プランM
盗賊ギルドからの手紙がポストに入っていたので、そこに出向いた。
今、奥のテーブル席でゲバラと向き合っている。
「なぁ、兄弟。どうにも不審な情報が入っている」
「どういったことだ?」
「お前さん、勇者パーティーにいただろ?」
「ああ、まぁな」
「この盗賊ギルドの情報網は、ありとあらゆるところまで及んでいる。ハイランドの王宮もその例外ではない。ある者はスパイとして王国軍に潜り込み、ある者は王宮でコックをしていたりもする」
確かに手の込んだ情報網だ。この辺は、流石盗賊ギルドとしかいいようがない。
オレは受付嬢が運んできた珈琲を口にし、ゲバラを見遣った。
「なんとなくは察した。つまり、ハイランド城で、勇者パーティーの誰かが何かをしでかしたということだな?」
「そういうことだ。まぁ、ここから先を聞きたければ、それなりのものは頂くがな」
ゲバラは親指と人差し指で丸い輪作った。
「それは分かっている。情報料ならちゃんと払うから本筋を言ってくれ」
「よし、いいだろう。これは王国軍の兵士となり、こちらに情報を送ってくれている者から聞いたことなんだが」
そこでゲバラは咳払い。そうしてから、話を続けた。
「レオという格闘家と、勇者カインの仲がどうやら険悪になっているらしい。二人が口論しているのを、うちのスパイが目撃した」
「そう、なのか?」
「ああ、そうだ」
「それ以上の探りは……たとえば、二人がどんな口論をしていたのか分かるか?」
「その点は不明だ。ウチのスパイも二人が言い争っているのを、わざわざ立ち止まって聞き耳を立てる訳にもいくまい。そんなことをすれば、怪しまれちまうからな」
「成程」
オレは両手を組み、顎の下に置いた。
会話の内容が不明なのは痛いが、いい情報を手に入れることが出来た。
勇者パーティーの二人が仲違いしてくれるのは、こちらとしても大いに結構だ。
レオは、オレの敵でもあるが、恐らくアイツは、一対一の正々堂々とした勝負を挑んでくるだろう。
対して、カインはどんな卑怯な手でも用いてくる。
つまり、マリーの時のように、カインとレオが徒党を組んで襲ってくる可能性はかなり低い。
だが、それでも二人の仲が険悪になることは喜ばしい。
話の持っていきようによっては、オレとレオが一時休戦し、カインを討つことだけに集中できるからな。
オリハルコンの鎧やククリナイフを取り戻した今なら、カインと互角の勝負が出来る。
オレは立ち上がり、テーブルの上に20万ダラーを置いた。
「珈琲ご馳走さん。なかなかタイムリー情報だったぜ、ゲバラ」
「ああ、毎度。これからも盗賊ギルドをご贔屓にしてくれよ」
オレは笑顔で頷き、ギルドから出た。それから自宅へと戻っていく。
自宅の鍵を開けて、中に入り、2階の自室へと戻った。そこで心の中にいるルナに語り掛ける。
(なぁ、ちょっと頼みがあるのだが)
(分かっている。私にレオとカインの様子を探ってこいと言いたいのだろ?)
(ご明察。いくらオレが変装したり、声音を変えても、ハイランド王城や王国軍の中に潜入するのは、厳しいものがある。その点、ルナなら<ステルス>の魔法で、どこへでも容易に忍び込めるからな)
(ククク、いいだろう。カインかレオを殺すことが出来たら、貴様の魂がより黒く濁っていくからな。それが私のよりよい糧になる。その為ならば、協力することは惜しまぬ)
(そうか。それじゃあ頼むよ。ところで、レオのオヤジとカインの顔を知っているか?)
(勿論だ。魔王討伐に行った時、勇者パーティーと一緒になったではないか。一度会った者なら、そいつの気配を辿り、居場所を確定させることも出来る)
口笛を鳴らした。これはなんとも心強いことだ。
(では早速、王城へ向かい、カインの様子を探るとするか)
ルナがずぶずぶとオレの体内から這い出て来た。
コイツは何度も経験していることだが、なんともいえない違和感がある。
「頼んだぜ、ルナ。――と、お前と連絡を取るにはどうしたらいい? 念話が出来る<魔法の棒>を互いに一本ずつ持つことにするか?」
「そのような面倒事などする必要もない。私が今、この部屋に魔道ビジョンを作っていく。そのビジョンに、私の視覚と聴覚とを直結させておく」
ルナはそう口にすると、手をかざし、魔道ビジョンを作った。
ルナがオレの方を向くと、ビジョンの中の映像がオレの顔を映し出していた。彼女が窓の方を向くと、窓が映し出される。
こんなことも出来るのかと、驚愕した。
ルナは<インビジブル>の魔法を唱え、姿を消す。
そして、窓を開け、そこから飛び立っていった。
それからものの数秒。
魔道ビジョンにカインの後ろ姿が写った。
彼の背後には、土のグランドで盾と木刀を持った兵士が稽古をしている。このことから察するに、ここは王都にある王国軍の施設の中なのだろう。
それにしても、やはりルナは恐ろしい奴だな。ここから王都の訓練施設までものの数秒で着いてしまうのだからな。
そこをカインが歩いて行き、剣の稽古をしている場所から素手で相手を投げ飛ばしている区画に来た。
ここは格闘教練をしている区画なのだろう。
そこで兵士たちに発破をかけ、笛を鳴らしているレオの姿が写った。
「おらおら! もうへこたれたか、お前等! 戦場では、剣が折れたら、敵の剣を奪わなければならない。近くに剣が転がっていなければ、敵兵を格闘術で打ち倒し、剣を奪わなければいけないんだぞ! それが分かっているのか?」
レオの低くてうなるような声が聞こえてくる。
生徒達は「はい、レオ先生!」と大声を張り上げた。
カインが近寄って来ても、レオは無視している。
そこでカインはレオの肩を叩いた。
「ちょっといいかな、レオ?」
「教練中だ。出直してくれ」
「いや、時間は取らせない。ほんの10分ほどでいいんだ」
レオは苦い顔しつつ、大声を出した。
「10分間休憩! オイラはちょっと席を外す。その後また、お前等をしごいてやるからな!」
「はい、先生!」
生徒達がレオの言葉に応える。
それからレオは、格闘教練をしている場所から離れ、人気のないグランドの隅に来た。
「用件はなんだ、カイン? まぁ、大体分かっちゃいるがな。どうせ一昨日の話を蒸し返しに来たんだろ?」
「そういうことだ。なぁレオ。ついにマリーまでもクリュッグの奴に討たれてしまった。こうなったら、彼女の弔いのためにも、二人で手を組んで、クリュッグに天罰を下そう」
「ハッ! お前お得意の徒党を組んでクリュッグをボコるってやつか? そんな卑怯な話には乗れないな」
「しかし、現に奴は僕達の仲間――トレモロ、キュア、マリーに手をかけた。奴に復讐しない手などない」
「そうはいってもなぁ、カイン。そもそも、クリュッグを裏切ったのはオイラ達が先だ。王からの褒美もなければ、地位も与えられなかった。魔王を討伐した英雄が一転、王から蔑まれた」
レオは禿げ頭をつるりと撫でた。そうしてから、言葉を継ぐ。
「それだけではなく、奴は装備を取り上げられ、挙句、民衆の前で見せ物のように打ち据えられ、ボロボロになった。身も心までもな。その屈辱はいかばかりか。もし、オイラがあの時のクリュッグの立場になったなら、切り捨てた元の仲間達に復讐を誓っていただろう。アイツと同じようにな」
「なんだ、レオ? やたらとクリュッグの奴に同情的だな。さてはお前、この僕にではなく、奴に肩入れするつもりだな?」
レオは呆れたように溜息をつく。
「またその話か。オイラがクリュッグに肩入れしようなんて気持ちはねぇよ。つか、オイラもカインもクリュッグから狩られる立場にいるんだよ。しかし、奴がオイラに牙を剥いてきたら、当然応戦はする。だが、オイラの方からは当面手出しはしない。それに、奴とケリをつけるとしたら、一対一のタイマン勝負だ。逆にそのくらいの矜持すら持っていない奴は、男の戦士とは言えないな」
「では、僕は男の戦士ではないと?」
「そこまでは言わねぇが、ちょっとやり方がみみっちいじゃないですかね、勇者さんよ」
「ぐっ! やはり今日も平行線か。これでは話にならない。失礼する。だがレオよ、考えておけ。僕につくのがいいのか、クリュッグにつくのが得なのかをな!」
カインはレオに背に向け、歩き出した。
レオは王国軍訓練施設の格闘場に戻っていった。
カインはそのまま施設を出て、王城に向かった。
王城に着いてから、一人の近衛兵が近づいてくる。見たことのない顔だ。きっとカインに忠実な部下なのだろう。
「どうでしたか、カイン様。レオ様との話し合いは?」
「今日も駄目だった。アイツとは平行線だ。――いや、ひょっとして、奴はクリュッグの側に付くかもしれない」
「そうなったら大事ですね。それに、私にはどうもレオ様の腹の底が見えません。それがどうにも気になります」
「確かにな……僕にも奴の腹の底が見えない……」
カインは一瞬沈黙した後、部下を睨んだ。
「こうなっては仕方がない。プランMでいく」
「そうですか……レオ様の腹の底が見えない以上、それもやむなしですね。万一、レオ様が国賊であるクリュッグ側に付いたら大事ですから」
「その通りだ。では、プランMを決行しろ。準備は出来ているな?」
「は! 抜かりはありません!」
近衛兵が背中を伸ばし、カインに敬礼する。
カインはそのまま王城の奥の方へと歩いて行った。
オレはルナの視覚と聴覚送られてくる魔道ビジョンの映像を見ながら、苦い顔をした。
プランMとは一体……
どうにも気になるな。




