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夢の中で

 夕方になり、失意のまま宿屋へと入った。

 扉を開けると受付カウンターがあり、右を見れば食堂があった。宿屋兼食堂のようである。


 カウンターの上にある呼び鈴を押すと、女性が出てきた。彼女が見知った顔だったので、「あ」と声を上げてしまう。


「あら、元勇者一行の盗賊さん。御機嫌よう」

 声をかけてきたのは、凱旋パレード中、オレに花束を渡してくれた街娘だった。

 パレード最中、オレに熱い視線を注いでいたのに、今では汚物でも見るような目付きになっている。


「君は宿屋の娘さんだったのか?」

「そうですけど、なにか?」

「あ、いや……今晩はここに泊まりたいんだ。いいだろうか?」

「そりゃあウチも商売で宿屋をやっていますし、いいですけれど。ただし、一泊だけでお願いします。盗賊さんからウチの備品を盗まれたりしたら、大損害ですので」

「い、いや、オレは……」


 そこでぐっと言葉を飲んだ。

 勇者パーティーに入ってから、オレは盗みなどしていない。勿論、暗殺もだ。

 だが、そう弁護したところでどうなるというのだ。


 この町娘がオレに関する噂を知っているということは、すでに王都中に知れ渡っているのだろう。パーティーから追放され、王からも邪険にあしらわれたことを。


 短く嘆息し、「一泊でも泊めてくれるとありがたいよ」と告げた。

 街娘はオレを一瞥し、部屋の鍵を渡す。

 鍵を受け取り、宿泊代を少し多めに置いた。


「それじゃ、今夜だけはごゆっくり。けど、早朝には出て行ってくださいね。ウチの宿からも王都からも」

 オレは項垂れながら「そうする」とだけ返した。


 201号室の鍵を開け、室内に入る。机に椅子。それにベッドがあるだけの簡素な部屋だった。

 疲れ切っているので、ベッドにダイビングした。

 腹が減っていたので食堂に行きたかったが、泥のように疲れていたオレはそのまま眠りに落ちていった。


***


 オレはどす黒い曇天の下にいた。強風が吹き荒れ、遠くから遠雷の音が聞こえてくる。周りを見ると、荒れ地に枯れ草が生い茂っていた。目の前には、未舗装で轍のある道があった。


 こんな悪天候なのに、道の脇に不自然に置かれてある白い椅子に座っていた。白いテーブルの対面に、悪魔の尻尾を生やした女性が座っており、こちらを見て微笑んでいる。


「友に復讐することを決めたのか?」

 この落ち着いた声音は、ルナの声だ。悪魔らしからぬ穏やかな声。

「ああ、そうだ。それと恥をかかせてくれた王にもな」


「クククク、それでよい」

「何がそれでいいんだよ?」

「怨嗟の心、負の感情。そういった醜い人の心こそが、私の好物。それこそが私への供物だ。もっと憎め! もっともっとだ!」


 ルナは喜々としながらも、テーブルを執拗に叩いた。その姿は狂人のように見え、オレの恐怖心を煽った。

 それでも平静を装いながら、言葉を投げかける。


「まぁ、確かに。オレとルナとで、契約を交わした。オレの負の感情が、お前への供物となるのは構わん。だが……」

「だが、なんだ?」

「この先、オレがパーティーだった元仲間達を闇に葬り、王も殺害したとしたら、その先はどうなる?」

「そんなお前には、人生の先なんかないんだよ」

「え?」


 オレはやや呆然とし、ルナを見遣る。彼女は愉快そうに口を開けた。そこには、いくつもの鋭い牙が光っている。

 不気味な彼女を見て、鳥肌が立ってしまった。


「すべての復讐を終えたお前の先に待っているのは、地獄か。はたまた、お前自身が心を闇に浸食され、悪魔になってしまうかもしれないなぁ」


 ルナは、常人からかけ離れた美貌を持っている。それ故に、彼女の笑顔にはうすら寒いものさえあった。美人であるが故に、その不気味さがかえって際立ち、肌が粟立ってくる。


 強風が吹きすさぶ中、真っ黒な雲の合間から太陽が顔を出した。


「どうやら夜明けのようだな。取り敢えず、退散するか」

「ま、待て、ルナ。退散するってどこに?」

「フッ、案ずるな。ただ、ちょっと日除けするだけのこと。だが、忘れるなよ、クリュッグ」

「な、何をだよ?」

「私とお前は契約をした。私は常にお前の心の中に、その身を潜めているということを忘れるなよ」


 そう残して、ルナの姿は消えた。


 それと同時に、オレは目を覚ました。ベッドから身を起こし、窓辺へと行く。

 カーテンを開け、窓辺から外に目を遣ると、少しだけ顔を出した朝日が見えた。視界が悪いのは、靄がかかっているせいだろうか。


 さっきのは、多分夢ではないのだろう。

 寝ている間に、オレの心に巣くうルナが語り掛けてきたんだ。どうもそんな気がしてならない。


 オレはそのまま部屋を後にする。

 着の身着のままで寝たので、着替えの必要すらなかった。


 受付カウンターの上に201号室の鍵を置き、そのまま宿屋を出た。


 目抜き通りを歩き、王都の正門まで来た。すると、警備兵が監視小屋から出てくる。


「ああ、お前がクリュッグか。お前、勇者パーティーを追放されたんだってな? 元は貧民窟出身の卑しい盗賊だもんな。当たり前だぜ」


 オレは何も返さなかった。しかし、門番までオレの顔を知っているなんて、街中にオレの念写された写真でもばらまかれているのだろうか。


「扉を開けるから、通っていいぞ。てか、とっとと王都から出て行きやがれ、この盗人野郎が! そして、二度とここに戻ってくるな」


 門番は地面に唾を吐き、巨大な正門の右脇にある扉を開けた。

 オレはそこを通り、王都から街道に出た。


 行く先は、ここから60kmほど離れたオットーの街だ。元々、そこにオレのねぐらがある。

 <韋駄天>のスキルを発動し、オットーの街まで駆けていった。

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