王政転覆計画
アンナからの紹介状を手に、隣国のハーベス共和国へと出向いた。
途中、ハイランド王国側の関所があったのだが、<変装>のスキルで女装し、オレだと疑われずに入国することが出来た。
ハイランド王国とハーベス共和国を往来出来る要衝は三つ。
一つは、国境沿いの大橋を渡り、アレクウッドの林道を通ってハーベス共和国に出る道。
もう一方は8kmにも及ぶグランゼ渓谷を通る道。
残りのヘレスト村は、ハイランド王国とハーベス共和国の境界線上にある村だ。
今回は、関所を越え、渓谷を通るルートを選択した。
渓谷の間を縫っていき、共和国のサバス平原に出る。
そこを馬で闊歩していくと、国境近くの城塞都市セメンタに着いた。
城塞都市というだけあって、セメンタには外堀があり、街の中に入るには、跳ね橋を渡ることとなる。
馬を降り、<変装>のスキルを解いて、元の姿になり、跳ね橋の前にある門番がいる詰所を通った。
オレは通行許可証も出さず、そのまま門番の前を通過する。
「ちょ、ちょっと待ってください」
門番がオレを制止した。
旅行客に紛れ、そのまま詰所を通り過ぎようとしたが、そうは問屋が卸さなかったか。
「あ、貴方様は!? かの英雄クリュッグ様ではないですか?」
「ん? それは一体……」
門番が言う英雄とは一体どういうことなのだ。
ハイランド王国でのオレは、疎んじられている。
王に蔑まされ、新聞では「足手まといのクリュッグ」とバッシングされた。
だが、この門番。憧れの目でオレを見ているではないか。
何が起こっているのか、さっぱり理解できない。
「ささ、クリュッグ様。どうぞ街中へ。ラッセル大臣とアルカディア元帥がお待ちです」
門番が先導し、その後を付いていく。
街に入ると、ちらほらと街人がオレを指差し、好奇の視線を向けていた。
なんだか分からないが、どうやらこの街では、有名人らしい。
白壁の三階建ての立派な屋敷の屋根には赤瓦が乗っていた。
そこにも詰所があり、門番が常駐している。
その門番もオレを見て「クリュッグ様ではないですか?」と感嘆の声を上げた。
門番から門番に引継ぎをされ、オレは大仰な屋敷へと行く。
玄関前に「オハイド州 領事館」と記された看板があった。
オレはそのまま建物の2階に通された。
「ここが来賓室です。只今、ラッセル大臣とアルカディア元帥を呼んできます故、お寛ぎになってお待ちください」
門番が一礼し、退室した。
それと入れ替わるようにメイドがやって来て、ケーキスタンドに菓子を乗せ、オレの前に上等な紅茶を注ぐ。
メイドも一礼し、退室する。
この国でのオレがどういった目で見られているのかさっぱり分からないが、一応は貴賓客という扱いらしい。
いつもと勝手が違って、どうにも戸惑ってしまう。
美味な菓子を頬張っていると、観音開きの扉が開いた。
そこから優男風だが、頭の切れそうな奴と、軍服を着た貫禄あるおじさんがやって来る。
「いや、お待たせ致しました、クリュッグ様。わざわざ共和国までご足労いただき、光栄です」
「長旅ご苦労でしたな」
優男と軍服の二人から労いの言葉を受ける。
優男がソファーに腰を下ろすと、調書を捲った。
「クリュッグ。クリュッグ・フィッツジェラルド様で相違ないですよね? あの魔王にトドメを刺したSRクラスの英雄の」
「なんですか、それ? 話に尾ひれがついてません? あの……」
「あ、申し遅れましたね。失礼いたしました。私は共和国で外交大臣をしているラッセルと申します。こちらは、国軍大臣のアルカディア元帥です」
「宜しくな、年若き英雄よ」
元帥はいきなり砕けた調子で手を差し出してきたので、つい握手をした。
「いやしかし。年若き英雄なんて……オレは魔王相手に何もしていませんよ?」
「フッ、この場で虚言など不要です。出でよ、魔道ビジョン!」
ラッセル大臣が魔法を唱えると、魔道ビジョンが浮かび上がった。
その画面の中には、魔王と勇者パーティーとの激戦の映像が映し出されている。
しかし、このラッセル大臣という男、何者なんだ?
ルナなら魔道ビジョンをも容易に作り出せるが、SSクラスの魔導士だったキュアでさえ、魔道ビジョンを生成するのに、10分以上も長々と呪文を唱えなければいけなかったというのに。
それをこの男はいとも簡単にやってのけた。
「ラッセル大臣。一体、この映像は……」
「私は鷹狩りを好んでいましてね。そこで、私が可愛がっている鷹を魔王と戦っている間、その上空に放っておりました」
「すると、この映像は鷹の視線から魔王との戦いをとらえたもの?」
「いかにもその通りです」
そこまではクールを気取っていたラッセル大臣であったが、嬉しそうに大声を上げた。
「ほら、この場面です! クリュッグ様が魔王にトドメを刺されたのは!」
「確かに、このククリナイフの扱いは惚れ惚れしますな」
アルカディア元帥はラッセル大臣に追随した。
「いや、私としたことが、興奮してしまい失敬を。兎に角ですね、クリュッグ様。あ、ファーストネームで呼んでも差し支えないでしょうか?」
「いえ、問題はないですが。お二人共、市井の人であるオレに比べ、共和国の大臣であるわけですし」
「そうですか、ありがとうございます。で、兎に角ですね。クリュッグ様は、この国では魔王を倒した英雄なのですよ。貴方様が魔王を倒した決定的瞬間を捉えた新聞も出回りましたし。この国の大勢の人が貴方様のご活躍を知っておられます」
そう、なのか?
ハイランド王国で受けた仕打ちとは、真逆だな。
得心を得ず、つい口を尖らせてしまった。
「なんとなくですが、共和国でのオレの扱いは分かって来ました。で、共和国側はオレに何を望むのです?」
オレは質した。そこが何より肝要である。
「そこなのですが……」
ラッセル大臣は口籠る。
代わりに、アルカディア元帥が口を開いた。
「ズバリ、クリュッグ殿の力が欲しい。どうかこの国に亡命してはもらえないだろうか?」
元帥は核心を突き、話を続ける。
「すでに我々も、ハイランド王国が我が国に対し、戦争の準備を着々と整えている最中だと知っておる。それに対し、座して待つわけにもいかない。そこで、王国の内情にも詳しいクリュッグ殿に白羽の矢が立った。このことは、大統領の承認も得ている」
「共和国側は貴方様に、相応の地位をお約束します。まず、共和国の首都に大邸宅と相応の準備金を。そして、対ハイランド王国に対し、貴方様を切り札にします。大将になっていただき、来るハイランド王国との戦争の指揮をアルカディア元帥と共にとって頂きたいのです」
なんという提案だろう。
これはチャンスだ。
共和国がハイランド王国との戦いに勝っていけば、ハイリッヒ王の民からの信頼は失墜する。
そうなれば、国内で反王政の動きが活発になってくるだろう。
暴動も頻発し、その分、王国兵を割いて、国内の治安維持をしなければいけなくなる。
そこで、内乱の機運が高まったら、ハイランド王国の西にある大国、エレノア教国が動いてくるはずだ。教国側とすれば、自らを神と名乗ったハイリッヒ王が失墜させようとしているのだし。
このシナリオ通りいけば、共和国がハイランド王国に勝利し、ハイリッヒの王政を転覆出来るかもしれない。




