第26話:モーテルの夜
麗香たちは来たるべき復讐の日に備えて着々と準備を進めた。移動手段及びケインの屋敷への突入手段として元軍用車メーカーの新車の四輪駆動車を一台購入した。中古車を購入しなかったのは万が一の故障やトラブルを極力避けるためである。
ケインの屋敷の見取り図は村野を介して入手した。村野の情報網を使えば見取り図の入手は造作もないことだった。
四人はケインの会社の本社と屋敷があるニューヨーク州マンハッタンに復讐決行日の二日前に着くようにアレックの射撃場のあるテキサス州ヒューストンを出発した。ヒューストンからマンハッタンまでは渋滞なしの場合、車で二十四時間かかるほど距離がある。道中は丈太郎とボビーと征二が交代で運転を行って車を走らせた。
モーテルにチェックインすると管理人にパスポートの提示を求められた。麗香たちは五人が泊まれる部屋を借りた。管理人はフレンドリーに四人を迎え入れてくれた。
「それにしてもボビー、私はいつからあなたの婚約者になったの? 管理人さん、私たちの関係を怪しんでいると思うわ」
部屋に入ると麗香はすぐさまボビーに言った。
「そうかなぁ。征二さんは麗香の母方のおじさんで、丈太郎は麗香のいとこ、全然怪しくないじゃない」
管理人はボビーのついた嘘をまったく疑っていなかった。
その日の夕食は征二とボビーが腕によりをかけた豪勢な料理がテーブルに並んだ。
「『最後の晩餐』ってわけじゃない。『腹が減っては戦はできぬ』というやつだ。だが、麗香はあまり食べ過ぎるなよ」
「了解しました」
征二とボビーは、長時間の車の運転の疲れもあってか早々と眠りについた。麗香と丈太郎はリビングのソファに座り、麗香は紅茶、丈太郎はビールを飲みながらテレビを見ていた。麗香は丈太郎から紅茶を飲むことを許されていた。丈太郎はアレックが時々麗香に紅茶を飲ませていたことを知っていた。テレビを見ている二人には復讐の決行を控えているという緊張感が感じられず、まるで年の離れた兄妹がくつろいでいるような雰囲気を醸し出していた。
「さて、そろそろ寝るか。テレビ消すぞ」
「丈太郎、一つだけ言わせて」
「なんだ?」
「私は私の復讐をします。丈太郎は私のことは気にせずキャサリンさんの復讐をしてください」
「麗香、なぜお前がキャサリンのことを知ってるんだ?」
「キャサリンさんの命日の夜、あなたと斎藤が話しているのを聞いてしまいました。あの夜の丈太郎はとても悲しそうな顔をしていたので気になってしまって……」
「盗み聞きされているとは思っていなかった。お前悪趣味だぞ」
「ごめんなさい。この復讐が終わったらキャサリンさんのことを教えてくれないかしら? 丈太郎が好きになった女性にとても興味があるわ」
「ああ、ゆっくり話してやるよ」
「その髪型も似合うわね」
「俺の戦場に赴くための身だしなみってところだ」
丈太郎はアレックの射撃場を出発する前に征二に頼んで髪を短く刈り込んでもらった。丈太郎のくせっ毛は長いままだと近接戦闘の際に敵に掴まれやすいため、戦闘に赴く前に常に短く刈り込むようにしていた。
「もう寝ろよ。復讐に備えて英気を養え」
「はい。おやすみなさい」
麗香と丈太郎は眠りについた。
ベッドサイドのテーブルに置かれたデジタルアラーム時計は午前零時を過ぎ復讐前日の時を刻んでいた。