介錯
「な、なんだっていうんだ、コレは! 肝心な時に体が痺れて……クッ、どうにもいうことがきかねぇ!」
「フハハハハハ。かかったな、レオ! 念の為、勇者の剣の刀身に痺れ薬を塗っておいた。どうやらそれが効き始めたようだな!」
「ぐ、く、クソが! 正々堂々のタイマン勝負にも一服盛りやがるとは!」
「どうとでも言え。勝負は勝てばいいんだよ。ダメ押しの一撃を喰らえ!」
レオは勇者の盾を手放した左手で、鎧の脇腹にあるポシェットを探り、何かをレオに投げつけた。
その瞬間、レオの体が閃光に包まれた。
「どうだレオ。<ギガエレクトロン>の魔法効果をつけた魔石の味は?」
尻餅をついているカインが高笑いをする。歪んだ笑顔だ。
勇者が得意としている電撃系の魔法。その中でも、ギガエレクトロンは、10万ボルトの威力がある。
「き、汚いぞ、カイン! 呪文で、魔法を唱えたのではなく、魔法を封じ込めた魔石を放るとは! それに、予め剣に痺れ薬を塗っておくだなんて。それが勇者のやることか!」
「甘いな、クリュッグ。これは決闘なんだよ。命のやり取りだ! それに汚いもクソもあるか! 策を用い、さらに魔石を切り札に取っておいた僕の勝ちなんだよ!」
カインは喚いた。
10万ボルトの電撃を喰らったレオは、堪らず大の字に地に伏した。
逆に立ち上がったカインは、両手で勇者の剣を掴み、剣を振り上げる。
最早、レオの<金剛力>のスキルも、電撃を喰らい、発動出来なくなっていたのだろう。
勇者の剣はレオの腹を深々と貫いた。
「こ、このクソ勇者め!」
オレは咄嗟に走り、叫んだ。
それを尻目に、カインは地面に落ちた勇者の盾を拾い、王都の方へと駆け出す。
「レオは始末した。今日のところはこれで撤退するが、次はお前の番だぞ、クリュッグ!」
「待て、カイン! 決闘の場で汚い手を使いやがって。貴様を今、この場で殺してやる!」
「待てと言われて待つ馬鹿などいない。お前がオリハルコンの装備を取り戻したのなら、勝機は五分。ならば、ここは万全を期して一時撤退するのが賢明だ」
カインは乗って来た馬に乗り、王都へと逃げ去った。
しかし、奴は逃げているが、オレの俊足なら追い付ける。殺してやる、あのクソ勇者め。
猛然とダッシュしようとしたが、その足を止めた。
後ろからレオの細い声が聞こえたからだ。
「なぁ、クリュッグ。ちいとばかし、待ってくれ。どうかオイラの頼みを聞いてくれねぇか?」
「分かった……。お前がオレに望むことはなんだ?」
「娘を……アリーナを頼む。幸いにして、オレの金庫には金がある。それを持って、親戚の家まで娘を届けてくれないか?」
「いいだろう。そのくらいことなら容易い。きっと、アリーナを親戚の家まで届けてやる」
「そいつは良かった。それと最後の願いも聞いてくれないか?」
「最後の願いだと?」
オレは眉根を寄せる。
レオに詰め寄ると、彼はごぶりと口から血を吐き出した。
「い、痛ぇ。この腹の傷じゃ、もう助からない。か、介錯を頼む」
「いや、駄目だ。お前はこのオレが倒さなければいけない。すぐに王都に行って腕のいい僧侶を連れてくる。ヒールをかけてもらえば、必ず良くなるはずだ」
「馬鹿を言うな。それまでオイラの命が持つわけがないだろうが……頼むよ、クリュッグ。痛ぇんだ。早く介錯を……」
オレは改めてレオの傷を見る。
深々と腹が斬られている。確かにこれでは、もう手の打ちようがない。手遅れだ。
オレは無言で頷いた。
「レオ、遺言があるなら聞いておこう」
「フッ、別にねぇな。こんな最後になっちまったのも、ある意味因果応報なのかもしれんな。オイラはお前を裏切った。その天罰が下ったのかもしれねぇ……だが、このまま死んでも、あの世でかみさんに会えるかもしれんしな……」
「そうか」
「ああ、そうだ。この世に未練があるとしたら、娘の行く末だけだよ……それだけは頼んだぜ、クリュッグよ」
「分かった。ではさらばだ、レオ」
オレはホルスターからククリナイフを抜き出す。
それを振り下ろし、レオの首を撥ねた。
レオの生首が地面に転がる。
その顔は、意外にも苦しんでおらず、安らかな表情だった。
確かにレオもオレの復讐対象であった。
だが、こんな結末など望んではいない。
介錯などという決着で、納得いくはずもない。
オレは自らの手によって、レオを暗殺したかったんだ。
介錯などという決着を残したカインのことは、絶対に許されない。
「こ、殺してやる! カインの奴め、絶対に殺してやるぞ!」
オレは平原の中で叫んだ。
きっとオレの魂は、カインへの憎悪という感情に支配され、真っ黒くなっているだろう。
それはルナへの供物となる。
だが、復讐の為なら、魂も命もくれてやる。
それが結果的にルナの愉悦になろうとも。
絶対にカインへの復讐は完遂させてやる。




