シャルロット王女
場面は変わり、謁見の間。
オレは王の前に跪いていた。
「クリュッグよ」
「はは! 我が賢明なるハイリッヒ王」
「其方が先日倒したスーツ姿の三人の男は、やはり隣国のパルス共和国が放ったスパイであった。なんでも奴等の目的は、姫の命を奪うことだったいう。其方が奴等を討ち果たさねば、娘の命は危うかった。礼を言うぞ」
「はっ、勿体なきお言葉に」
「此度の働きに、100万ダラーと金の延べ棒50個を与える。より励み、これからも我が娘シャルロットを守ってくれ」
「ははっ!」
オレは王に平伏している。
謁見の間には、近衛兵達が並んでいた。その内の一人、カイン近衛兵長がオレを睨んでいた。憎しみのこもった目をしながら。
王が退席からオレは立ち上がり、カインの元へと行く。奴の表情はガラリと一変し、人の良さそうな笑みを浮かべていた。
「やぁ、クリュッグ。お前の活躍は、我がことのように嬉しいぞ。それにしても、シャルロット姫を狙う賊をよく倒してくれたな。立派だぞ!」
「ん、いやなぁに。たまたまだよ。それよりもカインの方がよっぽど武功立てているじゃないか。オレもお前の親友でいられて誇らしいよ」
お互いに笑顔になりながら、グータッチを交わす。
「それじゃあ、またなカイン」
「ああ」
オレが去っていくと、カインはみるみるうちに不快に歪んだ顔になり、床に唾を吐いた。
「フッ。しかし、クリュッグの奴の出世街道もここまでだ。なんたって今夜、悲劇が起きるのだからなぁ。とんでもない悲劇が!」
カインは高笑いをした。
また魔道ビジョンの中の映像が切り替わる。
ここは城の中庭だろうか。綺麗にガーデニングされた色とりどりの草花が整然と並んでいた。
そこに、花を愛でている女性が一人。
気品溢れる純白のドレスを纏った、見目麗しい美少女。彼女の頭の上には、黄金のティアラが輝いていた。
「シャルロット姫様ー。御用とはなんでしょうか?」
爽やかな笑顔をぶら下げた好青年――つまり、オレが王女に走り寄っていく。
しかし、何なのだこの好青年っぷりは。これが違う世界線とはいえ、自分だと思うとイラッとくるな。
「あ、あの、その……」
シャルロット王女は顔を朱に染め、もじもじとしている。
「ああ、シャルロット姫様。貴方はチューリップが好きだったのですよね」
「あ、はい……」
王女の後ろには、色鮮やかで、花弁が丁度良い具合に開いているチューリップが咲いていた。
オレは「ちょっと失礼」と言って、腰に巻いたホルスターからナイフを取り出し、赤いチューリップを根元から切っていった。
「はい、どうぞ」
5,6本のチューリップを一掴みにし、王女に手渡す。
「あ、はい。あの……ありがとうございます。クリュッグ様から花を頂けるなんて、私嬉しいです」
「いえいえ、どうもいたしまして。それにしても、城の庭に咲いているチューリップを切り取ってしまって。庭師のコイルズ爺さんから怒られそうだ」
「それでも……貴方が下さった物なら嬉しいです」
「いえ、そんな。暇が出来たら街の花屋まで行って、王女様のためにちゃんとしたチューリップの鉢植えを買ってきますね」
オレはにっこりと笑いかけた。
王女は、はにかみながらチューリップを抱きしめている。
「して、姫様。オレに御用とはなんでしょうか?」
「あ、いえ……その……」
「あ、分かった。たまには一緒に花でも愛でようと、オレを呼んだのですね?」
「あ、はい。そ、その通りです」
「そうですか。お心遣いありがとうございます。たまにはこうやって花を見ると、心が癒されますねー」
「そ、そうですよね」
それから暫く中庭の草花を眺めて、二人で王宮に戻っていった。
そこで魔道ビジョンの中の映像が別の場面を写した。
タキシード姿のオレが、部屋の中に入ってきた。薄暗い部屋が明るくなる。きっとランプに火を灯したのだろう。
「ふぅ、今日の公務も無事に終えたな。姫様を無事に部屋まで送り届けたし、問題はないだろう」
オレは蝶ネクタイを外し、襟元を緩めた。
と、テーブルの上に赤いチューリップの鉢植えが乗っていた。その隣には、メッセージカードが添えられている。
ソファーに腰を下ろし、メッセージカードを読んでいく。
一昨日は、私を敵国のスパイから身を守っていただき、ありがとうございます。
そういえば、クリュッグ様が私の警護につかれたこの3か月、色々とありましたね。
貴方にお世話になりなりっぱなしで、どのように礼を申していいのやら分かりません。色々と愚痴とかも聞いてもらっていますし。
私が愚痴を言っても、貴方はにこにことした顔で、励ましてくれていましたね。
お世話になっている貴方に、赤いチューリップを送ります。
その花言葉が、昼間貴方に対して私が言えなかった気持ちです。
どうぞ花言葉をお調べ下さい。
シャルロットより
メッセージカードにはそのように書かれていた。
「赤いチューリップの花言葉ねぇ……なんだろうな? 明日、庭師のコイルズ爺さんにでも聞いてみようか」
オレは呑気に欠伸をして、タキシードを脱ぎ、寝巻きに着替えた。そうしてから、部屋の明かりを消す。
どうやらベッドの中に入ったようだ。




