立会人
その翌日、深夜。
<アラート>の魔法を受信する魔石の警報が鳴った。
こっちの魔石が鳴っているということは、裏にある元の自宅の玄関先に何者かが侵入したということだ。
オレはオリハルコンの装備を身に纏い、裏手の家の2階へと飛んだ。予めあちら側の窓は開け放っている。
もしかして、カインが襲撃をしてきたのか?
ならば好都合だ。
今のオレは、オリハルコンの装備を取り戻している。奴を討ち取れる自信がある。
マッチを擦って、部屋にあるランタンを灯した。
それを片手に持ち、<忍び足>のスキルで、音も立てずに一階へと降りた。
「おおい、開けてくれよー」
玄関先から扉を叩く音と、声が聞こえてくる。
レオの声音であった。
カインではなく、レオが来たのか。
オレはランタンを片手に持ったままし、玄関のドアを開けた。
「よ、久し振りだな。結構大声で呼んだのだが、誰も出て来なくてな」
レオが片手をあげ、挨拶をしてくる。
いや、しかし。
レオは昨日の夕方に自宅を襲撃され、両親と妻を亡くし、打ちひしがれているはずだ。
なのに何故ここに来た?
だが、その事情をオットーの街に住んでいるオレが知っていてはおかしなことになる。
平静を保ったまま彼をリビングまで通した。
レオはソファーに座り、オレはその対面に椅子を置き、話を聞くことにした。
「おいおい、今何時だと思っているんだ、レオ? 夜中の2時だぞ」
「いや、いきなり来て済まなかった」
「用件は?」
「それなんだが……ちと困ったことに。カインの奴と決闘することになってな」
「なんでまた?」
ルナの魔道ビジョンを見て、事情はすでに知っているのだが、驚いた体を装う。
「まぁ、事情は伏せておく。だが、クリュッグにはこの決闘の立会人になって欲しいんだ。頼む、この通りだ」
レオは深々と頭を下げてきた。
しかし、このまま立会人になることを承諾してもいいのだろうか。
本来であれば、復讐相手のどちらかが死ぬのだから、諸手を挙げて喜ぶべきなのだが、素直に納得出来ないのも確かだ。
やはり、レオもカインもオレ自身の手でケリをつけ、復讐していきたい。
本音はそうなのだが、今回のケースだけはどうすることも出来ない。
なにせ、明日にはレオとカインの決闘が黙っていても始まってしまうのだから。
そうであるのならば、せめてどちらが敗者となり、勝者となるのか、見極めより他方法はないだろう。
――いや、待てよ。それよりも、いっそのことレオと一回だけ手を組み、二人掛かりでカインを殺すのも策のうちの一つだよな。
カインはオレ以上に汚い手を使ってきた。
ならば、こちらもより卑劣な手段を使っても構わないはずだ。
考えをまとめ、レオに向き直った。
「ならば二人で。オレとレオが一回だけ手を組んで、カインを倒さないか? 奴にはマリーと組まれ、二人掛かりでの襲撃を受けた訳だし」
「いや、それはできねぇ。これはオイラ自身の復讐劇なんだよ。カインに目に物を言わせないと気が済まねぇんだ。オイラ自身の拳でな」
そう言われてしまえば、これ以上押すことも出来ない。
レオの家のあの惨劇を見てしまっているのだから、尚更だ。
ここは素直に引くことにした。
「そうか……まぁ、事情は良く分からんが、立会人になることは承諾しよう」
「ありがてぇ! だがな、クリュッグ。お前は決してカインに手を出すなよ。それが確約出来ないのなら、この話はなかったことにしてくれ」
「まぁ、カインを討ついい機会なのだが、それは諦めることにしよう」
オレは大袈裟にやれやれと両腕を上げた。
「決闘の日時は、明日の午後4時から。アザレア平原で」
「分かった」
「いや、クリュッグが立会人になってくれて、正直助かった。ありがとうな」
レオが手を差し出してくる。
「握手はなしだ、レオ。あくまでお前は、オレのターゲットなのだからな」
レオは一瞬考えた後、「そりゃそうだわな。ちげぇねぇ」と口にし、鷹揚な笑みを見せた。
「さて、これで話はまとまったな。夜中に邪魔をして済まなかったな、クリュッグ」
「いや、別に気にはしていない」
レオは「それじゃな」と言い残し、玄関から去っていく。
今、レオの胸中は如何ばかりなのか。きっと、心の中では、血涙を流しているに違いない。
そして、カインへの怒りを滾らせつつ、夜中だというのに王都からわざわざここまでやって来たのだろう。
怒りと悲しみ。
きっとその二つの心が、レオの中で綯い交ぜになっていることだろう。
オレはリビングのランプを消し、廊下に出た。
ランタンを手に、二階へと上がっていく。
ランタンの火を吹き消し、元の自室の窓から今の自室へと飛び移った。
自室に戻り、椅子に座って、一つ溜息をつく。
この手で、レオもカインも討ち取りたいに決まっている。
だが、ここまで来てしまったからには、決闘の行方を見守るより他ないだろう。




