もう一つの未来
ベッドの中に入ったが、目がさえて眠れない。
ゴブリンがいた洞窟のことを思い出していた。
今になってセリーヌの言葉が引っ掛かっている。
確かに昔のオレなら、彼女の言う通り、少年の死に手を合わせるくらいはしていただろう。だが、少年の躯を見ても、それすらもしなかった。それ以前に、心がまるで動かなった。
親の言いつけを破り、森に入った少年の自業自得だと思っただけだ。
しかし、オレはそこまで冷徹な男だったのだろうか。或いは、ルナのせいで本当に悪魔にでもなってしまったのだろうか。ルナの奴に魂を侵食されているのではないだろうか。
疑問に感じていると、ルナがオレの体から這いずり出てきた。
「はぁい、調子はどう?」
「いや、生憎と気分が良くない。なぁ、ルナ。オレの魂はやっぱり薄汚れているのか?」
「そりゃまぁね。けれども、私から言わせてもらえれば、もっともっとアンタの魂は黒くなってもらいたいところだわ。そうでなきゃ、アンタを生かしておいた意味がないからね」
「生かしておいた? おい、ルナ。一体それはどういう意味なんだよ」
尖った声に、ルナはやれやれと手を上げた。
「まぁもう説明してあげてもいいか。アンタは仲間から裏切られなきゃ、死んでいたんだよ。もし、アンタが死んでしまったら、黒く染まった心を食えなくなっちまうからね」
仲間から裏切られなければ死んでいた?
どう意味なのだ。全く分からん。
オレは首を傾げる。
「こうなったら一から説明してあげるか。ねぇ、クリュッグ。魔王を討伐した後、ノイック村を出て、歩いている所に城から使者が来たことは覚えている」
オレは無言で首肯した。
「実は王が使者を出す前、私が王の心を操って、彼を心変わりさせたのさ。実はあの時、王宮の中で、空いている爵位とそれに相応しい役職は7つあったんだ。丁度、勇者パーティー全員分の椅子があった。それを『空いている椅子は6つしかないんだよ』って、王に暗示をかけたのさ。そしたら、王の奴、慌ててアンタ達に使者を送ったってわけ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。だとしたら、お前が王の心を操らなければ、実際は全員分の椅子が空いていた。もし、そうだとすれば、オレとパーティーの皆とは仲違いをせずにすんだじゃないのか?」
「そういうことになるね」
「それじゃあ、お前が……なんてことしてくれたんだ! お陰でオレはパーティーから追放される憂き目にあったんだぞ!」
オレはルナに掴みかかった。
ルナはオレを見下すような視線を送る。
「いや、もっと最悪の結果がお前に待っていたのさ」
「何?」
「もし、あのまま私が王の心を操らなくて、お前がパーティー追放もされず、王宮勤めをしていた世界を――まぁ、仮にその世界を世界線Bとでも呼ぼうか。そいつをお前に見せてやろうか?」
「ああ、是非ともお願いしたいところだね」
ルナは頷くと、片手を前に差し出した。
その先にぼうっと映像が浮かび上がり、その中でオレがハイランド城の中で、タキシードに身を包んでいる姿が写った。
「これはオレ……だよな?」
「そう、紛れもなくアンタさ」
「しかし驚いたな。魔道ビジョンをこうも簡単に作れるなんて。パーティーにいたSSクラスの魔法使いのキュアでも、魔道ビジョンを作るのにかなり難儀していたぞ」
「私を誰だと思っている? 大悪魔ルナだぞ。大悪魔とSSクラスの魔法使い如きと比べてもらっては困る」
「で、オレは王宮の中で何をしているんだ? タキシード姿なんかで」
「これはお前が仲間から裏切られなかった一年後の世界。裏切られなかったお前は、王から男爵の地位と、王立軍隊の副将軍の任を与えられた。そこからとんとん拍子に出世して、お前は子爵となり、役職は王女付きの護衛警護をすることになったの」
オレがタキシードを着た子爵となり、王女付きの護衛警護をすることになっただって?
なんだそれ? 全然似合ってねーな。
「この世界では盗賊のアンタじゃなく、勇者の一行にいた時のいい子ちゃんをしたままのアンタだったのよ。品行方正、紳士らしい立ち振る舞いをしている。それが板についていたの」
「想像もつかねーな。たしかに、パーティーにいる時はアサシンだった過去を捨て去り、好青年を演じていた。けれども、今みたいな盗賊稼業の方が気楽だぜ」
そのような無駄口を叩いていると、映像の中のオレが躍動していた。
王女と思しき気品のある女性を身をもって庇いながら、ナイフを投げている。
そのナイフは、スーツを着た3人の胸を抉った。丁度心臓の辺りだ。スーツの男は、そのまま前のめりに倒れた。




