはないだろうがな。お前を聖女の座から引きずり降ろす。そしたら、もう会うこともないだろう。


 アンナはオレがプレゼントしたネックレスを丁寧に外し、元箱に入れ、再び聖女のロザリオを首から下げた。

 コピーのロザリオを。


 小一時間もすると、朝日が窓から入ってくる。

 オレはアンナの手を取り、庭に停めてある教会が用意した馬車まで送り届けた。


 アンナが馬車に乗ると、御者は扉を閉めた。

 御者が馬に鞭を入れると、がらがらと車輪が回転する。

 馬車の窓から、アンナが名残惜しそうに手を振っているのが見えた。


 そうして、馬車の姿が見えなくなるまで見届け、事務所の中に入る。

 ステラさんを起こし、一緒に朝食を食べた。

 ご飯を食べ終え、オレは巡礼者の服に着替え、アサシンダガーは特注した靴の底の隠し部分に入れた。


 オレとステラさんは事務所を後にした。

 オレはすでにエレノア教国への旅立ちの準備を整え、そちらに向かう。

 ステラさんはそのまま自分の家へと帰っていった。

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