宝物庫へ
次に行動すべきは、王都の博物館の宝物庫にある自分の装備品を奪い返すことだ。
そうしないことには、防御力の高いカインやレオとも勝負出来ない。
盗賊ギルドに依頼し、博物館に関する報告書も入手した。
博物館の見取り図と警備員の配置やシフト表等が克明に書き込まれている。
まずは下見を兼ね、王都サラトガの博物館へと<念写>のスキルを持つ魔法使い兼、盗賊のサリーと共に出向いた。
無論、オレは抜かりなく女性に変装をしている。
入口にあるチケット売り場でも、その近くにいる警備員にも疑われることなく、入館できた。
博物館の中にある王族の王冠に目が奪われてしまう。金で出来ていて、宝石の装飾が施されている。
だが、今はお宝を盗みに来たのではない。
警備員がどのように配置されているか、下見に来たのだ。宝物に時間を取っている暇などない。
博物館の中程に扉があった。その前に二人の警備員が立っている。
ギルドの報告書によると、あの扉の先は地下に続いている。そこが宝物庫になっているようだ。
そこには、オレが王から取り上げられた伝説級の装備――どれもオリハルコンで出来たアサシンの装備があるはずだ。
1階の警備員は、4名ほどいる。そのうち、2名が宝物庫へと続く扉の前に常駐している。
あとの二人は1階の奥と、入口付近にいるので、中程にある扉からは離れている。
2階へと続く階段は吹き抜けになっており、中二階にはベンチがあって、そこで休憩が出来るようになっている。
吹き抜けの中二階から下を覗くと、1階が見える。そこから宝物庫前の扉が見え、警備員の姿を見て取ることが出来る。
丁度いい場所を見付けた。
ここからなら、警備員の真横に位置することが出来る。
警備員から見て、上方の真横は死角となる。こちらの方を向き、見上げなければ、まず視界には入らない。
しめたものだと思いながら、脇にいるサリーに声をかけた。
「済まないが、1階の奥にいる警備員の顔を念写してきてくれないか?」
「分かりました。そのくらいならお安い御用です」
サリーは、中二階から1階へと向かって行った。
オレは一応2階へも上がってみる。ここには奥の展示物の前に二人の警備員がいるだけだった。
この位置からでは、中二階を見ることが出来ない。
そうして、一通り博物館を眺めて回ってから、サリーと共に外に出た。
サリーから写真を受け取り、彼女に報酬を渡して、そこで別れる。
これならばいけそうだと確信を得て、帰路についた。
そして翌日。
オレは、自宅の衣裳部屋で警備員の服を見付けた。
王都の警備員は、皆同じ制服を着ているので、予め用意しておいて良かった。
尤もこの衣裳部屋には、あらゆるケースを想定して、様々な服が用意してあるのだが。
まずは警備員の制服を着て、その上にぶかぶかのロングコートを羽織った。これでコートの下に制服を着ていることを上手くカムフラージュ出来る。
それに今は晩秋なので、コートを着ても、なんら不自然ではない。
そして、念写した写真を見て、1階の奥の方に立っていた警備員の顔へと<変装>のスキルを駆使し、似せていく。
顔の輪郭と目と唇を変形させた。あと、警備員は鷲鼻をしていたので、そこは付け鼻をすることにした。
姿見を見ると、奥にいた警備員の顔とそっくりになっていた。
それと、身長がオレより高かったので、それに合うように背が高くなる靴を履いた。
これで変装は完璧だ。
あとは、腕に仕込みナイフを忍ばせ、ポケットに付け鼻とヘアピンと煙幕玉を入れた。
そして、冒険者のリュックに吹き矢をしまう。矢には、たっぷりと塗られた痺れ薬が塗られている。
入口を通る際、疑われないように、念の為丸い形の伊達眼鏡をかけた。
これで準備万端だ。
オレは家から出て、王都へと向かった。
王都に着き、博物館に行く。
特に誰からも怪しまれることなく、博物館に入場できた。
今日は特別展示展なども催されておらず、来場者はぼちぼちといったところだろうか。
多過ぎず少な過ぎず丁度いい感じの人入りだ。
そのまま階段を上り、中二階にやって来る。
ベンチで休んでいる人もおらず、ここに人気はない。
そこから覗き込んで見ると、眼下に二人の警備員の姿が見えた。その周辺に客はいない。
いいタイミングだ。
オレは冒険者のリュックから吹き矢を取り出し、コートを脱いでから中にしまった。鷲鼻の付け鼻をつけ、1階奥にいる警備員と同じ容姿になる。
リュックと吹き矢を手に持ち、中二階の手摺に行く。手摺の隙間から吹き矢を出し、階下の真横にいる一人の警備員の首筋を目掛け、矢を放った。
リュックの中に吹き矢を突っ込み、それを手に持つ。そして、間髪おかず中二階の吹き抜けから宝物庫の扉がある後方の壁へと跳躍した。
「お、おい! どうしたんだ、しっかりしろ!」
「と、突然体が痺れて……ど、どうなってやがるんだ?」
壁の向こう側から声がする。
リュックをその場に置き、オレは何食わぬ顔をして、宝物庫の方へと駆けた。
「一体何の騒ぎだ?」
奥にいる警備員になりすましたオレは、声をかける。
「あ、相棒が突然体の不調を訴えて」
一人の警備員が応じる。
「これはいかんな。見ろ、身体が小刻みに震えているぞ」
「そ、そうなんだよ。悪い病気じゃないだろうか?」
「すぐに医者に診た方がいい。ここの警備はオレがしておくから」
「そ、そうか。そうしてくれると助かる」
警備員は、痺れて体を痙攣させている相棒の警備員を背負い、「それじゃあ、よろしく頼む」と言い残し、去っていった。
オレは彼等の姿が消えるまで見届けると、裏手の壁に行き、リュックを回収して、すぐに扉の前に戻った。
早速ポケットからヘアピンを取り出し、扉の鍵をピッキングした。
ヘアピンを動かしていると、カチリと手応え。
扉を開け、地下へと続く階段を駆け下りた。
宝物庫の中は燭台の上に蠟燭一本しか立っておらず、薄暗い。そして、その蠟燭を手に取り、周囲を見渡しながら、奥の方へと行く。
2,30歩も歩いただろうか。
オレの装備品があっさりと見つかった。
まずは警備員の上着を脱ぎ、リュックの中に押し込み、オリハルコンで出来たアサシンの鎧を着た。
あとの装備品は杜撰にも、棚に突っ込んである。
アサシンの篭手、オリハルコンのククリナイフと投げナイフ。それにオリハルコンのラウンドシールドを回収した。
オリハルコンが編み込まれているアサシンのパンツだけは、王に取り上げられなかったので家にある。
これで全ての装備が揃った。
オレは鎧の上にぶかぶかのコートを羽織り、投げナイフとククリナイフ、それに篭手をリュックの中に押し込んだ。ラウンドシールドだけは隠しようがないので、左の前腕に括り付けた。
そして、元来た道を戻り、燭台に蠟燭を戻し、階段を駆け上がる。
この間にかかった時間は10分くらいだろうか。
そっと扉を開け、館内の様子を伺う。
周囲に誰もいないことを確認し、扉を開けた。
館内に出てから、扉に背を預け、ヘアピンで鍵を閉める。
後ろ向きなので、中々上手く閉まらない。
今にも片割れの警備員が戻ってくるのではないかと思い、心臓がバクンと鳴った。
見知らぬカップルの客が脇を通り過ぎていくが、特にこちらに気に掛ける様子はなかった。それでも心音が高鳴っていき、冷や汗が額に滲んだ。
まだかまだか。
焦れながら鍵穴を弄っていると、どうにか鍵が締まった。
客や警備員の目を注意しながら、周囲を見回す。少しだけ待つと、客足が途絶え、空白の時間が来た。
オレは早足で階段を上り、2階へと昇った。そして、そのままトイレに急行する。
1階のトイレには窓があったが、盗難防止のためか、鉄格子で覆われていたが、2階にはない。2階のトイレから地上までは、ざっと見て8m位の高さがあるので、こちらの方には鉄格子を付けなかったのだろう。
このことは昨日の時点で、確認済み。
オレは引き戸になっている観音開きの窓を開け、そこに立った。
隣は民家であり、ここから10m以上先にその家の屋根がある。
オレは窓から跳躍し、楽々と民家の屋根の上に飛び乗った。
そうして、隣の家、隣の家の屋根へと駆けながら飛び移っていく。
屋根伝いにやって来ると、街の端に出た。
マリーを襲撃した時と同じように、先には水堀がある。
そこで、日が暮れるのを待った。
辺りが宵闇に包まれた頃、オレは助走をつけ、跳躍し、躊躇なく堀へと飛び込んだ。
そして潜水したまま水を掻き、向こう岸につくと水面へと出た。
向かい岸の堀に手をかけ、ヤモリのように登っていく。
こうしてようやく伝説級の装備を取り戻した。これでカインとレオともやり合える。
今回の手際はまずまずだろう。
オレの遺留品を現場に一切残してこなかったので、まずは合格だ。
それに、あんな杜撰にオレの装備品が置かれていたのだ。
当分の間は、装備品が盗まれたことに、誰も気付きもしないだろう。
オレは街道を避け、そのまま林の中を駆けて、オットーの街へと戻っていった。




