引き摺り下ろす
ハイリッヒの奴を玉座から引きずり降ろしてやる。
その為には、無神論者であるが、教会の力もアンナも利用してやる。
それにアンナはまだオレに対して無防備だ。彼女はオレの中にいるルナの妖気を警戒し、パーティーから追放したが、ルナがいない今は、油断しきっている。
「承諾して頂き、ありがとうございます。つきましては、隣国のハーベス共和国に出向いて欲しいのですが」
ハーベス共和国か。
なんでもハイリッヒ王は、ハーベス共和国に攻め込む準備をしていると、専らの噂。
しかし、ギルドを通し、戦争の準備をしている話がオレの耳にも届くなんて、よっぽど間抜けな王だな。
戦争は情報戦でもあり、機密は保持しなければいけない。
それなのにこの有様だ。機密が駄々洩れだ。
あの王は馬鹿を通り越して、どうやら裸の王様のようだ。
オレはアンナを見遣る。
「ハーベス共和国というからには、ここハイランド王国から共和国に戦争を仕掛ける噂は、どうやら本当みたいだな。奴は戦いに勝って自らを神格化したいのかねぇ」
「その通りです。ハイリッヒ王は共和国に戦勝し、自らの権威や名声を高めたいようですね」
「逆を言えばだ。この戦でハイランド王国が共和国にぼろ負けすれば……」
「王としての威厳は地に落ち、権威は失墜するでしょう。そして、民衆の不満も高まってきます」
「それを契機に各地で暴動を起こし、やがて内乱を起こし、国家転覆図る訳か」
「その通りです。流石、クリュッグ。素晴らしい見識です」
アンナはにこりと微笑んだ。
しかし、サラリと王政転覆を提案してくるあたり、なんとも恐ろしい奴だ。
というか、教会の信奉者なので、無自覚にそうしているのかもしれないが。
恋人ではなくなり、こうして改めてアンナを見ると、一癖も二癖もある奴だと感じる。
恋は盲目であるとは、よくいったものだ。
「オレがハーベス共和国に行くのはいいとして、一体誰に会えばいいんだ?」
「一週間後、共和国のラッセル大臣とアルカディア元帥に国境近くの街セメンタで会ってください。すでに、あちらには話を通してありますので」
「そこまで話が進んでいるのか。逆にありがたいぜ」
紅茶を飲み干し、アンナを見た。
「教会からの申し出は分かった。勿論、オレの答えはイエスだ」
「ご協力頂けまして、ありがとうございます。伝説のアサシンである貴方の力を借りることが出来れば、100人力です」
「これで話はまとまったな」
オレは口角を上げた。
共和国とエレノア教を利用し、ハイランド王国を打倒して、あの大馬鹿者のハイリッヒ王に鉄槌を下す。
これは願ってない話だ。
そこでふとアンナを見遣ると、彼女の首から垂れ下がっている十字架が目についた。
黄金色に輝くそれに、興味が湧く。
「アンナ。その十字架はなんだ? パーティーにいた頃は、してなかったように思えるのだが」
「ああ、これですか。これは大事な大事な『聖女のロザリオ』です」
「見せてもらっていいか?」
「はい、どうぞ。だけど、すぐに返してくださいね。そのロザリオを無くしてしまっては、私は聖女ではいられなくなります。そのロザリオが聖女の証ともなるのですから」
アンナは首からロザリオを外し、オレに手渡した。
それを受け取り、興味深そうに観察する。
黄金のロザリオか。素材自体は、単なる金だな。
凝った装飾が施されているが、これなら腕のいい鍛冶屋に頼めば、殆ど似たような物を作れるだろう。
これはいい物を拝見できた。
このロザリオを精巧なコピー品とすり替えてしまえばいい。
そうすればいずれ、教会から紛い物のロザリオだと見破られ、アンナの権威は失墜する。多分、聖女の座から追われる羽目になるだろう。
聖女でさえなくなれば、アンナは単なる平凡な僧侶へと逆戻りだ。
教会の庇護がなくなり、転落するコイツはさぞかし哀れで、滑稽なことだろう。
オレは心の中で、笑い声をあげた。なにしろ、アンナを聖女の座から引きずり下ろすネタを見付けたのだから。
彼女には悪いが、失墜してもらうことにしようか。なにしろコイツは、ルナの気配を感じている危険な存在だからな。
オレの復讐を邪魔するやつは、排除する。ただそれだけだ。
それから何気に、ロザリオの裏側を見てみる。
そこには、暗号めいた複雑な文字が彫られていた。
「アンナ、この文字は一体……」
「ああ、それですか。それはエレノア教の隠語を彫ったものです。暗号化されたシリアルナンバーもそこに彫られています」
「そ、そうか。いや貴重な物を拝見した」
アンナにロザリオを手渡した。
アンナはそのロザリオを慈しんだ瞳で見詰め、再び彼女の首元へかけた。
しかし、これは難題が出来たな。
あの教会の精緻な彫りこまれた隠語まで、果たしてコピー出来るものだろうか。
あれほど精緻な、しかも訳の分からない文字列だ。
恐らく、腕のいい鍛冶屋に頼んでもあの文字列まで再現させるのは不可能だろう。
「さぁ話もまとまったことだし、聖女様にはご退席頂こうか」
「い、いえ。あの、ですね……これからクリュッグの自宅まで行ってもいいでしょうか?」
アンナはもじもじとしながら、口にした。
またかよ。本当にこの女は何を考えているだろうか。ルナの気配を感じたとはいえ、一旦お前はカインの側につき、オレを追放した。その自覚はないのだろうか?
今、ルナがいなくて、オレから邪悪な妖気を感じないから、よりを戻したいんじゃないだろうな?
いくらなんでも、そいつはムシが良すぎやしねぇか、アンナさんよ。
思わず大きく嘆息してしまう。
「あのなぁ、アンナ。この前、男爵の屋敷ではっきりと告げただろう。お前はオレの敵。復讐相手の一人だって」
「そ、それは、そうなんですが……」
鋭い目付きでアンナを睨み、扉を指差した。
アンナは未練がましい目をしながら、のろのろと立ち上がる。
しかし、ここで冷たく突き放すのはマズいな。アンナがどんな言動をしようが、王政を打倒するまでは、利用しなくてはならない。それまでは丁重に扱わなければいけないよな……
オレはご機嫌を取ろうとアンナの手を取り、馬車まで一緒に行った。
馬車の扉を開け、アンナを乗せた。
「それじゃあ、またね。ばいばい、クリュッグ」
アンナはにこやかに微笑み、馬車の扉を閉める。
御者が馬に鞭を打つと、馬車の車輪はゆっくりと回り始めた。
オレは大きく息を吐き出し、肩を落としながら事務所の中に戻っていった。
どかりと応接室のソファーに座る。
厳しい顔をしながら、ソファーに身を沈めた。




