復讐開始
チノが自室に戻り、彼女の部屋の明かりが消えるのを待った。
そのうち、チノの部屋の明かりが消えた。
懐中時計を見ると、午後10時を時計の針が指し示していた。
「よし、動くか」
オレは軽快に動ける盗賊衣装を着て、腰にホルスターを巻いた。ホルスターには、投げナイフが収められている。
「じゃあ、行ってくるぜ、チノ」
オレはそっと囁き、我が家を後にした。
<韋駄天>を飛ばし、トレモロの屋敷の前まで来る。夜になったせいか、昼間は開いていた鉄条門が閉まっていた。だが、そんなものはオレにとって障害物にもならない。
圧倒的な跳躍力を駆使し、鉄条門の遥か上を飛び越えて行った。
それから<トラップ破り>のスキルを発動させる。アラートの魔法が込められた魔石がぼんやりと青く光って見える。
オレは右中央の部屋へと行く。二階にある部屋から灯りが漏れているということは、トレモロが自室にいるに違いない。
奴の部屋には大きな出窓があった。これはおあつらえ向きだ。
魔石の隙間を通りながら、奴の部屋の真下に着いた。そこから一気に出窓の屋根まで跳躍。そこから間髪入れず、屋根にぶら下がり、身体をスイングさせ、硝子窓を破って一気に部屋に侵入した。
トレモロと目が合った。奴はオレの襲撃に、ただ口をぱくぱくとさせている。
「なっ! お、お前はクリュッグ!」
「よぉ、トレモロの旦那。お久し振り。貸しをな……貸しを返してもらうぜ。たっぷりと利息を付けてもらってな」
「くっ!」
トレモロは背中を見せ、部屋の壁に飾られている「聖なる弓」を手にしようと走り出した。
そこで一閃。投げナイフを放る。
ナイフは奴の足を掠め、床に刺さった。
「動くな、トレモロ! 弓に近づくんじゃねぇ。さもないと次のナイフは、お前の延髄に刺さることになるぜ」
「わ、分かった。頼むから、投げナイフはもう勘弁してくれ」
トレモロはこちらに振り向き、降参するように両手を上げた。
「だ、だけどな、クリュッグ。聞いてくれ。なぁ、僕はパーティーの中で、お前の兄みたいに接していただろ? あ、あれは本心からの行動で……」
トレモロが情けを乞うように語り掛けてきた。何を……何を今更……
何がオレの兄のようにだ! 裏切りやがったくせに!
「フン。そんな言葉はオレに届かないな。城で王に『オレが貧民窟の出で、盗賊ギルドや暗殺ギルドに入り浸っていたワル』だったのだとアンタが告発したんだぜ。裏切り物だよ、アンタは」
「あ、あの時はつい魔が差して……」
「そんな言葉が聞けるかよ。アンタからオレは奪われた。だから、今度はオレがアンタから奪う番だ」
「か、金か? それなら1億ダラーを即金で用意できる。それで勘弁してくれ、クリュッグ」
「ああ、勿論金は頂いていくさ。そこにある金庫の中からな。だが、まずは『聖なる弓』を寄越せ!」
「な! こ、これだけは駄目だ。コイツがないと、僕は、僕はっ!」
「自分の命よりも弓の方が大事なら、そうするといい」
オレはホルスターからもう一本、投げナイフを取り出した。
「オレの投げナイフの腕と<投擲>のスキルは分かっているよな? このナイフをお前の口の中に放るくらい、朝飯前だ」
部屋の煌々とした蝋燭の灯りに、ナイフが怪しく光る。コイツは、人の命を刈り取る死神の鎌だ。
「わ、分かった! 聖なる弓も渡す。渡すから、どうか命だけは」
「賢明だ」
トレモロはいかにも渋々といったかんじで、壁まで歩いて行く。そして、覚束ない手付きで、壁に掛けられていた聖なる弓を取った。
観念したのだろうか、トレモロは緩慢な動作で聖なる弓を皮のケースに収め、奴の机の上に置いた。
オレは机に歩み寄り、革製の弓ケースから出ているストラップを肩から下げた。
「よし、聖なる弓は頂いた。次は金庫の中だ。開けろ、トレモロ」
「はい……」
トレモロはオレに背中を見せながら金庫のダイヤルを回していく。
ロックの解除に成功したらしく、金庫がギギギという重々しい金属音を立て、開いた。
「なぁ、クリュッグよ。もう勘弁してくれないか? パーティーにいた時、僕は色々と君のことを……」
「まだ言うか! 見苦しいぞ、トレモロ!」
「そうか。どうしても僕を許すつもりがないのだな?」
「くどい!」
「ならば……死ねぃ!」
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