小さな目撃者
それからカインは、私室を出て、ゆったりとした足取りで階段を降り、王城を出た。
そこから暫し歩いて、軍事教練所に立ち入った。
そこで笑顔から一転して、沈痛な面持ちになる。
とんだ役者だな、カインの奴め。
そのままグランドを歩いて行き、レオの近くへと場所にのろのろと向かった。
その時、レオは教練を終え、汗をタオルで拭いていた。
「どうしたんでぇ、カイン。顔が真っ青だぞ?」
「レオ、悪い知らせだ……」
「なんでぇ、それは」
「今しがた城に一報が届いた。いいか、ここからは気をしっかり持って聞いてもらいたい」
レオも神妙な顔をした。
「君の家族が、何者かに惨殺されたようだ……大変気の毒なことだが……」
「な! そ、そんな馬鹿な! だって、オイラは恨みを買うようなことは一つも……」
「恨みなら僕もレオも買っているだろ。クリュッグからな」
「ぐっ!」
レオは唸ってから、駆け出した。その後に、いやらしい笑みを浮かべたカインも続く。
レオは王都の中を疾走し、彼の家へと着いた。
扉が破壊されているのを見て、愕然と頭を下げた。
それからよろよろと家の中に入っていく。
レオがリビングのドアを開けると、凄惨な光景があった。
彼の両親も、彼が愛する妻も、無惨なまでになます切りにされていた。
血しぶきが、壁に赤い染みを作っている。
「おお、なんてことなんだ! こんな残忍なことをしでかすのは、やはり奴――クリュッグ以外考えられない。なんたって、パーティーに入る前の奴は、アサシンを生業にしていたからな」
「黙ってろよ、カイン!」
「これは失礼した。君にも家族の死を悼む時間が必要だよな。取り敢えず、僕は去るよ」
「いや、そのままいてくれねぇか? その場にいて、口を噤んでな」
「他ならないレオの頼みならそれは構わないが……でも、大丈夫か?」
「ああ。家族が惨殺され、気も狂わんばかりだが、幸い目撃者がいてくれているからな」
「目撃者だって?」
カインは眉根を寄せた。
そんなカインを置き去りにして、レオはカーペットを剥がす。
カーペットが剥がれた床が剥き出しになり、そこに取っ手がついた床板があった。
レオは取っ手を握り、床板を引き抜く。
そこには、隠し部屋があり、中で小さな女の子が震えていた。
「お父さんが来たからもう怖くないぞ、アリーナ」
レオが優しく呼びかける。
「お父さん、家の中はどうなったの? なんか玄関を激しく叩く音がしたから、お母さんが私に『ここに隠れていなさい』って言って、押し込まれたのだけれども」
「まだアリーナは出て来なくていいからね。少し部屋片付けをしたら、出てきてもいいよ。少しの間だけれども、待てるね?」
「う、うん。私、待っているよ」
娘の声にレオは大きく頷いた。それから、再度床下に問い掛ける。
「なぁ、アリーナ。ここで何を聞いたんだ。お父さんに教えてくれないかな?」
「う、うん。おじいちゃんとおばあちゃんとお母さんの悲鳴。もうあんなの聞きたくないよ!」
アリーナの声は悲痛だった。
それは魔道ビジョン越しにも伝わってくる。
「うん、そうか。怖い思いしたな、アリーナ。けれども、そこでよく頑張ったね。あと、他に何か聞こえてこなかったかい?」
「悲鳴が終わった後、二人のおじさんの声が聞こえた」
「ほぅ。おじさんは何か話していたのかな? 思い出せるか、アリーナ」
「う、うん。えーとね。『クリュッグの仕業だとレオは思うはずだ』とか、『こんなプランを実行するなんてカイン様は恐ろしく頭が切れるな』とか、『カイン様万歳だ』とかって聞こえたの」
「そうか、分かったよアリーナ。それじゃあ、ここを閉めるからもうちょっとだけそこにいてくれるかな? 灯りはあるよな?」
「う、うん。キャンドルが一本燃えているの」
「そうか。それじゃあもう少しだけそこで待っててくれるかな?」
「う、うん。でも、すぐにここを開けてね、お父さん」
「ああ、そうする。約束だ」
レオは目尻を下げながら、地下の隠し部屋に戸板をはめた。そうしてから、鬼の形相になり、カインに向き直る。
「やりやがったな、カイン! やっぱり、貴様の仕業だったのか!」
「い、いや……これは何かの間違いだ。説明させてくれ、レオ。こんな残忍な手口を使うのは、やはりクリュッグしか……ほ、ほら、ここに血塗れのククリナイフが。アサシンはコイツを好んで使う。コイツが何よりの証拠だ」
ククリナイフを一瞥し、レオはふんと鼻を鳴らした。
「もしクリュッグなら、オイラの家に踏み入っても、こんな雑なことはしねぇよ。アイツなら娘を攫って行き、それを盾にして、オイラを殺しただろうよ。アイツは非道だが、無駄はしねぇ。オイラを殺しても、家族は殺さねぇよ! それにアイツが現場に凶器を置いていく訳がねぇ! そんなヘマは絶対にしねぇ!」
「し、しかし。焦ったクリュッグがこのナイフを落としていったとも考えられるが」
「なぁ、勇者さんよ。アイツのことは、オイラもお前もよく分かっているだろ? アイツは異常に慎重だ。凶器となったククリナイフがあるって時点で、胡散臭さしか感じねぇんだよ!」
「クッ!」
「なにより、目撃者がいる。うちの娘という小さな目撃者がな」
「ぐ、くくっ! あの使えぬ部下め! 要らぬことをぺらぺらと現場で喋りやがって! クビにしてやる!」
「おい、カイン。今はそんなことはどうだっていい。ともあれ、お前はオレの一家を惨殺した。敵になった。こうなった以上、貴様に決闘を申し込む!」
レオはカインを指差した。
「チッ、こうなったからには仕方がない。どちらにしろ、レオ。貴様は腹の底が見えず、不気味な存在になっていた。邪魔者になったんだよ、お前は。いいだろう、その決闘受けて立とう」
「では、時は明後日の午後4時。王都から少し南に行ったアザレア平原で」
「分かった。貴様とは決闘で決着をつける」
レオは無言で首肯し、玄関の方を指差した。
カインは舌を鳴らし、リビングから出て行く。




