花言葉
また映像が切り替わった。
そこは城の二階部分の外れにあるテラスだろうか。人気のない寂しい所だなと感じていたが、一人闇に蠢く影があった。
そこにもう一人、人が入ってくる。月明かりに照らされ、人相が明らかになった。シャルロット王女だ。
「クリュッグ、どこですか? 貴方から夜中にここに来るよう手紙で呼び出されたので、来てみましたが」
シャルロット王女はしんと静まり返ったテラスを見回している。
物陰からすっと一人の男が出てきた。それはカインだった。
「あら、カイン? どうしたのですか、この様なところにいて。私はクリュッグから呼び出されたはずなのですが」
「ああ、その手紙ですか。それはクリュッグが書いたものではありません。僕が魔法使いのキュアに代筆してもらったものです」
「で、でも。この筆跡はクリュッグのものです」
「ああ、それですか。確かにクリュッグの筆跡と酷似していますね。なにせ、キュアのスキル<筆跡>を使い、クリュッグの筆跡に似せたのですから」
カインは口角を上げた。その笑みは醜く歪んでいる。
「用件はなんでしょうか? 私は貴方などに用はありませんが」
王女は警戒しながら、キッとカインを睨んだ。
「いえ、大した用ではないのですよ。ここで貴方には死んでいただく。ただそれだけです」
「な! だ、誰か!」
王女が叫ぼうとしたその刹那、カインが瞬時に動き、手にしていたアサシンダガーで彼女の喉を突いた。次いで、心臓を貫く。
王女はそのまま前のめりに倒れた。
カインは返り血を浴びた衣服を脱ぎ、リュックの中に押し込んだ。そして、リュックから着替えを出し、身綺麗な格好をして、そのままテラスの端からゆうゆうと去っていった。
「か、カインの奴、なんてことをしやがる!」
魔道ビジョンを見ていたオレは思わず怒声を上げた。
「ただ単に、アンタが邪魔だったのさ。カインはSSクラスの勇者。元から、SRクラスのアンタのことが、嫌いだったのさ。奴は自分より、ちょっとでも秀でた者を妬むからね。アンタがとんとん拍子に出世していることに我慢がならず、アンタを失脚させようと凶行に及んだってわけさ」
ルナが応じた。
「そ、それにしたって、何もシャルロット王女をあんな目にあわせなくても……」
「この30分後、見回りに来た衛兵が、死んでいるシャルロットを見付ける。それで、城は蜂の巣をつついたような騒ぎになる」
「当然そうなるよな……」
「それで、翌日アンタは牢獄に投獄された。王の命によってな。シャルロット姫を守り切れなかったという罪状で」
「まぁそうなるだろうな。なんたって、オレは王女付きの護衛警護をしていたのだから。当然、王女が死んだ責任をとらされるだろう」
「そういうことだ。どうする、クリュッグ? 先を見てみるか?」
ここまで見せられて、止める手はない。続きを見たいに決まっている。
「ああ、頼むよルナ」
「オーケー」
ルナが指さすと、魔道ビジョンの止まっていた映像が動き出す。
オレは薄暗く、じめじめとした牢獄の中にいた。そこに番人が巡回にやって来る。
「ほら、飯だ」
番人が粗末な食事をオレに差し出した。
「ありがとう。それで頼んでいた件を調べてもらえたか?」
「ああ、あれな。分かったぜ」
「そうか。なんだったんだ、赤いチューリップの花言葉は?」
「まぁ、『愛の告白』やら『真実の愛』、『永遠の愛』って意味らしいな」
「そ、そんな……」
オレは番人から受け取った鉄の皿を手からこぼした。
「ああ、勿体ねぇな。落としても、もう晩飯は持って来てやらねぇぞ!」
番人は怒鳴りつけ、そのまま去っていった。
オレは両膝を折り、牢屋の床に崩れた。そして、ぼろぼろと涙をこぼす。
「済みません。済みません、シャルロット王女……純真な貴方を守ってやれなかったなんて……しかも、こんなオレを愛してくれていただなんて……」
突如、立ち上がったオレは「うおおおおお!」と叫びながら、牢の壁を何回も殴った。拳から血が噴き出しても殴り続けた。
きっと自責の念に捕らわれ、やり場のない怒りに燃えているのだろう。
オレならこんな牢屋の鍵など、簡単に開けられるのだろうが、そうはしていない。きっと、王女の死に責任を感じ、自ら甘んじて罰を受けているのだろうと感じた。




