依頼
翌日、オレとチノは、自分が経営する事務所まで行った。
今日から仕事始めだ。
オレの仕事は、なんでも屋だ。相談事やトラブルの解決、冒険者ギルドで持て余された依頼にものった。あとは人の尾行調査、素性調査とかを生業にしている。
まぁ、尾行調査なんか、浮気相手を探ったりするのが主だったりするのだが。
「兎に角、金だよな。そのためには、仕事を頑張らなければ」
ぼつりと呟く。
「クリュッグは、お金を沢山持っているじゃないですか。盗賊時代に、悪徳成り金業者や悪徳貴族のお宝をたんまり盗んで、財を得たじゃないですか」
チノがそう返してくる。
確かにオレは盗賊時代に、金を稼いだ。銀行の金庫に入っているオレのキャッシュは額にして、50億ダラーは下るまい。
今までは、それだけあれば一生安泰だと思っていたが、それだけしか手持ちがないなんて駄目だ。
これは昨日思い付いたのだが、オレはこのハイランド王国の王政を転覆させる野望を持った。あの高慢な王を痛い目に遭わせるには、それが一番だ。
とはいえ、国家転覆など簡単にはいかない。
王に対抗するには莫大な富を築き、王の政敵やレジスタンス――王政の反対勢力に資金援助をして、国内を内乱状態させ、革命を起こす必要がある。
そうやって、国家を転覆させなければならないのだが、あまりに遠大な計画なので自分でも気が遠くなりそうになってくる。
また、そうするにしても、今はその時期でないことは確かだ。世論は、本人が無能だろうが若きハイリッヒ王を支持している。今の情勢では、資金が十分あったとしても革命を起こすことなど到底不可能だ。
つまり、今は王に対して何かしらの行動を仕掛ける時期ではない。
雌伏の刻なのだ。
機が熟すまで、資金調達をし、下準備を入念にしておくのが一番だろう。その為にも、金――ダラーを稼がなければ。
これまでは、なるべく断ってきた暗殺の仕事も、報酬額によっては引き受けなければなるまい。要人の暗殺などは、すでに何回かしている。綺麗ぶったところで、オレは暗殺者であり、すでに手は汚れているのだ。
そのように考え耽っていると、扉をノックする音が聞こえた。早速、依頼人が来たようだ。
「いらっしゃいませー。クリュッグの相談所にようこそー」
チノがドアノブを回し、客人を迎え入れた。
その人は、シルクハットこそ被っているものの髭は整えておらず、頬がこけ落ちていた。
チノが客人をオレの向かえのソファーへと案内した。
このやつれようからして、よっぽどことがこの人の身に降りかかったのだろう。
チノがお湯を沸かし、二人分の紅茶を淹れ、オレと依頼人の前に置いた。
「お客さん、今日はどういったご相談で?」
「復讐をしたいのです。私から何もかも奪い取っていったトレモロに、目に物を言わせたいのです」
依頼人の言葉に、ぴくりと反応をする。
トレモロ。パーティーにいた弓使いの名だ。珍しい名前だから、恐らく本人でビンゴなのだろう。
まさか奴がこの依頼人に酷いことをしたのか?
「失礼ですが、貴方のお名前は?」
「私はアレッタ。王国軍事学校で副校長をやっておりました」
「では、アレッタさん。お話を伺いましょう。勿論、この事務所には守秘義務があります。他言は決してしませんので」
「そうですか……ならば」
やつれ果てたアレッタが訥々と喋り始めた。
勇者パーティーにいた弓使いのトレモロ。彼は王から計らいを受け、王国軍事学校の弓兵を指導することとなった。その上、軍事学校の副校長の肩書までも得た。
一方の依頼人であるアレッタは副校長であったが、その座はトレモロに取って代わられてしまった。
アレッタは男爵の爵位までも奪われ、軍事学校からも追いやられた。王の一方的な通告によって。
その後釜に座ったのは、弓使いのトレモロというわけだ。
アイツのせいで、アレッタは地位も職も屋敷までも取られたそうだ。
そこまでの経緯を語り、アレッタは肩を上下させ、荒い息を吐いた。
「アレッタさん、ちょっとこちらからも質問よろしいでしょうか?」
「なんなりとどうぞ」
「貴方は王から爵位を取り上げられ、屋敷まで没収され酷い目にあわれた。王との関係は険悪だったのでしょうか?」
「私は先王には可愛がって頂きました。ですが、今の王とは殆ど関わりがありません。強いて言えば、軍学校のカリキュラムを少しばかり変えた方がいいのではないかと、王に進言したことはあります」
オレは愕然とした。ハイリッヒ王が、下の者からの意見に立腹し、それだけで相手の地位や財産を奪ったのだと考えられる。或いは、アレッタの進言に腹を立てたのではなく、気紛れに彼の全てを奪った可能性もある。
どちらにしろ、ろくでなしの王には間違いない。
トレモロに地位を与えるため、非のないアレッタの地位と財産を奪ったのだから。
これでハイリッヒは、非情なだけの無能な王である可能性すら出てきた。
「クリュッグさん、お願いです。どうかトレモロの奴に天罰を与えて欲しいのです」
「いいでしょう。了解しました」
「おお、了承していただけるとはありがたい! ですが……」
「ですが?」
「そのような経緯があったので、今の私には依頼料を払うことが出来ません……男爵をしている時でしたら、大枚をはたくことも出来たのですが……」
いや、依頼料を払えなくても、オレとアレッタの利害は一致している。それはトレモロを破滅させること。アイツも憎き勇者パーティーの一員で、復讐すべき相手なのだから。
アレッタが報酬を払えないので、その代わりにトレモロが後生大事にしている「聖なる弓」を頂くことにしよう。あれを闇オークションに売れば、5億ダラーは下らないだろう。
なにせ「聖なる弓」は使用者の腕に関係なく、百発百中で的に当たる伝説の弓なのだから。
オレはアレッタに手を差し伸べた。彼はその手を嬉しそうに握った。
「商談成立です、アレッタさん」
オレはにこやかな顔をした。
アレッタは「ありがとうございます!」と何度も頭を下げ、事務所から出て行った。
さて、標的が決まったのなら動く必要がある。それも迅速に。
二人分のカップを片付けているチノに向かい、言葉を放った。
「オレはちょっと出てくる。チノは留守番を頼む」
「任せておけなのです」
チノはドンと胸を叩いた。
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