第28話:スカーズデールの復讐
モーテルのチェックアウトはボビーに頼み、他の三人は車内で戦闘服に着替えた。
「君たちの結婚式、すばらしいものになることを祈っているよ」
フロントで管理人から祝福の言葉をもらった。その言葉を聞いてボビーは後ろめたさを感じた。
ボビーは車の後部座席に乗り込むとおもむろにカラフルで派手なデザインのTシャツを脱ぎ隆起した筋肉で覆われた上半身を顕にした。隣に座る麗香はボビーにグレーの無地のTシャツを手渡した。
「僕は体が大きいから車の中で戦闘服に着替えるのは大変よ」
ボビーは麗香に腕や体がぶつからないように気にしながら窮屈そうに着替えた。
「よし、準備完了! 丈太郎、出発してもいいよ」
「ボビー、パンツのチャックが開いてるぞ。油断するな!」
丈太郎はバックミラー越しにボビーを睨みつけて注意した。
ボビーがパンツのチャックを閉め忘れたのはわざとだった。麗香と征二の緊張をほぐすためと、丈太郎に注意されることで改めて全員の気を引き締めることが目的だった。これまでいくつもの戦場を共にしたボビーが戦いを前にして油断することは無いことを丈太郎は心得ている。長年の付き合いだからこそできる丈太郎とボビーの芝居だった。
「屋敷に突入したら麗香と俺、征二さんとボビーの二人一組で行動する。キラーゼロはおそらく屋敷にいる。ボディガードの類も何人かいるだろう。ケインとキラーゼロ以外の奴はあっちから攻撃したら応戦しろ。無駄な死傷者を出したくないからな。麗香返事は?」
「了解しました」
四人はモーテルを後にしてケインの屋敷があるスカーズデールに向かった。
六月二十七日午前零時、四人の乗る車はケインの屋敷の門扉を破って敷地内に突入した。
麗香たちは二手に分かれて屋敷内を探索して回った。一階を探していた征二とボビーからケインとキラーゼロの姿が見当たらないと報告が入った。二人からの報告を受けて二階を探す麗香と丈太郎の緊張感が増した。
寝室にケインの姿は無かった。確認していない部屋は寝室の隣の部屋のみとなった。
丈太郎が部屋のドアを開けようとしたその時、部屋の中から何十発もの銃弾がドアに向けられて撃たれた。麗香と丈太郎は壁を盾にして身をかがめて銃撃が止むのを待った。銃撃はドアのみならず二人が身を隠している壁にも撃ち込まれていたが貫通することはなかった。
「よう、今夜あたり来ると思っていたよ。麗香も一緒なのは予想外だったけどな」
銃撃が止むと部屋の中からキラーゼロの声がした。キラーゼロはドアの向こう側にいる麗香たちを視認することなく麗香がいることを察知していた。キラーゼロは若い女性が放つ特有の甘い匂いを嗅ぎ取っていた。
丈太郎はドアに空いた穴から瞬時に部屋の中を覗いた。部屋の中には十人以上の男たちがドアに向けて小銃を構えている姿が確認された。
「なぜ俺たちが今夜来るとわかったんだ?」
「簡単だよ。俺に復讐しようとした奴は命日の前日に来る奴が多いんだ。命日に仇を取ったと報告するためなんだろうな。全員返り討ちにしてやったよ」
「くそっ!」
「ケインは俺が殺しておいた。俺も懸賞金にエントリーしてるんだ。懸賞金の一千万ドル払ってくれよ」
「ふざけないでよ!」
麗香はクルツでドアに空いた穴からキラーゼロに向かって一発発砲した。麗香の狙いはキラーゼロの上半身を捉えていたが、キラーゼロは身を翻して難なく弾を避けた。
「いきなり撃つなよ。せっかくだから殺し合いを楽しもうぜ」
「そんなこと楽しみたくはないわ。無駄な死傷者を出したくないわ。全員武器を捨てなさい」
「麗香、お前自分が置かれている状況わかってる? お前らに勝ち目はないんだよ」
「そうかもな!」
丈太郎はそう言った直後、ドアを開けた少しの隙間から二発の手榴弾を投げ込んだ。
「麗香、逃げるぞ!」
「了解!」
丈太郎は多勢に無勢と判断し、屋敷から撤退する指示を征二とボビーに出した。
征二とボビーはすぐさま屋敷から出て車に乗り込んだ。征二は運転席に座るとエンジンをかけ車をUターンさせて屋敷から麗香と丈太郎が出てくるのを待った。
麗香と丈太郎が屋敷から出てくると、麗香は後部座席、丈太郎は助手席に乗り込んだ。二人が乗り込んだことを確認すると、征二は思いっきりアクセルを踏んだ。
しばらくするとケインの屋敷から車とオートバイが勢いよく飛び出してきた。
麗香たちが乗る車を四台の四輪駆動車と二台のオフロードバイクが追いかけてきた。
スカーズデールはマンハッタンのベッドタウンで高級住宅が建ち並ぶ地域である。真夜中の車道にはほとんど車が走っておらず、征二は思いっきりスピードを上げた。しかし、追っ手も同じくスピードを上げて追いかけてきながら麗香たちの車に向かって発砲している。逃げ切るのは難しい状況と言えた。
麗香の座る右側後部座席の横に一台のオートバイが近づいてきた。
助手席に座る丈太郎はウインドウを開けるとオートバイを運転している敵に向かって数発発砲した。
丈太郎の撃った弾はオートバイの敵に命中し、運転手を失ったオートバイは歩道に向かって横転していった。
「統率が取れている。マフィアの手下やボディガードの類じゃない。奴ら俺の同業者だ」
「同業者?」
「バーテンダーじゃねえぞ。おそらく民間軍事会社の戦闘要員ってところだ」
「丈さん、この後いかがいたしましょうか?」
「このままじゃ埒が明かない。この先にゴルフクラブがある。そこで森林戦に持ち込む」
「かしこまりました」
征二の運転する車はゴルフクラブに勢いよく飛び込んだ。