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レオの来訪

 トレモロの屋敷を襲撃してから一週間経った。だが、オレは衛兵に捕らわれることもなく、平穏に暮らしている。


 オレは自室の壁まで歩き、ターゲットの写真が並んでいる所に行った。ペンでトレモロの顔写真にバツ印を付ける。

 これで残りのターゲットは、国王を除くと5人だ。


 だが、ここからはより気を引き締めていかなければならない。なんたって、相手全員がSSクラスの冒険者だからだ。SRクラスの冒険者はオレだけだが、連中との実力は逼迫している。


 ましてや、オレの伝説級の装備品は取り上げられてしまった。それだけで攻撃力も防御力もガタ落ち。奴等とやり合うには、どうしても王に取り上げられた装備品を取り戻さなければならない。

 それでも、下手をしたら、逆にこちらが討たれてしまう可能性すらある。


 オレは部屋の隅に置かれている「聖なる弓」を見て、にやりと口角を上げた。

 トレモロへの貸しの回収は、これで十分だ。


「ただいまー」


 チノの声。きっと教会から帰って来たのだろう。オレは階段を降り、彼女を出迎えに行った。


「お帰り、チノ。どうだった、教会は?」

「うん、楽しかった。チノ、勉強好きだし」


 教会は孤児院の役割だけでなく、シスターが勉強も教えてくれる。本人にその気があれば、僧侶系の魔法も教えてもらえる。


「今日は何か成果があったか?」

「うーんとね。あ、ヒール。ヒュージヒールの呪文を覚えてきたよ」

「へぇ、それは凄いな。冒険者ランクB以上の魔法じゃないか」

「えへへー。褒めて褒めて」


 チノが甘えるように寄って来たので、頭をかいぐりした。

 それにしても、チノは凄い。まだ13歳なのに、アンチポイズンやヒュージヒールまで覚えてきた。

 きっと僧侶系冒険者の才能があるのだろう。


 チノは月、水、金曜日に教会に行っている。だからその日は、必然的に事務所が休みになってしまう。

 まぁ、その間も依頼が入っていれば、オレがこなすのだが。

 しかし、この状況では近いうちに、オレの助手と受付嬢の募集をしなければならないだろう。


 その様なことを考えていると、玄関をノックする音が聞こえてきた。

 チノが玄関に行き、誰が来たか確認に行った。


 オレは呑気に立ち上がり、釜戸の窪みにある薪にマッチで火をつける。チノが新しい呪文をマスターしたのだ。彼女に珈琲と甘々のお菓子でも振舞ってやろう。

 水の入った薬缶を薪が燃えている釜戸の上に置いた。


「あ、アナタは! 一体、何しに来やがったのです! 裏切り者の貴方が跨ぐ敷居などないのですよ!」

「まぁ、そう固いことを言うなよチノ。馴染みの仲じゃねーか」


 騒動を聞き付け、オレはキッチンから廊下に出る。ここから5mも行ったところに玄関がある。そこにはチノと――格闘家のレオがいた。


「レオか。ちょっと久し振りだな」

「よう、クリュッグ。いやな、お前に話があるんだが、この小さくて可愛いお嬢さんが通せんぼしていて中に入れないんだよ。どうにかしてくれねーかな?」


 勇者パーティーの格闘家のレオ。オレの復讐相手が何故自宅までやって来た?


 そのように思いつつも、チノに声をかけた。


「チノ、どいてやれ。まずは相手の出方――レオの話を聞こうじゃないか」

「話せるねぇ、クリュッグ」


 チノは「分かったのです」と口にして、こちらの方に歩いてきた。その後ろに笑顔をぶら下げたレオが付いてくる。

 オレはレオをキッチンへと誘った。


 キッチンに入ると、薬缶から怒ったように湯気が出ていたので、それを脇に置き、薪の火を水で消した。

 3人分のカップを用意し、珈琲をドリップしていく。それが終わると、戸棚からクッキーとチョコレートを取り出した。それぞれをお盆の上に乗せ、キッチンテーブルへと歩いて行く。


 テーブルの対面同士に座っているレオをチノが無言で睨みつけている。

 オレはお盆をテーブルの上に置き、一つをチノに、もう一つのカップをレオの前に差し出した。


 さて、どういった話なのか。

 パーティーを追い出した一人がどう話を切り出してくるのだろう。


「それにしても、クリュッグよ。オイラを呼び捨てとか、ひでーな。お前はオイラのことを『レオのオヤジ』と呼んで慕ってくれていたじゃねーか」

「まぁ、お前らが裏切らなきゃ、今でも『オヤジ』と呼んでいただろうよ」

「フッ、それもそうか」


 レオは頬を緩めた。


「なぁ、レオ」

「なんだ、クリュッグ」

「チノがな、今日『ヒュージヒール』の呪文を覚えてきたんだ。このチョコレートとビスケットは、それに対してのささやかなお祝いってわけだ」


 オレはチノを見遣った。


「ほぅ、それは凄いな。なぁ、チノ。お前何歳になった?」

「裏切り者のレオなんかに教える口はないのです」


 チノは不貞腐れて、そっぽを向いた。


「やれやれ。取り付く島もなしか」


 レオは両肩を竦めてみせた。


「どうやらオイラは、この家でよっぽど嫌われているらしいな。ほんじゃ、とっとと本題に入るとするか」


 レオは珈琲を一口啜った。

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