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闇から闇へ

 トレモロは振り向きざま、投げナイフを投げつけてきた。それは一直線にオレの顔面に飛んできたが、その軌道を瞬時に見切り、体を横にずらし、それを躱した。

 その反動で、反射的に投げナイフを放つ。


 投げナイフはトレモロの頭部を貫いた。

 そのまま奴は垂直に崩れていく。


 どうやら用心のためトレモロは金庫の中に投げナイフを隠して、それを投げたようだが、浅はかだったな。オレの職業はアサシン。ナイフや短刀の扱いは、お手の物。


 自業自得だな、トレモロ。貴様の命の灯は消えたんだよ。

 お前はオレから多くの物を奪っていった。オレへの貸しは命をもって償うといい。


 誰かが異変を察知したのか、屋敷の中が一気に騒がしくなった。

 扉を鳴らす音が聞こえてくる。


「トレモロ様、大丈夫ですか? トレモロ様?」


 トレモロが雇った部下だろうか、外から扉を懸命に叩いている。

 この部屋に内鍵はかかっているが、このままなら蹴破られるだろう。トレモロの雇ったごろつきくらい始末するのは訳ないが、目撃者は少ないに越したことはない。


 もう長居は無用だ。

 奴への復讐は済んだのだから。


 出窓の破られた硝子窓からそのまま跳躍し、外に出た。

 そして、<韋駄天>を発動し、新月の闇夜の中をひた走っていった。


 影から影へ。闇から闇へとただ駆けていくのみ。

 残る敵は――あと6人。


 オレは暗い森の中を駆けた。

 夜目が利くため、道ではなく森の中に入った。これで道に足跡を残さずに済む。


 前方にぼうっとしたほの暗い灯りが見えた。そこにルナがいた。

 今日は、体の中にルナがいないと思ったが、彼女はインビジブルの呪文で姿を消し、オレをつけていたんだな。


「フフ、友を一人始末したか」

「ああ、そうだな……だが、それでいい」

「クククク。かつての友を殺しておいて、眉一つ動かさぬとは。お前は酷い男だな」

「悪いか?」

「いや、全然。むしろ、その方が私には好ましい。お前のその友への怨嗟の念が、憎悪が、負の感情が。それらは私にとって、なによりの馳走になるのだからな」

「そいつはなによりだ。だが、オレがお前に薄汚れた魂を提供しているのだから、手こずることがあったら協力してもらうぞ」

「ほう。悪魔と交渉をするのか。それは恐れ入った」


 ルナは口角を上げた。美貌ではあるが、その笑みは歪んでいた。不気味な笑顔だ。


「どうする? オレに協力するのか?」

「いいだろう。何より、お前の黒い心は、私の好みだからな」


 ルナは得心するように頷いた。


 今日は相手がパーティーで最弱だったトレモロだから上手くいったが、他の連中は冒険者ランクSSクラスの猛者ばかりだ。

 下手をしたら、命のやり取りになるだろう。


「ほぅ、命のやり取りか。それはいい! もっと、もっとだ。殺してしまえ。友を。無残に殺してしまえ!」

「ああ、まぁな」

「クククク、いいぞいいぞ。そうしたら、お前の魂はもっと穢れていく。それこそが私への最高の贄となる」


 オレはルナの言葉を無視し、彼女の脇を通り抜けた。

 そして、暗闇の森をただただ駆けていった。

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