第4話:無情な別れ
麗香が成田国際空港の到着ロビーに着くと、会長秘書の宍倉が迎えに来ていた。
「麗香様、お疲れ様です。お車を準備しております」
宍倉は麗香に一言声をかけると、すぐに麗香の持っていたスーツケースを代わりに持ってやり、麗香とともに空港出口に向かった。麗香は移動中の機内で泣いていたらしく、泣きはらした目をしていた。
空港出口には住崎製薬の社用車が横付けされており、運転手の服部は宍倉からスーツケースを受け取ると丁寧にトランクルームにしまった。麗香と宍倉は急いで後部座席に乗り込んだ。
「麗香様、お屋敷は火事により三分の一が焼失してしまいお住まいできる状態ではありません。品川にお部屋をご用意してあります」
「宍倉さん、お父様とお母様のご遺体はどこにあるの? お父様とお母様のお顔が見たい!」
「……申し訳ありません。会長と奥様のご遺体は執事の斎藤さんの指示により荼毘に付しました。お二方のお骨は品川のお部屋に安置しております」
「そんな……。最後にお父様とお母様のお顔を見ることもできないの?」
麗香の目から大粒の涙がこぼれた。宍倉はバッグからハンカチを取り出すとそっと麗香に手渡した。運転手の服部の目にも光るものがあった。車内は麗香のすすり泣く声が続いた。
宍倉が手配した品川のホテルの一室に麗香と宍倉が着くと、室内には松葉杖をついた征二が待っていた。
「麗香様!」
麗香は征二のもとにつかつかと歩み寄ると征二の左頬を思い切り平手打ちした。
「斎藤! なぜ? なぜあなたが付いていながらお父様とお母様が亡くなるの? どうして?」
麗香はあふれる涙をそのままに両手を握りしめて征二の胸を何度も叩いた。
「申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません……」
征二はただ謝ることしかできなかった。執事という仕事は目の前で起こることはすべて執事の責任であり、主人が目の前で殺されることなど決してあってはならないことだった。予期せぬ事態、避けられない状況、どんな状況であったにせよ、征二は執事失格と言えるほどの失態を犯したのだ。
「お父様とお母様を返してぇ!」
麗香はそう叫ぶと力なくその場にへたり込んだ。
麗香の泣き叫ぶ声だけがスイートルームの広いリビングにしばらくの間響いていた。
麗香は涙で潤む視界にローテーブルの上に置かれた二つの控えめな装飾が施された箱があることに気づいた。
それは大吾と真理子の遺骨の入った骨壷が収められている骨箱だった。麗香はローテーブルににじり寄ると二つの骨箱を優しく抱きかかえた。
「お父様ぁ、お母様ぁ……」
征二も宍倉も麗香にかけてやる言葉が見つからなかった。征二は自分の不甲斐なさを悔やみ、爪が刺さるほど手を握りしめ下唇を噛み締めていた。宍倉は麗香と征二の姿を見ていたたまれなくなり静かに部屋から出ていった。
「……ねぇ斎藤、教えて。私が帰ってくることがわかっていたのになぜお父様とお母様の遺体を荼毘に付したの? 私が帰ってきてからでも遅くはなかったでしょう? どうして?」
麗香は二つの骨箱を抱きかかえながら征二に尋ねた。
「そ、それはお二人のご遺体の損傷が激しかったためです」
「どんなに醜い姿であったとしても、私はお父様とお母様の姿、お顔を見たかった。それすらもできないのはどうして……」
「私の独断ですが麗香様にご遺体をお見せすることはできないと判断しました。宍倉には今は放火による焼死と伝えていますが、麗香様には包み隠さずお話しいたします。旦那様と奥様、そして沢井は、キラーゼロと名乗る者に拳銃で撃ち殺されました。おそらく奴は殺し屋の類だと思われます」
「キラーゼロ? 撃ち殺された?」
「奴は、絶命した旦那様と奥様の……、お顔を……」
「お、お父様とお母様の顔をどうしたの?」
「お二人のお顔を……踏み潰しました……」
「顔を踏み潰した? 何よそれ……。何よそれぇえ!」
麗香は抱きかかえていた骨箱を床に落とし絶叫した。




