アンナの誕生日
そして、11月12日となった。
シスターから貰ったエレノア教国にある大聖堂への通行許可証と、アンナへのプレゼントである大振りの宝石がペンダントトップに嵌ったネックレス。それと、ドワーフの親方から作成してもらった「聖女のロザリオ」のコピー品が、事務所の机の中に眠っている。
流石、親方の腕だ。これだけ見れば、本物の聖女のロザリオと区別はつかない。
まぁ、裏は真っ平で、教会の隠語で書かれたシリアルナンバーは彫られていないが。
ついでに、アサシンダガーと巡礼者の服も自宅から持ってきた。
これでアンナを呼ぶ準備も、エレノア教国に旅立つ準備も出来た。
あとは、昼下がりのカフェに行き、そこでAクラスの魔法使いを雇入れるだけ。
本来ならば、魔法使いを雇いたければ、冒険者ギルドに行って募集をかけなければならないが、今回は盗賊ギルドからセリーヌの後輩を紹介してもらうことにした。
事務所を出て、カフェに向かう。
恐らく、あのオープンカフェに座っているとんがり帽子を被った女性がそうなのだろう。
オレはその席に行き、とんがり帽子の女性に声をかけた。
「あの……ステラさんですよね? セリーヌの後輩魔導士の」
「あ、ふぁ、ふぁい。その通りです」
「相席しても?」
「も、勿論ですー」
確認をし、オレは彼女の対面の席に座った。
注文を取りに来たギャルソンに、ペペロンチーノとエスプレッソを頼む。
頭を下げ、ギャルソンが店内に戻ると、カフェテラスには誰もいなくなった。道ゆく人も、こちらに関心を示さず、ただ通り過ぎていく。
「ステラさん。君、<コピー>の呪文をマスターしているんだって?」
「い、一応そうです。でも、<コピー>の呪文は凄く下手糞で……」
「どういう風に?」
「あ、あの。私がコピーするのは、ロザリオの裏面に彫られているシリアルナンバーの文字列ですよね?」
「その通りです」
「私が文字列をコピーしたら、恐らく、そのロザリオは駄目になってしまいます……」
「どうしてですか?」
オレはステラさんに顔を近づける。
「私、コピーの呪文が未熟で。このまま私がコピーの呪文で、金のロザリオに文字列をコピーすると、いずれは化学反応を起こしてしまうのです。金のロザリオが金ではないなにか別の物質に変化しちゃいます……」
「そうなのですか。で、化学変化が起きるとロザリオはどうなってしまのですか? 金が銀や銅に変質してしまうとか?」
「そこまでは分かりません。銀にも銅にもなるかもしれまんし、全く違う別な何かになってしまうかもです……」
「成程。それでは、その化学変化が起きるのは、大体いつくらいですか?」
「大凡二、三日ほどです。少なくとも一日は、金のままです。ただそれ以降ですと、いつ化学反応を起こし、金が何かの物質に変わるかは分かりません」
「そうですか」
オレは顎に手を当てた。
実のところ、この展開は理想的だ。
「すみません、すみません。これも私の<コピー>の呪文が下手糞なばかりに。物を完璧にコピー出来る、<コピー>の呪文の達人の魔導士の先輩がいます。宜しければ、その方をご紹介しましょうか?」
「いえ、結構です。やはり、この依頼はステラさんが最適なようだ。報酬は……そうですね。口止め料込みの500万でいかがでしょうか?」
「こ、コピーの魔法を使用するだけで500万?! それは願ってもないお話ですが、いいのでしょうか?」
「いいんですよ。では、ご飯を食べ終えましたら、ここを出て、事務所に行きましょう」
ギャルソンがペペロンチーノを運んできた。
それをくるくるとフォークで巻き、パスタを頬張り、笑顔でステラさんを見た。
食事を食べ終え、二人で事務所に行き、ステラさんには一番奥の部屋で待機してもらうことにした。
それから2時間も経過しただろうか。
午後5時半を過ぎ、辺りはすっかり暗くなっている。
そこで、玄関のチャイムが鳴らされた。<アラート>の魔石はすでに取り込んでいる。
「ああ、アンナ。よく来てくれたね。多忙だろうに」
「なんといっても、私の誕生日ですからね。教会も今日だけは、お暇を下さいました」
笑顔でいるアンナを応接室へと案内する。そこには、様々な料理がバイキング形式で並んでいる。
これは、馴染みの料理屋のオヤジに頼み込んで、つい先ほどまでここで作ってもらったものだ。
「わぁ、凄いお料理ですね」
アンナは瞳を輝かせる。
「ハハ。どうぞ遠慮なく食べてくれよ」
笑顔で返す。
精々、旨いものをたらふく食ってくれ。これがお前の最後の晩餐となるのだからな。
お前が聖女でいられる日も、あと数日だけなんだよ。
肉料理、魚料理、野菜。
色とりどりの料理を二人で取り分けていった。
「それじゃあ、アンナの誕生日を祝して。まずはジュースで乾杯」
「ありがとうございます、クリュッグ。ああ、私、こんな嬉しい誕生日は生まれてはじめてかも」
アンナとグラスを合わせた。
それから、勇者パーティーで楽しかった思い出など二人で語っていく。
思い出してみると、確かにあのパーティーで過ごした日々は、充実していた。
だが、皆の裏切りにより、友情――真の仲間などという幻想は脆くも崩れ去ったが。
あのパーティーの連中は、今やここにいるアンナとカインの二人だけしかいない。
トレモロ、キュア、マリー、レオ。
全員を闇に葬り去った。このオレ自身の手で。
そして、今もアンナを毒牙にかけようとしている。
それでも、オレの中に「後悔」などという言葉は、一片たりともなかった。
他愛ない話をしている間に、2時間も過ぎた。
強力な睡眠薬が入ったロゼワイン。そろそろコイツの出番だろう。
オレはテーブルの上にロゼワインを置き、オープナーでコルクを開けた。
新品のコルク。
これは睡眠薬を入れてから、リコルクしたものだ。
ピンク色をしたロゼワインをアンナのグラスに注ぐ。
「どうだ、アンナ。素晴らしい香りと色だろ。30年物のビンテージワインだ」
「わぁー、素晴らしいですね。でも、クリュッグ。私、お酒は下戸で……」
「一杯くらいはいいだろ? それとも、恋人であるオレが苦労して手に入れたワインを気に食わないとでも?」
「そ、そんなことは……済みませんでした。頂きますね」
アンナはこくこくとロゼワインを飲んだ。
オレは抜栓した赤ワインをグラスに注ぎ、口に含む。
「あれ? クリュッグもロゼワインを飲まないのですか?」
「ああ、勿論後で頂くよ。だけど、まずは赤を飲みたい気分なんだ」
「そうですか。けれども、赤ワインを開けたら、きっとこちらのロゼワインを飲んでくださいね。すっごく美味しいですから」
「ああ、そうすることにするよ」
オレは笑顔で赤ワインを呷った。




