第3話:大胆不敵
翌日、征二のいる集中治療室に田園調布警察署の刑事課の古谷裕一警部補と新庄純巡査部長と似顔絵捜査官の朝比奈健太が事情聴取に訪れた。
「斎藤さん、傷の具合はどうですか?」
「中々に痛いです。右腕、左脚とも骨を砕かれなかったことが不幸中の幸いです」
田園調布警察署の刑事課では事件として捜査を進めていたが、事件前の付近の防犯カメラ及び、住崎邸の防犯カメラには犯人らしき人物は映っていなかった。征二から提出された弾丸の大きさと線条痕を解析した結果、犯人が使用した銃は四十五口径の拳銃、通称「コルト・ガバメント」だと推測していた。
「斎藤さん、犯人の容姿について覚えていることを教えてください」
「そうですね、身長は私と同じくらい、175センチ前後だと思います。中肉中背で年齢は二十代前半といったところでしょうか。全身黒ずくめの服装で、最初見た時にはフードを被っていました。顔にこれと言った特徴はなく今時の若者といった感じでした」
「私はこの事件、プロの犯行だと思っています。犯人に心当たりはありませんか?」
「ありません。ただ自分のことを『キラーゼロ』と名乗っていました」
征二は古谷警部補にキラーゼロという名前を伝えた。
「……国内に住崎家に危害を及ぼす裏社会の者は一人としていないということは古谷さんならご存知ですよね? 犯人がプロだとしたら日本の警察組織では対応しきれない相手かもしれません」
「ちょっと待ってください! 日本の警察は優秀です! そんな犯罪者はいるはずがありません!」
「新庄、口をはさむな!」
「す、すいません」
「犯罪者が自ら名を名乗るということは絶対に捕まらないという自信の表れだ。この事件かなり厄介なものかもしれん。斎藤さん、お疲れのところ申し訳ありませんがもう少しお時間をください」
「はい」
その後、朝比奈の手により征二の情報をもとにキラーゼロの似顔絵が作成された。古谷は何か他に気づいたことがあればすぐに連絡できるようにと征二に名刺を渡した。
古谷と新庄と朝比奈は田園調布警察署に戻った。
「新庄、すぐに調書を書け。詳細にな」
「はい。あの、僕一つ引っかかっているんですけど、斎藤さんが言っていた『国内に住崎家に危害を及ぼす裏社会の者は一人としていない』ってどういうことですか?」
「俺も詳しいことは知らないが、斎藤さんは今では住崎家の執事をしているがそれ以前は極道だったそうだ。住崎家に仕えることになった時に裏社会は住崎家及び住崎製薬に一切手を出さないという取り決めがされたそうだ」
「へぇ、人は見かけによらないものですね」
田園調布警察署では住崎夫妻及び沢井春菜殺人事件に対する捜査本部設営の準備に追われていた。この事件の正式名称は「大田区田園調布における拳銃使用会社会長夫妻及び使用人殺人事件」に決まった。
製薬会社会長夫妻の殺人事件ということもあり、殺人や強盗など凶悪事件を扱う捜査一課と、金銭犯罪や経済犯罪、企業犯罪を扱う捜査二課の合同で捜査を行う手はずが整えられていた。
「古谷係長、新庄主任、至急署長室に向かってください。署長がお呼びです」
「はい。すぐ行きます。古谷係長何かしでかしました?」
「何もしでかしてねえよ。しでかしたのはお前じゃないのか?」
「えぇ? 僕何かやっちゃったかなぁ」
古谷と新庄は署長室に向かった。
「失礼します」
「古谷係長、新庄主任、君たちが住崎家の事件の捜査担当だったね?」
「はい」
「先ほど警察庁長官のご自宅に一通の封筒が届いた。封筒の中にはお孫さんの写真とメモが一枚同封されていたそうだ」
「メモには何と書かれていたんですか?」
「ただ一言、『住崎家の件をこれ以上捜査するな』と」
「なんですか、それ?」
新庄は松前慎二署長に質問した。
「古谷係長、このメモの意味はわかるな?」
「長官に対しての脅迫。犯人はハンパなくヤバイってことですね」
「そのとおりだ」
「署長、日本の警察組織は犯罪者に屈するということですか? そんなこと絶対にあってはならないことです!」
「新庄君、君の自宅に恋人の写真とともに同じ内容のメモが届いたらどうする?」
「そ、それは……」
「そういうことだよ。普通であれば犯人の脅迫に屈する。しかし、長官の指示は『捜査は続行。必ず犯人を逮捕しろ』とのことだ。長官のご決断に全身全霊を持って応えて欲しい」
「はい!」
古谷と新庄は声を揃えて返事をした。
「話は以上だ。必ず犯人を捕らえてくれ」
古谷と新庄は一礼をして署長室を後にした。