内偵
翌日、事務所をチノに任せ、オレは再び盗賊ギルドに出向いた。トレモロの奴がどのようにして魔道センサーを張り巡らさせているか探る必要があったからだ。
盗賊ギルドの扉を開けると、カウベルが鳴った。受付カウンターにいたお姉さんは、オレの顔を見ると、頭領のゲバラを呼びに行った。
奥からのっそりとゲバラが現れた。
「ゲバラ。悪いのだがもう一度トレモロの屋敷の調査を頼みたいんだが。奴が張り巡らせているという魔道センサーについて詳細を知りたい」
「あー、その件か。参ったな……」
「何か問題でも?」
「魔法のトラップ関係に詳しいコトーが、今日から別件の仕事に行っちまったんだわ」
「そうか、それは残念だ。で、コトーの用件はどのくらいで終わりそうなんだ?」
「奴は、エレゴン州で仕事をしている。時間がかかりそうな調査案件だ」
エレゴン州での仕事か。この街からは3000kmは離れているな。と、なるとコトーの仕事が終わるまで随分かかりそうだ。どうやら彼をあてにすることは出来ないようだな。
「それでは仕方がない。オレ自ら、トレモロの屋敷を探るしか選択肢がなさそうだ」
オレはやれやれと両肩を上げる。
「ん、それはマズいんじゃないか? そもそもクリュッグがオレに調査依頼をしたのは、トレモロの奴に気取られたくないからだろ?」
「それはそうだが。しかし、ゲバラよ。お前はオレが変装の達人だっていうことを忘れていないか?」
「フム。クリュッグが変装をして、トレモロの屋敷を探るのか。確かにお前の変装の腕なら、まず誰からも怪しまれることもあるまい」
「ゲバラ、世話になったな。今回の件は、自分で何とかしてみる」
「いや、こちらこそ役に立てなくて済まなかった。無事を祈る」
ゲバラと握手を交わし、そのまま盗賊ギルドを後にした。
慌ただしく事務所に戻り、女装する道具を衣裳部屋で見繕うことにした。職業柄、尾行をするとき等女装をするのに慣れている。
金髪のウィッグを被り、それを三つ編みにしていく。あとは丸眼鏡をかけるだけだ。
あとは盗賊のユニーク・スキル<変装>を発動させ、表情筋を操り、顔の輪郭を丸っこく変えていく。
それと服装は、王立軍事学校の女子制服を着ることにした。勿論、胸にパッドを入れることも忘れない。
そうして変装し、一応姿見でチェックする。
これなら十分に王立軍事学校の女生徒で通用するな。文句なしの女装だ。
「クリュッグ、依頼のお客さんが来たのですよ。どうするのですか?」
チノが衣裳部屋に入ってきた。
「ああ、仕事なら依頼主から用件だけを聞いていてくれないか」
「はぁ、それは構いませんが。しかし、クリュッグの女装がまた出たのですか?」
「出来はどうだ? 女生徒に見えるか?」
「それはもうバッチリなのです。でも、声音が男ですよ?」
「女性の声を出すことなど容易い。盗賊のユニーク・スキル<声音>を発動するだけだ」
「それもそうですね。で、女装をしているということは、仕事が入ったのですか?」
「ああ、野暮用だがな」
「では、今いるお客さんが帰ったら、今日はもう事務所をクローズしますよ?」
「頼んだ」
オレはチノの肩をポンと叩き、事務所から出た。
街の菓子屋でチョコレートを買い求め、ラッピングをしてもらった。
トレモロ先生のことが好きです。
Y.Mより
そのようなメッセージをカードに書き、チョコに添えた。
そうしてすべての準備を終えてから、オットーの街を出た。街道に出て、王都サラトガへと続く道を<韋駄天>のスキルを発動し、疾走した。
王都から少し離れた別荘地に着いた。盗賊ギルドから貰った調査資料にトレモロの屋敷を念写した写真があったので、それを頼りに奴の屋敷を探し当てた。
屋敷の外門は解放されており、そのまま玄関へと向かった。
扉をノックして10秒と経たないうちに、メイド服を着た女性が出てくる。
扉をノックしてから出てくるまでの時間がやたらと早い。恐らく、オレは魔道センサーに触れ、屋敷の中で警報が鳴ったので、メイドが素早くやって来たのだろう。
「当家にどういった御用ですか? お嬢さん」
「あ、あの。ここはトレモロ先生のお屋敷ですよね?」
「そうですが。確かにこの家の主はトレモロ様です」
「で、でしたら、あの。こ、これを先生に渡して欲しいのです」
女子の声音で話すオレは、綺麗にラッピングされたチョコをメイドに手渡した。
「ご主人様にですか。畏まりました。それでは」
メイドはチョコを受け取ると、澄ました顔をしたまま玄関を閉めた。
それを見届けてから、どうして魔道センサーに触れたのか、探ることにした。
<トラップ破り>のスキルを発動させ、丹念に周りを見て行く。
すると、玄関前にぼんやりと青く光る石があった。あれは石に魔力を込めた魔石だ。
トレモロの奴、魔石に<アラート>の呪文を仕込みやがったな。あの上を通ると、警報が屋敷の中で鳴るよう細工されているに違いない。
注目すると魔石からは、垂直にアラートの魔法が伸びている。魔石の上方向に触れたら、アラートが鳴って、即相手に察知されてしまうことになる。
トレモロ自身、魔法の心得はないので、魔法使いのキュアあたりに頼み、アラートの魔力を込めた魔石を作ってもらったのだろうな。
問題は、トレモロの私室だ。奴の部屋は二階の右中央にあったのだと、調査レポートに書いてあったな。
素知らぬふりをして、屋敷の中を見て回った。そして、屋敷の右中央の位置に来た。
目を凝らして見ると、1m間隔で、ぼんやりと青く光る小さな物体を見付けた。あれは魔石だ。
どうやらトレモロの奴、1m間隔でアラートの魔法が込められた魔石を置いているようだな。
こうなると話は単純だ。アラートという厄介な仕掛けも、種が割れてしまえばどうということはない。
オレは魔石の間を縫って行き、2階にある奴の部屋に潜入すればいいだけの話だ。
普段なら魔石は単なる石ころにしか見えないが、<トラップ破り>のスキルを発動させれば、こうしてぼんやりと青く光って見えるので、問題はない。
辺りは夕焼けに包まれてきた。そろそろトレモロの奴が帰宅してきておかしくない。奴と鉢合わせするのもなんだし、とっととお暇するとしよう。
オレは屋敷の正門から堂々と外に出て、オットーの街へと帰った。
魔法の種さえ分かればこちらのものだ。奴への復讐は、今夜決行する。
罪の償いは、早ければ早いほどいいだろう。
帰宅するとチノが出迎えてくれた。彼女から、昼間に来た依頼人からの用件を聞いた。それは単なる浮気相手の調査依頼だった。その程度の用件なら、今週中に済ませてしまえばいい。
憎きトレモロと相対することを想像し、思わず笑みがこぼれた。
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