カイン対レオ
翌日の昼過ぎ、オレはオリハルコンの装備で身を固め、家を出た。
<韋駄天>のスキルを発動し、アザレア平原へと向かう。
目的地に着き、懐中時計を開ける。時計の針は、午後1時を指していた。
約束の時間よりも大分早く来たのには、訳がある。
相手はあのクソ勇者のカインだ。どんな汚い手を使ってくるか知れたものではない。
例えば、カインの配下を平原の側にある林の陰に潜ませておく。それを伏兵として使ってくる。
そんなことが考えられる。
そこでオレは、平原の芝生の上を歩きながら、慎重に辺りを見渡していく。勿論、<トラップ破り>のスキルを発動させながら。
平原から林の中に入って、よく観察してみるが、どこにもトラップも人影もなかった。
どうやらカインは伏兵を置かないらしい。
と、すると、一対一の勝負に応じるのか?
――いや、それはないだろう。
もし、伏兵を置かなくても、あのカインのことだ。きっと卑劣な手を使ってくるに違いない。
オレは木の上に登り、辺りの様子に気を配りながら二人の到着を待った。
午後3時50分。
まずはレオが到着した。
次いで、午後3時55分。
勇者の装備で身を固めたカインが馬でやって来た。
「平原のこの辺りなら、人気もないな。さぁ、レオ。ケリをつけようじゃないか」
「いや、ちょっと待ってくれ、カイン。立会人がまだ到着していねぇ」
「立会人だと?」
カインの眉が吊り上がった。
そこに林から出て来たオレが、歩み寄っていく。
「な!? クリュッグか。しかもその装備! お前、どうやってオリハルコンの装備を宝物庫から取り返した?」
「それは企業秘密だ、カイン」
「チッ。ならばこの決闘は無効だ。いくら勇者の僕でも、装備を整えたクリュッグとレオを同時に相手するのは、多少不利だからな」
そこでレオがおいおいと手を振る。
「勘違いしてもらっちゃ困る。クリュッグはあくまでこの決闘の立会人だ。奴がこの勝負に手を出さないことは、オイラが保証する」
「その通りだ、カイン。オレはこの決闘に手は出さない。ただ勝敗の行方を見守っているだけだ」
オレ達の言葉に対し、カインは訝しげな表情を浮かべる。それから一考し、口にする。
「その言葉信じよう。だが、クリュッグは僕とレオから50mは離れろ。いつお前に襲われるか、分からんからな」
「お望みどおりにしよう」
オレは後退りながら、二人から距離を離していく。
「それじゃあ、始めようかレオ。お前をぶった切り、血祭りにあげてやる」
カインは鞘から勇者の剣を引き抜いた。
「それはこっちの台詞だ、カイン。お前を殺し、かみさんへの供養とさせてもらうぜ」
レオはファイティングポーズをとる。両拳には、セスタスという拳に装着する武器が装備されていた。
レオは野獣のように襲い掛かった。まるで獰猛なヒグマだ。
レオが放つ拳をカインは勇者の盾で受けている。その顔には余裕があった。
「フッ。いくらレオのパンチが威力のある速射砲だろうが、この勇者の盾にかかれば霧雨みたいなものだ。さぁ、冥途の土産だ、レオ。もっと殴らせてやるぞ、ククク」
余裕の笑みを漏らすカイン。
そこにレオの腰の入った右ストレートが炸裂する。
なんとレオの拳は勇者の盾を突き破った。
「クッ、馬鹿力だけはあるようだな。それにしても、勇者の盾を拳で貫くとは。これが虚仮の一念ってやつか」
カインの笑顔が消えた。
そして、レオに対し、勇者の剣を猛然と振るってくる。
剣の攻撃に、レオの勢いは止まり、防戦を強いられた。
そもそも剣と素手では、リーチがあまりにも違い過ぎる。
それだけでも十分なハンデなのに、勇者の剣の切れ味は正に凶器だ。
カインの鋭い突きの連打に、レオの体がみるみるうちに剣で刻まれ、裂傷が出来ていく。
レオは<金剛力>のスキルで、全身を鋼より固くしているのだろうが、それでも勇者の剣の威力には敵わない。
それに、レオの飛び抜けた動体視力をもってしても、カインの剣をぎりぎり躱していくのがやっとだ。
やはり認めざるを得ない。
カインの強さ、実力を。
「ハハハ。さしものレオも防戦一方か。そもそも武器も持たず、素手で僕に挑んでくるなんて100年早いんだよ!」
勇者の剣をすんでのところでレオは躱しているが、それもいつまで続くことか。
このまま押されていては、いつか致命傷となる一発を貰うことになる。
それでもレオはカインの突きの嵐をどうにか見切り、前に出た。
そこからワンツーパンチ。
カインはそのパンチを楽々と盾で遮った。
そして、上段パンチでえカインの視線が上がった刹那、レオは強烈なローキックを放った。
彼が今までパンチしか繰り出していなかったのは、作戦だった。この一撃の為に、レオは蹴りという武器を隠していたんだ。
その隠し武器が、見事にカインの膝の脇を貫いた。
「ぐっ!」
カインはたまらず体勢を崩した。
レオのローキックの衝撃は、勇者のズボンを突き抜け、右足に着実なダメージを与えたようだ。
カインが体勢を崩したことにより、レオの猛反撃が始まる。
雨あられのパンチと蹴りのラッシュ。
カインはなんとか勇者の盾でパンチを受け止めたが、レオの不意を突いた後ろ回し蹴りがカインの腹を突き刺す。
カインはその体重の乗った強烈な蹴りを喰らい、尻餅をついた。
「これで終いだ、カイン。マウントを取って、貴様を殴り殺す!」
レオはカインの腹の上に馬乗りしようとした。
これでレオがカインにマウントを取り、勇者の兜を引っぺがして、顔面を渾身の力で殴れば、奴の顔面は潰れたトマトの様になるだろう。
まさに千載一遇のチャンス。
だが、そこでレオの動きが止まった。
震える右手を左手掴み、喚く。




