仲裁
丁度その時、怒声が聞こえてきた。
「その喧嘩、ちょっと待ったーーー!」
獅子のような咆哮が耳に入る。
その声がする方を見ると、レオが叫びながらこちらに走っていた。彼は背中にチノを負ぶっていた。
「レ、レオか。しかし、どうしてここに?」
カインも狼狽え、攻撃を止めた。
オレは近づいてくるレオからチノを引き取った。
「この勝負はオイラが預かる。だから、マリーにヒールをかけてやってくれないか?」
「あ、ああ」
オレはマリーの元へと駆けた。
レオはそのまま呆然としているカインの元に行く。
そして、レオはカインの前に仁王立ちし、大きく振りかぶった。
「この馬鹿野郎が!」
レオの拳がカインの兜を痛打した。
その一撃で、カインはよろめく。
「ったく。お前とマリーの非番の日が重なったから嫌な予感がしてお前等のあとをつけてみたら、案の定これだ。二人で徒党を組んでクリュッグ一人を討つなんざ、最低の行為じゃねーか。ああ、勇者カインさんよ!」
「……そこをどけ、レオ。オレはクリュッグの奴にトドメを刺す」
カインはギラリと鋭い眼光をレオに飛ばした。
「全く、恋人を見捨ててまで、ケリをつけようとか頭が沸いてやがるぜ。カインよ、それでもやれるもんならやってみな。だが、今日だけはオイラはクリュッグの側に付く。三対一でどうにか出来るのかな、勇者さんよ!」
レオは吠えた。
その迫力に負けたのか、カインは剣を収めた。
「あああああああ! 痛い! 血が……血が止まらないよぉぉぉ!」
オレの前には動脈を押えたマリーがのたうち回っている。
「クリュッグよ。ここは矛を収めてくれねーか。兎に角、マリーの治療を頼む!」
レオが大声が耳に入ってきた。
確かにこの場は、勝負を預けた方が良さそうだ。どうせオレの装備では、カインの勇者の装備に傷一つ付けられないのだから。
「分かった」
オレはレオに返事を返し、チノに頼んだ。
「チノ、この人にラージヒールをかけてやってくれ」
「分かりましたのです」
チノは檜の棒を掲げ、詠唱をする。
それが終わると「ラージヒール!」と呪文を唱えた。
すると、マリーの手首の傷がみるみる塞がっていき、出血も止まった。
ただそれでも、マリーは真っ青な顔をして動けない。
きっと出血多量だ。すぐに街の医者に運び込んで輸血をしないと、手遅れになる。
レオが走ってこちらにやって来た。ゼノンとカインも後に付いてくる。
「遅れて済まんな。お前等が街の東に行くのを見て、このサムサラ草原に向かうだろうと予測できた。それからオイラは街に戻り、万一怪我人が出たことを考え、優秀な僧侶であるチノちゃんを探しに行った。教会で彼女を見付け、急いで草原に来てみたら、案の定この有様だった」
レオは一頻り喋った後、大きく嘆息した。
「なんにせよ、大怪我をしたマリーを助けられて良かったよ」
レオは安堵した様子でマリーを見遣った。
「だが、このままなら彼女の命は危ない。急いで街の医者に連れていき、早く輸血をしなくては」
「ああ、そうしてくれないか、クリュッグ。マリーもお前の敵だろうが、どうか今日だけは堪えてくれねぇか? ここは一つオイラの顔を立ててくれよ。この通りだ」
レオは深々と頭を下げた。
ここは彼の提案を飲むしかないだろう。
どちらにしろ、こちらの武器ではカインの勇者の装備は打ち破れない。
逆に勇者の剣から繰り出される攻撃を喰らってしまっては、致命的な一撃となってしまう。
今は圧倒的に不利な状況。
悔しいが、この場は勝負を切り上げるのが、賢い選択だろう。
だが、オレの装備品を博物館から取り返したら、必ず……
オレはカインを睨んだ。
奴もオレを睨んでいる。
お互いの視線がぶつかり、放電した電流のように宙空で火花が散った。
オレはカインを睨んだまま、マリーを背中に負ぶった。<韋駄天>のスキルを駆使すれば、すぐに街の医者まで行くことが出来る。
そのまま駆け出そうとすると、カインが立ち塞がり、剣を抜いた。
「やはり、貴様は死ね! クリュッグ!」
大上段に剣を構えたカインの前に行き、レオは再び彼の顔面を殴打した。
怯んで剣を落としたカインの腕を取り、レオは奴の関節をきめた。
「ぐ、くくっ! 離せ、レオ!」
「この馬鹿が! 恋人を見殺しにしてまで、クリュッグを討つ必要がどこにあるんだよ!?」
オレは二人の脇を素通りしていく。
その時、レオに声をかけられた。
「この馬鹿勇者は、オイラが責任を持って王都まで連れ帰る。その後で、お前等が一対一でやり合うのなら、オイラはもう干渉しない。好きにやってくれ」
「ああ、分かった」
レオにそう返した。
それから振り返り、ゼノンに向かって声をかけた。
「済まないが、チノを連れてセントラル病院まで来てくれ。そこで落ち合おう」
「分かった。後で合流しよう」
それだけ言い残すと、マリーを背負いながら、韋駄天を飛ばし、街道を疾走していく。
今日の勝負はレオに預けたが、次はそうはいかない。
次に攻撃を仕掛けるのは、オレの番なのだから。
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