手合わせという名の決闘
「ところで、クリュッグ。この辺に空き地はないか?」
「ああ、それはこの家の近くにあるが。一体どうして?」
「久々にお前と手合わせしてみようかと思ってな」
レオが不敵な笑みを見せた。
「いいだろう。オレ達はどうせやり合う関係だからな」
頷いてから、チノを連れ立ち、三人で家を出た。
路地裏を少し歩くと、うらびれた空き地があった。
「ここなら文句はねーな。人気もないし、手合わせするには絶好の場所だ」
レオはそう告げてから、体をほぐすため、ストレッチを始めた。
オレも入念にストレッチをしていく。
その時、心の中でルナの声がした。
(やれやれ、コイツ等と和解するのではないかと、冷や冷やしたぞ)
(ルナか。それはおじゃんになったから安心しろ。お前の望み通り、復讐は継続だ)
(それは結構なことね。それにしても、この闘士。いかにも腕に覚えがありそう。今のお前の装備では、対抗できないのではないか?)
(ああ、そうだろうな。レオは鍛え上げた鋼のような肉体を持っているからな。オレが持っているアサシンダガー程度では、奴の心臓に切っ先が届かないだろう。下手をすれば、返り討ちだ)
(そうやもしれぬな。なら、私が加勢してやろうか? 二人掛かりでコイツを殺して、その血肉を贄にしようではないか)
ルナが物騒なことを言い始めた。
(それは余計なお世話だな)
(なに?)
(レオのオヤジとは、正々堂々と戦いたい。矜持くらい、悪魔に魂を売ったオレにもまだ残っている)
(矜持などと……つまらぬ感情だな)
(何だと?)
(悪魔にとって、プライドや誇りなど一文の得にもならん。それより、憎き相手を抹殺し、お前にまた貯まるであろう復讐心という黒い感情の方がよほどいい。それこそが、私の糧となる。そして、悪魔はその目的を達成するためなら、手段は選ばない)
悪魔とやらは、徹底した合理主義者のようだ。だが、ここでコイツに抗議をしても無駄というものだろう。
「クリュッグよ。さっきから何をぶつぶつと独り言を呟いているんだ?」
「い、いや。なんでもない。それより、さっさと手合わせとやらをしてみるか」
「応よ」
十分に体をほぐしてから、互いに向き合った。
正対するレオはファイティングポーズを取っていた。隙の無い構えだ。
そこから一歩踏み込んできて、速射砲のようなジャブを連発してくる。
オレの素早さは9999だが、レオも負けず劣らずの速さだ。こうしてジャブを連射されると、躱していくだけで精一杯になってしまう。SSクラスの格闘家は伊達ではない。
<動体視力アップ>のスキルを発動しているのに、完全に見切ることは難しい。まったく、なんて素早い攻撃なんだ。
それに、レオの一撃はジャブとはいえ、火縄銃の弾丸並の威力がある。火縄銃なんかは、連射が出来ないのでまだ可愛いものだ。それに対し、レオのジャブは速射砲だ。
その拳を喰らい、打ち所が悪ければ、死に直結する可能性すらある。
額に冷や汗が浮かんできた。一撃でもレオの拳をもらうわけにはいかない。
こうなると最早、手合わせなんてレベルじゃない。命の取り合い、死闘だ。
レオはジャブの連射から、右ストレート。次いで左ミドルの中段回し蹴りを放とうとする。
蹴りは僅かにモーションが大きい。その隙を付き、オレは一回転捻りの跳躍し、相手の背中に陣取った。
「チィ!」
後ろを取られたレオがすかさず体を反転させ、そのまま裏拳を放ってくる。
よし、取った!
オレはダッキングをして裏拳を躱し、屈んだまま腕を前に突き出す。隙が出来たレオの腹にアサシンダガーを突き立てた。だが――
バキンと甲高い金属音がして、ダガーが根元から折れた。
怯んだオレは後ろに大きく跳躍し、距離を取る。
「SSクラス格闘家が習得出来る<金剛力>のスキルを甘く見てもらっては困るな。<金剛力>は攻撃力アップは元より、防御力も上げることが出来る。己の体を鋼とすることが可能なのだ!」
レオが咆哮し、獅子のような視線をオレに向ける。
買ったばかりのアサシンダガーがおしゃかになってしまった。オレは腰のホルスターからもう一本アサシンダガーを取り出す。だが、これもレオには効くまい。
やはり、奴を倒すには城で取り上げられたオリハルコンのククリナイフでもないと不可能だ。
お互いに視線を逸らさず、じりじりと距離を詰める。
レオがいきなり右ストレートを放ってきたので、反射的にナイフを突き出した。
「もうやめて!」
チノが叫んだ。
その声にお互い伸ばした手がピタリと止まる。
「もう十分だよ。チノは二人が争うところを見たくなくったよ……」
互いに伸ばした手を引っ込めた。
もし、チノの制止を聞かず戦っていたなら、アサシンダガーがレオを刺しただろうが、そのすぐ後に彼の右ストレートをもらっていただろう。
こちらの攻撃はレオの防御力で弾かれ、代わりに右ストレートを食らっていた。レオの右ストレートは、サイクロプスが放つ一撃にも匹敵するほどの力だ。
レオの爆発的な攻撃力に対し、ろくな防具を持たないオレの防御力は圧倒的に劣る。つまり、チノが止めなければ、レオの右ストレートを喰らったオレが、大ダメージを負っていたはずだ。
「まぁ、引き分けってところか。ここはチノに免じて、引いておくぜ。じゃあな、クリュッグよ」
レオはTシャツの上に、上着を羽織り、空き地から歩いて行く。と、少しだけ歩いたところで、こちらを振り向いた。
「そういえば、僧侶のアンナがお前に会いたがっていたぜ。恋人同士だったお前らだ。彼女に会いに行ってやれよ」
そう言い残し、レオは踵を返して、空き地から去っていった。
オレはズボンについた埃を叩き、チノを見遣った。
「心配かけたなチノ。さ、家に帰ろうぜ」
「その前に食堂に行くのですよ。チノを心配させた罰に、食事をたらふく奢るのです」
「わーた、わーた。降参だ。その案、飲むことにするよ」
オレとチノは軽口を叩きながら空き地から去っていく。
しかし、これからの復讐は一筋縄ではいかないだろう。奴等に勝つためには、最上級の装備をどうにかして取り戻さなければいけない。
なんとも険しい道。だが、オレが復讐を選択した時からそれは重々承知だ。
気合を入れるように己の頬を張った。それから、チノの小さな手を握り、路地裏を歩いて行った。
ブクマや評価などがあると、作者のテンションが上がります。
皆様からの応援があると、それを糧に「執筆頑張ろう」と、執筆も捗ります。
ブクマ、評価など、よろしくお願いいたします!
皆様の応援が何よりの励みとなります!




