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第7話:十七歳の会長

 大吾と真理子の遺産は二人の遺言書に基づき麗香がすべて相続した。

 住崎家の総資産額は二千億円は(くだ)らないと言われている。資産管理は執事の仕事の一つで、征二は大吾と真理子が死亡した場合に備えて現金や預貯金をはじめ、投資信託、株式などの有価証券の形で相続税を一括納付できるだけの金融資産を管理していた。六億円を超える相続額に対する相続税は最高税率の五十五%とされており、二千億円に対する相続税は千百億円となる。

 遺産の相続手続き及び相続税の納付は、征二のおかげもあって迅速に処理が行われた。

 大吾の遺言書に書かれていた内容で唯一厄介だったのは、「役員会での了承が得られた場合、住崎製薬株式会社の次期会長は住崎麗香とし、副会長兼社長を神代治氏とする」というものだった。

 役員会では賛成者が過半数を占め役員たちからの了承が得られたが、麗香は会長職に就くことを(かたく)なに拒んだ。しかし、征二と神代の説得により社葬(しゃそう)開催日の一週間前にようやく承諾した。


 社葬は、大吾たちの忌日(きにち)六七日(むなのか)にあたる八月八日水曜日に()り行われた。役員の中には四十九日を過ぎてからの開催を()す者もいたが、お盆休みの前に社内外に向けて新体制をアピールしたいという意見が多数を占めた。

 大吾と真理子とともに命を落としたメイドの沢井は、神代の(はか)らいで特別に住崎製薬の社員と同様に扱われ、祭壇(さいだん)には大吾と真理子と沢井の三人の遺影が並んだ。真理子は住崎製薬の役員に名を連ねていなかったが、筆頭株主だった大吾に次ぐ株主だったこともあり、「住崎製薬の母」と呼ばれていた。神代には大吾と真理子を社葬で一緒に(とむら)うことによって全社員の結束をより一層強固なものにするという思いがあった。

 祭壇には大吾が好きだったカサブランカと、トルコキキョウが飾られた。祭壇にトルコキキョウを飾る提案をしたのは会長秘書の宍倉だった。トルコキキョウの花言葉は「永遠の愛」。大吾と真理子の天国での永遠の愛を願うと同時に、父親を早くに亡くし大吾のことを実の父親のように慕っていた宍倉の思いが込められていた。

 社葬には一般社員では課長以上の者たちが参列することになっていたが、本社総務部には各拠点の係長以下の社員たちの参列希望が多数寄せられたため、社葬の様子を撮影した映像を各拠点にリアルタイムで配信する対処がなされた。

 社葬の会場となった品川のホテルの大広間には、祭壇に飾られたカサブランカの甘く濃厚な強い香りが漂い、映画が好きだった大吾の遺言書の内容に従って映画音楽のインストゥルメンタルが流され、葬儀の場としては珍しく明るい雰囲気を(かも)()していた。

 しかし、会場内にはすすり泣く声と、時折「大吾会長!」と大吾の名を呼ぶ声が響いた。祭壇に飾られた三人の笑顔の遺影が無残な死を遂げたことの悲しみを強くさせた。

 参列者は約千人に及び製薬業界の各社のトップの他、経済界の重鎮たちも参列していた。

 弔辞(ちょうじ)は副会長兼社長の神代が述べた。神代は大吾と苦楽を共にした思い出がいくつもいくつもこみ上げ、涙で言葉をつまらせながら弔辞を述べた。

 麗香の公の場での会長としての初仕事は、参列者に対して謝辞(しゃじ)を述べることだった。

「はじめまして。新たに会長に就任した住崎麗香と申します。まずは前会長死去により、お取引先の方々、株主様、所属団体の方々、ご友人の方々、グループ関連企業を含めた従業員の方々に多大なるご迷惑をおかけしたことを深くお()び申し上げます。……、前会長の好きだったカサブランカの花言葉には『威厳』『偉大』という言葉があります。前会長は私にとっては偉大な父でした。……、カサブランカには『高貴』という花言葉もあります。母は高貴という言葉が似合わないちゃきちゃきの江戸っ子でした。私は前会長と母を愛しています。その思いはこれからも変わりません。……、カサブランカは古くから『永遠の絆』や『結合』を意味する愛の花でもあります。前会長と皆様との絆は永遠に変わらないものだと思っております。私は、前会長の死を乗り越えて皆様との絆を強固に結合し、今後の弊社の発展に尽力する所存です。見てのとおり、私は経験が浅く未熟な若輩者です。皆様のお力をお貸しいただけるよう心よりお願い申し上げます」

 麗香は涙を流すことなく気丈に振る舞い謝辞を述べた。謝辞が述べられると会場からは拍手が巻き起こった。


「麗香様、葬儀での振る舞い実にご立派でした」

 社葬が終わり、参列者が会場を去ってから征二は麗香にねぎらいの言葉をかけた。

 征二の言葉を聞いて麗香はその場で泣き崩れた。

「お父様とお母様が殺されて、なんで他の方々にお詫びしなきゃいけないの? なんで? お父様とお母様は何も悪いことをしてないのよ?」

 聡明な麗香は会長として自分がどのように立ち振る舞わなければならないかを頭では理解しつつも、心はいまだに両親の死を受け入れられずにいた。

 会場に(ただよ)うカサブランカの香りが大吾と真理子との思い出を麗香の脳裏にいくつも浮かべさせた。

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