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チノ

 1時間もかけずにオットーの街まで戻ってきた。

 南門から街に入り、目抜き通りを歩いて行く。

 2、3分も歩いたところで、目抜き通りを右に曲がる。


 目抜き通りから一本道を入っただけなのに、薄暗い路地裏の景色となった。

 道幅は狭く、建物の間隔まで狭いので、朝でも薄暗くて陰気な場所だ。

 だが、オレにとってはかえって落ち着く場所でもあった。


 陰から陰へ。

 盗賊と暗殺を生業にして生きてきたオレに相応しい場所だ。


 込み入った路地裏を歩いて行き、木造の一軒家に辿り着く。ノックしてみるが、中から応答はない。

 チッ。チノの奴に留守番を頼んでいたのに、いないようだな。


 仕方なしに玄関の鍵をヘアピンでピッキングする。ヘアピンは、盗賊の癖でいつも財布に忍ばせていた。


 何故、自分の家に入るのにピッキングなんかしなきゃいけなんだよ!?


 憤ってみるものの、王城で鍵束の入った「冒険者のリュック」まで取り上げられたのだから仕方がない。ズボンのポケットに財布が入っていて、それを取り上げられなかっただけでも幸いだ。


「ただいまー」


 我が家の玄関を開けると、何やら騒がしい足音。それがどんどんと近づいてくる。


「お帰りなさーい、クリュッグ!」


 少女が胸に体当たりするかのように、抱きついてきた。


「なんだチノ、いたのか? オレはノックをしたのだし、いたんなら出て来いよ」

「眠っていました。けれども、扉が開く音がしたので、ばっちりと目を覚ましました」


 全身で抱きついている小さなチノの頭をかいぐりしてから、体から離した。そして、彼女に笑顔を向ける。

 彼女の髪は栗色で、それが肩の辺りまで垂れている。目鼻立ちが整っていて、可愛いらしく見えるのは、愛嬌のあるやや垂れたぱっちりとした瞳だからだろうか。


「ただいま、チノ。お留守番ご苦労様」

「いえいえー。クリュッグこそよく無事で。よく無事で……」


 チノの大きな瞳から涙が零れ落ちた。


「心配したんですからー。いくらクリュッグとはいえ、魔王を相手にするのですから、無事では済まないと思って。びえーん!」


 しゃくり上げているチノの頭を優しく撫でる。こんなオレにも心配してくれる人がいるのは、ありがたいことだ。


「それはさておき、クリュッグ。勇者パーティーを追放された上、王にも不興を買ったって本当ですか?」


 泣き止んだチノがつぶらな瞳をこちらに向けてくる。


「ああ、本当だ」

「そこいら辺の事情を詳しく聞いてもいいですか?」

「分かった。まずはリビングに行こう。そこでゆっくりと話すよ」


 チノの手を引き、リビングに向かった。


 リビングのソファーに腰を落ち着け、チノに事のあらましを話して聞かせた。混じりっ気のない真実を。


「あのカインがそんな裏切りを……とても信じられないのです」


 チノは小さな口をあんぐりと大きく開けている。


「ああ、本当だ」


 チノはカイン――いや、パーティーメンバーの全員と顔見知りだ。

 魔王の山麓に乗り込む前は、よくパーティーの皆がこの家に遊びに来てくれたものだった。この家でよく馬鹿話をしたものだ。

 もっとも、それが偽りの友情からきている行為だっただなんて、その時は想像もしなかったが。


「皆が裏切っても、チノは、チノだけは……クリュッグの味方ですから。チノを孤児院から拾ってくれたクリュッグには、感謝の気持ちしかないのです」

「ありがとうな、チノ」


 また彼女の頭を優しく撫でる。


 チノとはこの街で孤児院をやっている教会で出会った。

 実の所、貧民窟出のオレもその孤児院で幼少期を過ごした。


 オレは16になると、孤児院を出て、すぐに盗賊になった。

 それから数年間修業をし、経験も積み、盗賊としての腕前を上げいく。冒険者ランクがSまで達すると、盗賊からジョブチェンジをして、アサシンへとなった。職業がアサシンになっても、盗賊の時に得たスキルはそのまま引き継がれていた。


 そんなある日、悪徳貴族の屋敷から盗んできた大量のお宝を闇マーケットに流し、大金を得た。そこで、お世話になった孤児院に寄付をしに行くことにした。

 久々の対面にシスターは喜んでくれた。


 そこで、チノと出会った。

 彼女は当時11歳という年端も行かない少女だった。その少女が、孤児院でガキ大将っぽい少年と喧嘩をしていて、一方的に殴りつけていた。


 シスターは孤児院に寄付をしたオレへの歓迎会を開いてくれた。

 シスターに訊いたところ、あのチノという少女がこの歓迎会をしようとアイディアを出したのだという。


 ガキ大将に歯向かう腕っぷしと度胸。歓迎会を開こうとアイディアを出した利発さと優しさ。

 オレはチノという逸材にすっかり惚れ込んでしまった。

 そして、シスターに頼み込み、彼女を引き取ることにした。


 それ以来、チノはオレの相棒として、留守番役として、その他諸々で役に立ってくれている。

 今もこうして傷心なオレを慰めてくれる。


 だが、こうしていつまでも彼女に甘えている訳にはいかない。

 オレはすくっと立ち上がり、声にした。


「なぁ、チノ。アサシンの投げナイフは七本あったかな?」

「あったはずです。物置を見てきますから」

「うん、頼むよ。もしあったら、オレの部屋まで持って来てくれ」

「了解なのです」


 チノはとてとてと駆けていった。

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